015 ハインリヒの楽しい魔術講座
「――お願いします!! 弟子にして下さい!!」
「……」
リアネス王都、アルマナ達に連れられた庶民派料亭マタタビ亭にて、一人の少年が俺へと頭を下げていた。
熱々のチキンに齧り付こうとした矢先の事だ。
口を開けたまま、俺は声を掛けてきた少年へと視線をやる。
学生さんか何かか……?
少年の身に着けた学生服を見ながら、俺はそう当たりを付ける。
頭に被った羽帽子に隠されてはいるが……注視してみると、耳に尖りが見えた。目元に魔坑線が現れていない事を考えると、彼はエルフなのだろう。
いや、それにしては肌の色が濃い……か?
エルフの肌というのは、本当に真っ白らしい。
透き通る様な肌というのは語弊ではなく、日が通ると本当に透き通る程に白いのだ。
対して彼の肌色は――白いは白いが、俺達人間の肌の濃さである。
珍しいが……ハーフエルフという奴なのだろう。
「……とりあえず、座れば?」
傍で立たれたままじゃ、目立って仕方がない。
俺は隣の席――は、レシィが座っているので、向かいのアルマナの隣――は、不味いか? 近くの別の卓の椅子を指し、着席を促した。
「失礼します!」
「一応、料理も頼んでおけよ?」
「ハイ! ――店主! さば味噌定食を頼む!」
「……」
はきはきとした声で、店主へと注文を頼む少年。
まだ注文取りにも来てないっての。
少年――とは言ったが、その歳は俺より確実に上である。
だと言うに――何だか世間慣れしてないというか……マイペースというか……。
「レイド=レヴァノフ……学院首席の貴方が、何故此処に?」
それまで黙っていたアルマナが、手元にあるハンバーグをナイフで行儀よく切りながら、レイドという少年へと声を掛けた。
「知り合いか?」
「同じ学院の生徒よ。結構有名人」
肩を竦めながら、俺の問いに答えるアルマナ。
……というか。
「アンタ、学校通ってたんだな?」
「当然。王族であるからこそ、普段の教養は重視されるのよ? 私だけじゃない、他の王子達だって学院へと通っているわ」
「他の王子?」
「継承権一位クロード。二位ガルシアの事よ。貴方だって名を聞いた事はあるでしょ?」
クロード=ディ=リアネス。
リアネス王と正室であるレゾネア王妃との間に生まれた青年。
金髪碧眼の典型的なリアネス人。
美形な顔立ちと文武両道の実力。
高いカリスマ性で、将来を有望視されている青年だ。
ガルシア=ディ=リアネス。
リアネス領南部タルシスの姫。カルカサ第二婦人の息子。
褐色の肌に黒い髪は、カルカサ婦人譲りのタルシスの特徴だ。
筋骨隆々。武人としての高い実力。
彼が王位を継げば、リアネスの防備は安泰だと言われている青年だ。
そして――継承権第三位は、アルマナ=ディ=リアネス。
「……まぁ、噂程度なら一応な」
「王位継承の選定は学院への成績も大きく関係するのよ。だからこそ、私はそこでペコペコする彼の事を良く知っている……文字通り人生を掛けて勉学へと励む私達を抑え、王都中の俊才が集まる王立学院で、首席の地位を維持する生徒――レイド=レヴァノフ」
「……」
「魔術の才にて、並ぶもの無しと言われた貴方が――何故ハイン君に弟子入りを?」
「――は、ははははは!」
アルマナの言葉に、突然笑い声をあげるレイド。
黙々と出された料理を平らげ続けていたレシィも、これにはびっくりし「何だ何だ?」と此方へと聞いてくる。
「――これだから素人は」
額に手を当て、ついでにズレた眼鏡を指で直し。
レイドは言葉を続けた。
「ハインリヒ先生」
「え、俺?」
ていうか――先生って何?
君の方が年上じゃん?
