013 四年越しの完全決着
ハインリヒ=セイファートとレシィ=クリムゾンの戦いは、一旦小休止を挟む。
お互いの、装備を変える為だ。
「本当に、良いのかしら?」
「アイツが良いって言ってるんだ。私は――アイツを信じるよ」
「……レシィ」
「ん?」
「――良かったわね?」
「――ああ」
アルマナ姫と会話をしながら、己が獲物の到着を待つレシィ。
やがて訓練所の奥――騎士団員、四名により担がれたソレが――彼女の前へと置かれる。
「……人間相手に使うのは、初めてだな」
2メイル程の大きさを誇る鉄塊を見詰めながら、レシィは呟く。
厚さ25ミル。刃先5ミルの巨大剣――イグニス。
火竜の紋様を施されたソレは、レシィ専用に作られた武器であった。
剣として――切り裂く能力は殆どないが、代わりに彼女の人間離れした力で扱っても、決して折れず、曲がらない。
その重量故、加減が効かない為――人間相手の闘争時には、封印してある武器である。
彼女はソレを片手で持ちながら――軽く振る。
ブオン!と言った、巨大な扇を扇いだ様な音が鳴り、風が飛ぶ。
対するハインリヒは――
「――そんな装備で、大丈夫か?」
「あぁ、問題ない」
誕生日に父親に買って貰ったという安物の剣を手に、彼は言葉を返していた。
難色を示す、ザンス=クリムゾン。
ハインリヒは娘を正気に戻してくれた恩人だ。
何かあって欲しくは無いと、彼は本心から願っていた。
「片手剣なら、騎士団の武器庫にもっと良い物がある。それと取り換えて――」
「あぁ、良いって良いって。そんな事しなくて!」
踵を返し、武器庫へと歩き出そうとするザンスを、ハインは止める。
「大体なぁ、アンタずれてるぞ?」
「む?」
「心配する方が逆だと、俺は言ってるんだ」
「……」
「神童ハインリヒ=セイファートを――あまり舐めるなよ?」
傲岸不遜。
言って彼は――石舞台の中央へと堂々と歩いていく。
「ハインリヒ君ッ! ――うおッ!?」
「危ないから離れろよ~」
魔術で周囲に結界を張り直しながら、おどけた様にそう言うハイン。
「……私も。もう近くにはいけない様ね」
「心配か?」
「――まさか」
レシィから離れながら、アルマナは彼女へと言葉を贈る。
「――悔いのない様に」
言葉を背に受け、レシィは石舞台の中央へと向かう。
「でっかい剣だな? 振れるのか?」
「さっき振ったの見てただろ?」
「軽く振ってたな」
「だろ?」
「……準備は万全という奴か」
「テメエの方はどうなんだよ? その剣……ハンデとか言わねぇよな?」
「んなわけあるか!一番手に馴染む物を使おうと言うだけだ!……値段は気にするな!」
――これでも父さんが無理して買った奴なんだよ!!
――と、ハインは心の中で言い返す。
実際に口に出すと、恥ずかしいので止めておいた。
「……念の為、言っておくぞ」
「あ?」
「勝負は一瞬だ。その刹那に――生命を燃やし、全力を出せ」
「――おう!」
会話を止め。――お互い間合いを取る。
「――アルマナ姫、開始の合図を頼む」
ハインの言葉に、緊張の面持ちを見せるアルマナ。
レシィへと視線を向け、彼女が頷いたのを見計らい――アルマナは声を発する。
「それでは――始めッ!!」
――戦闘が、開始された。
◆
「うおおおおおお――ッ!!!」
戦闘開始と同時。
レシィ=クリムゾンは咆哮し、己が体内に宿る【気】を全開にする。
その姿は――四年前とは比べるまでもない程の熱量を秘めていた。
体内に渦巻く気は、その過剰分を外部へと放出し、金色のオーラへと変わっていく。
「あああああ――ッ!!!」
ビキビキと、浮き出る血管。
圧倒的な気の奔流に、足元の石畳には罅が入り、訓練場の壁に亀裂が生じる。
動揺するザンスと騎士団員。
固唾を飲んで見守るアルマナ。
対するハインリヒは――静かであった。
得意の多重奏魔法を準備すらせず、体内に宿る気を僅かに調整するのみ。
遠くで見ていたザンスが――本当に大丈夫なのか? ――と。再度疑問に思う程、その身に変化はなかった。
「……スゥ」
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
呼吸は一回。
後はただ――目の前の敵へと集中するのみ。
深く、深く、深く、深く――ハインリヒは集中していた。
耳に入る音など何もない。
今この時――彼の中では――世界は止まっていた。
上体を下げ、半身になるレシィ。顔の横へと大剣を静止させるその構えは――四年前に見せたものと同一の性質のものであった。
無軌道に暴れ狂う気の奔流を、両腕にのみに集中させる。
明滅するオーラを両腕に溜め抑え――彼女は目の前のハインリヒを睨む。
「――使うか、【ドラゴン殺し】ッ……!」
彼女の構えを見た騎士団員が、思わず叫び声を上げる。
レシィ=クリムゾンが放つ、唯一の必殺剣。
その名は、誰が付けたか――ドラゴン殺し。
聖王竜・ポロキスを屠った彼女の逸話に結び付けて称された、究極突進技である。
イグニスを装備して放たれるその技は――未だ無敗。一撃必殺。
そこまでするのか、と。
団員達は驚愕する。
神童ハインリヒ=セイファート。
その実力を間近にした彼等であったが、大半の者は、それでもレシィ=クリムゾンに勝るものなのか? と、半信半疑である。
額に冷や汗を掻きながら、もはや押し黙るしかないザンス。
表情を出さずに手を下に組み、震える指先を抑え込もうとするアルマナ。
彼等の様子を見て、唖然としたまま、目の前の勝負の行方を追う団員達。
そうして――その時は、来た。
「――ッ!!!!」
石畳が爆発し、一条の閃光と化すレシィ。
幾重にも発動させた魔術防壁が、技の余波により破られ、その衝撃が彼女の背後にあった壁を根こそぎ破壊する。
人間の限界を超えた速度で、ハインリヒへと迫るレシィ。
その姿――速度は――人間の持つ動体視力では捉える事は出来ない。
光速の軌道を駆け、イグニスを振り下ろすレシィ。
その一瞬。
刹那の海中に――ハインリヒは動いた。
「……ッ」
耳を劈く、破砕音。
舞い上がる土埃が風により吹き飛んだ場所で――二人は背中合わせに、立ち尽くしていた。
――訪れる、静寂。
何が起こったのか?
どちらが勝ったのか?
観衆の疑問は尽きないが、それを言葉として――音とするのは憚れる。
先に動きを見せたのは――レシィである。
「すげぇ……な」
背後のハインリヒへと、振り返る事無く呟くレシィ。
彼女は己が手に持つ大剣――イグニスへと視線を落とす。
その剣は――半ばで綺麗に断ち切られていた。
決して折れぬ様。
決して潰れぬ様。
――オーダーした、レシィ専用の大剣。
実際にその注文は果たされていたのだ。アダマンタイトを用い、職人により不破のルーンを刻まれたイグニスは、彼女自身、全力で扱っても壊れぬし、壊す方法など見当たらない武器であった。
――そう、数秒前までは。
「……あぁ」
軽く息を吐き、目を瞑り、顔を上げるレシィ。
「私の負けだ――ハインリヒ」




