025 嫌いじゃねえ~スネップの覚悟~
燃え盛る炎が都市を照らし、空を橙色に染め上げる中、陽光は下に降り、夜の最中であるにも関わらず不思議な明るさを持っていた。
地を疾走し空へと飛び、月光にその身を照らされる――二つの影。
修道女テレサと、黒銀狼ファングの姿である。
人間とは思えぬ軽快な身軽さで、無尽蔵に発せられるファングの黒炎を躱していくテレサ。
――しゃらくせぇッ!
ファング=コードレスは領主の息子――スネップ=アノンドロワがその場から逃げ出した事に気が付いていた。
彼の中での優先順位は、目の前のシスターの方が上である。
貴族の子供はいつでも捻り殺せる。それよりも、己に手傷を負わせたこの修道女を確実に始末する方が重要であった。
何より、舐められたままではいられない。
とはいえ――些か時間を掛け過ぎた。
「そろそろ、終わりにするか……」
何か事情でもあんのかも知れねぇが――好き好んで闘争の場に出てきたんだ。
言い訳なんぞ聞かねぇ……ッ!
「ハウリング・フレア――ッ!!」
放たれる狼の咆哮。
地を揺らし、石を砕き、直線状に熱波を放つ。
「――ッ!? ――ぐぅッ!?」
遠距離攻撃など警戒していなかったテレサは、その攻撃をモロに食らう。赤熱していく肉体。燃える修道服。暴力的な音波により、プシリ、と。目から血が飛び出す。
「あ……ぐ……ッ」
咆哮が治まると同時――ドサリと、仰向けに倒れこむテレサ。
目は見開き、ぱくぱくと開いたり閉じたりする口元。
完全に――意識を失っていた。
「――」
攻撃を放った当人であるファングは、しかし、不服であった。
――あの技を食らって、原形を留めている、だと?
やはりコイツ、何かおかしい。
その敏捷性や耐久力――とてもではないが、人間とは思えない。
「!」
人間じゃ――ない?
思考が行き着いた時、テレサの身体が弱々しくも動き始める。
もう意識が戻ったのか……。
倒れるテレサに近寄りながら、ファングは己の爪を軽く振るう。
気にはなるが――今は戦闘中だ。
「まずは止めを刺す。その後で、気になるなら服でも引っぺがしゃ良いだろう」
「……ッ!」
「じゃあな、テレサ・エンフィール――」
――人間の味方をする、人間ではないモノ。
身動きの出来ないテレサへと、ファングの爪が振り下ろされる。
その瞬間――
「――待ってくれッ!!」
――来訪者の声が、その場に響き渡った。
「は……?」
そいつは、スネップ=アノンドロワ。
先程この場から逃げ出した、ポンペイ領主の息子であった。
何でこの場に?
気でも触れたのか?
まさか、命乞いでもすれば助けてくれると思ったのか?
思いつつも、そこまでのアホならば意外ではない。
相手は馬鹿な貴族だ。
この場で想定外の行動を取ったとて、ソレは想定内。
だというのに――俺がアホ面さげたのは理由がある。
「ウルフディアンの、娘……?」
奴が抱えていたのは、己の同族と思しき少女であった。
その腹には矢を受けており、見た感じ致命傷である事が分かる。
思わず――激昂する俺。
だが、続く貴族の言葉により、怒りは混乱へと変わっていく。
「――お願いだ、彼女を助けてくれ……ッ」
「……は?」
「この騒ぎじゃ医者にも行けない。部下の動きを治めてくれッ!」
「お願いします……ッ!」と、その場に膝をつき、頼み込む貴族。
……何だそりゃ。
「意味が、分かんねぇ……」
そもそも、その少女は何だ?
お前の奴隷じゃないのか?
何でその奴隷が死にかかっている?
何で人間であるコイツが、そいつを助けようと頭を下げるッ!?
意味が――意味が分からない。
……いや、待てよ――そうか。
「――はッ、煙に撒いて命乞いしようって魂胆か? 乗らねえよ!」
「……」
「この場にノコノコと現れた時点で、テメエの運命は決まったぜ!? 殺してやるよ、スネップ=アノンドロワ!!」
カッカッカ、と。笑いながら、俺はそう叫ぶ。
「無残に! 残虐に! 命乞いしようが関係ねぇッ! 亜人奴隷を盾に、お涙頂戴しようとしやがるテメエは、確実に――」
「――構わないッ!!」
「――ッ」
スネップは、汚ねぇ面でボロボロと涙を零しながら、俺に向かってそう言いやがる。
「それでこの子が助かるなら、僕は一切構わないッ!! 」
「……」
「なぁ、こんな残酷な事があるか……? 馬鹿な差別主義者の貴族を庇って、こ、こんな小さな子が――命を落とすッ!」
「……」
「笑いながらだぞ? ……何も、ちゃんとした、ケ、ケーキの味すら知らない……少女が! 笑いながら死のうとしている……ッ!」
――あっちゃいけないだろう、と。
――そんな事この世界に起きてしまってはいけない、と。
スネップは嗚咽混じりに声を絞った。
「坊ちゃん……」
遠くでソレを聞いたメイド――ルーシー=スカイバーンは、思わず主人の名を呟いてしまう。
そこに、どんな感情が籠められていたのかは、分からない。
「許容できないッ! そんな事……死んだ方が……マシだッ!!」
「――ッ」
……おいおい。
……ファング=コードレス。
……何を、予想外だって面してんだ……俺よ。
……部下を動かしちまった。ポンペイを襲撃した事実は消せない。
……尻込みすんな。此処で、迷ってどうする。
……お前は――族長だろう?
「……ッ!!」
歯噛みをしながら、大股で貴族のガキへと近付く俺。
その細っちい首を掴み、持ち上げてやる。
「うグぅ……ッ」
「お前ら人間は――平気で嘘を吐くッ!!」
もはや問答無用。
己の爪でもって、世迷言を口走るガキを――ぶっ殺す!
「……ッ」
渾身の殺気を籠めた。
だが――スネップ=アノンドロワは、悲鳴一つ上げやがらねぇ。
恐怖が無いわけではない。
震える手足。萎縮して固まった身体。青白い表情。
何処をどう見ても、ビビっている。
だと言うのに――こいつは恐怖に耐えていた。
少し力を入れれば、その首、簡単に落ちるだろう。
「くッ――」
頭では理解しているのに、身体が躊躇する。
コイツが――本気で言ってるって事が、理解出来ちまったからだ。
……ふざけんなよ、ファング=コードレス。
……甘さを捨てろ。
……人間なんかと、同調するな。
……嫌いじゃねぇだなんて、思うんじゃねぇ。
……殺せ。
……今すぐ、目の前のこのガキを――ッ!!
「――やめておけ」
「!!!」
背後から投げかけられる、誰かの声。
新手か――!?
振り返ったその先には――目の前のスネップよりも更に若い。
白銀の髪をしたガキが――そこに立っていた。




