029 ハインリヒ VS ジェミナ~城塞都市の綺羅星~
――がっかりだ。
――本当に、がっかりだった。
期待していた幼馴染は、僕の理解者には成り得なかった。
元々甘い奴だと危惧はしていたが――決定的だったのは、あの貴族の人間だろう。
本当に、余計な真似をしてくれた。
貴族なら貴族らしく、差別主義に塗れながら汚らしく殺されていれば良かったのに……ッ!
何だ、あの茶番は?
窓からずっと様子を窺っていたが――何度飛び出して行って、縊り殺してやろうと思った事かッ!
そうして何よりの元凶――目の前のコイツはッ!!
「――はは」
ウルフディアンの中でも随一の速度を誇る、僕の追跡を躱しながら、飛ぶように――否、風の魔法で実際に飛び上がりながら、笑い声を上げる人間の少年。
ハインリヒ=セイファート。と、言ったな……ッ!
戦場は既に場所を変え、広さを変え。
城塞都市ポンペイ。その全域へと広がっていた。
建物の屋根を音速で駆け巡る二つの影。
月光に照らされながら跳躍し、僕の攻撃を回避しながら、片手間で眼下に広がる都市の一部へと魔法を行使する少年。
次いで上がるは――【狼】の悲鳴。
困惑した街の人間の声だ。
コイツは――僕を相手取りながら、目に付いた人間共を魔法で助けているのだ。
それも、笑いながら。
その余裕。その態度。
「――気にいらないッ!!」
吐き出しながら、僕はハインリヒへと肉薄する。
「――こっちを見ろォッ!!」
「……ほお?」
◆
「グエン!! あの屋根で戦ってる人ッ!」
「あぁ――隊長だ!助けてくれた……」
言いながら、グエン=ドウェンは地上の惨状へ目を向ける。
――間に合わないと、思った。
暴れる【狼】の集団。その暴徒の一人が、幼い子供へと目を付け、弓矢で狙いを付けていたのだ。
気付いた時には、もう遅かった。
放たれた矢は子供へと向かい――突然大地から出現した樹の枝により、ソレは防がれた。
すぐさま、鎮圧に動く俺達。
取り押さえた亜人の【狼】は自我を喪失している様だった。
恐らくは、麻薬だろう。
暴徒として暴れる連中の中には、こういった手合いも存在するのか。
厄介だと思う反面――それでも何とかなると思うのは、あの人の所為だろうな。
「ハインリヒ=セイファート……」
頭上を飛ぶ星の様に、彼はポンペイの空を舞っていた。
相対する敵も、とんでもない強さなのだろう。
少なくとも自分では、その強さの全貌すら見えてこない。
だがそれでも――不思議と彼が負ける姿は、想像が付かなかった。
「……ッ」
ぶるりと、体が震える。
周囲を見ると、それは皆同じだ。
「はは……」
顔を見合わせながら、笑い合う俺達。
あぁ畜生――触発されてるなぁッ!!
「行くぞ!! まだ避難が完了しない人はいる筈だッ!!」
剣を抜き放ち、号令を出す。
「俺達が――この街を守るんだッ!!!」
◆
「す、凄いッ!! これが無属性ッ!! これが先生の魔術ッ!!」
私――レイド=レヴァノフは、先生の御業を肉眼で目撃し、教会の屋根の上で叫び声を上げてしまう。
「あのー、もうちょっと静かにして貰えない……? 防備してくれるのは助かるんだけど、子供達も、もう寝ちゃったんだよねー?」
教会の神父が窓から首を出し、何かを言ってるようですけれど――何も聞こえませんな!
「都市へと放たれた魔法は無属性の誘導を付与しているのか! であれば、あの空を飛ぶような風魔法も恐らくは同じ原理!? 一般的に風魔法は飛び上がる事は出来ますが、あそこまで滑らかに角度を変える事は出来ない! 顕現した風を無属性の誘導で方向性を与え、推力だけでなく、姿勢制御にも使っているのか! しかも一度発動した魔法の再利用だから、マナの消費も最低限に抑えられる優れもの。あれほどの連続した飛翔を可能とするのは、計算されたマナ・コントロールあっての……」
「あー聞いてないのね……もういいやぁ……」
……一人で熱くなっていた私は、いつの間にか窓にいた神父が、首を引っ込めている事に気が付く。
何と勿体ない。
先生の活躍はこれからが本番だと言うのに。
とはいえ、人間の視力ではそこまで見通せないか……。
「中々、強い……」
目を凝らしながら遠くの戦闘を見ると、先生を相手に白い【狼】の亜人が、肉薄していくのを目撃する。
その間合いは――駄目だろう。
ほれ見た事か。
仕掛けた攻撃を捌かれ、地面へと蹴り落される亜人。
身体スペックは他に例を見ない程に強力だ。それこそ、あのレシィ=クリムゾンにも速度だけなら勝っていると思う。
だが、経験が――技術が足りない。
あれでは己の先生を負かす事など――到底不可能だろう。
「アレなら、私でも勝てる」
呟きながら、私は先生の姿を観察した。
その一挙手一投足。
見逃さぬように……。