「先程訓練場にて、貴方の実力を見させて頂きました」
「あー……」
「四属性を使いこなし、火に至っては第八位階までの魔術を行使。無詠唱魔術を放ちながら、同時に詠唱魔術の準備、発動。率直に言って、素晴らしいと言わざるを得ません」
「それはどうも」
褒められ慣れしているからな。
今更そんな事を言われても、一切心は動かない。
「そうして、何より――あの無属性魔法!!」
「!」
だというのに……。
「基本となる四属性は勿論、複合属性である雷や樹は足し算で行使される。唯一引き算を扱うのは例外属性である闇と光。けれどその先――人によっては魔術の【属性】だとすら気が付かぬものである【無】を先生は新たに発見し、行使しました!」
「なんと素晴らしいッ!!」と――レイドは声を大にして叫ぶ。
……ほほぉ。
……コイツ、そこに気が付くか。
……だが、少し間違っているな。
「一応言っておくが、無属性を発見したのは俺が最初じゃない」
「え!?」
「レイド=レヴァノフ。お前、本は好きか?」
「……好きと言われれば、まぁ……」
「読み込みが足らん」
「!?」
「過去の偉人達。アズワルドに名を遺した賢人・聖人・魔境者と言った先人達は、その逸話から判断にするに、皆、無属性魔術の使い手だったと結論付けられる」
「――そ、その考察の根拠はッ!?」
「俺が無属性の使い手だから――というのは不親切すぎるか」
「……」
ごくりと、唾を飲み込み話の続きを心待ちにするレイド。
「魔術を発動するには、さ。基本的に属性を入れなければいけないというのは分かるよな?」
「己の内から生じるマナ……それに属性で方向性を与えたものを魔術と言いますからね。そこは、まぁ……」
「その方向性を足したものが、複合魔術」
雷属性とは、火と風の属性の混合。
樹属性とは、土と水の属性の混合。
「ただ、例外魔術だけはそのあり方が違う。光属性は全属性を複合し、その成分を光へと傾ける事で発動する。闇属性も同様だ。今まで足し算であったものが、今度は引き算で行使される。なら、その属性を全て取り払ったらどうなるのか? そう言った着想でこの無属性は生まれたんだ」
「本来であれば、属性の入っていない魔術は発動しない」
「ああ。だが、一度全属性を複合し、属性という成分を全て引き抜くと――無属性魔術というのは発動するんだ」
無論。口で言う程、簡単ではない。
魔術の体裁を保ちながら、魔術の根幹を引き抜くのだ。
繊細なマナのコンロトールを要求される。
数億以上存在するマナ粒子の一粒でも、1ミル分操作を誤っただけで、それは失敗するだろう。
無属性をあると信じ、ただひたすらに研鑽したものだけが、その秘術を授かる事が出来るのだ。
「属性を引き抜いて発動する魔術というのはな――力の方向性だ」
「方向性……」
「誘引・反発・誘導・拡散……まぁ代表的なのはこんなものか」
「……」
「無属性魔術というのはな、それ一つ覚えるだけで、全属性の魔術の位階を一段階引き上げると覚えておけば良い」
「なッ!?」
「ある聖人は――不毛の大地に一瞬で広大な森林を生やしたという逸話があるが、それは無属性魔術の拡散を使用している」
ある賢人は――魔物の大群を光の矢で全て撃ち落としたというが、それは誘導。
ある魔境者は――己の修練の為、降り注ぐ雷雨を全てその身に落とし、生還したというが、それは誘引と反発だろう。
彼等の偉業――語られる物語には、全て無属性魔術の存在がある。
「ある一定の力量を持った者は――きっと気が付くんだろうな?」
無属性魔術の存在を。
その有用性を知り――恐らくは秘匿した。
「だから――これは俺のオリジナルじゃない」
「……」
俺のオリジナルと呼べるのは、今の所、一つだけだが――これは秘密。
長々とした説明になっちまったな。
目の前のレイドは、興奮した様に「おおお……ッ!」と震えている。
――分かるな。その気持ち。
――世界が、広がった様な感覚を感じているのだろう?
「弟子は取ってはいないが――今、傭兵団の仲間を募集しててな」
「――ッ!」
「レイドと言ったな? ――お前、来るか?」
「――是非!!」
ぎゅっと。
俺の手を両手で掴みながら、力強く答えるレイド。
「――ところでコイツら、一体何の話をしてるんだ?」
「さぁ、ついて行けないわね」
呆れた様な顔で、此方を見るレシィとアルマナ。
……女共には、好きに言わせておこう。
――レイド=レヴァノフが仲間になった!




