006 惨劇~奴隷商の末路~
城塞都市ポンペイ。
その夜。普段通りの賑わいを見せるであろう"ブラックマーケット"は、不気味な静寂を漂わせていた。
仄暗い地面に滴り落ちる、赤黒い液体。
ソレは、四肢を投げ出し、床へと身動き一つせずに突っ伏した人間から流れ出ていた。
血。血。血。
流れ落ち、床を汚す紅き液体。
商人は勿論、売られていた魔物さえ、その身をズタズタに引き裂かれ――殺されていた。
現場は凄惨と言っても良い有様であった。
動く者等、誰もいない。
否――その場に二人。蠢くものは存在する。
惨劇の影――極秘の隠し通路のその先に――男は、いた。
「――亜人達を何処にやった?」
ブラックマーケットの支配人……小太りの男の首を掴み、男は恫喝する様にそう言った。
裾の破けたジーンズに、赤いジャケット。針の様な黒髪を後ろへと流し、その左頬には真っ黒な火傷の様な痣を浮かばせる。夜であるにも関わらず青いサングラスを掛けたその男は、一目見てガラの悪そうな風体をしていた。
血と暴力の臭いを漂わせたその男は――苛立ちを隠さず、再度支配人へと問い掛ける。
「売ったのか? 全員……!?」
「ぐぇッ、ぐぇぇえ……ッ!!」
首を絞める手に、力が入る。苦し気な呻きを漏らす支配人へ舌打ちをしながら、男は少しの加減をしてやる事にした。
「テメエが亜人の子供を大量に仕入れたのは知っているんだ。正直に吐かねぇと……」
「――ヒ!? ヒィッ!! 売った! 確かに昼に売った!! ――全員、売っ払った!!」
「……昼? ……チッ」
――ツいてねぇ。
――つまりは、行き違いになったって訳か。
「誰に売った!?」
「……し、知らない……ッ!」
「――ッ」
「ぎゃああああああああああ――ッ!!?」
返答と同時に、男は弱者を売り物にする肥えた豚の腕を――力任せにぶち折った。常人の腕力ではない。
「……もう一度聞くぜ? 誰に売った?」
「ヒグ、ほ、ほんと! 本当に知らないんだ! 金持ちのガキだった! それしか――」
――金持ちの、ガキ?
――それしか知らない、だぁ??
――そいつは何とも、無責任なやり口じゃねぇのか?
「テメエは、誰とも知れねぇ素性の奴に、亜人の子供を売り飛ばしたってのかッ!! あぁッ!?」
「ヒ、ヒィィィ――ッ!?」
怒りのまま、男は支配人の背後の壁を殴り付ける。レンガで出来たその壁は、厚紙を破ったかの様に大穴が空いている。
「一億イラを積まれたんだ……ッ! だ、だから――ッ!!」
「――」
言葉と同時に。
男の左頬から――黒炎が放出される。
黒炎はやがて、男の手、足、体、全体へと行き渡り――その影を異質に変貌させた。
「な、な、な……ッ!?」
炎の中より姿を現したのは――黒銀の毛並みを持つ、一匹の人獣であった。
亜人。その中でも【狼】と総称される種族。
正式な呼称はウルフディアン。
黒銀の毛並みを持つ【狼】は――その中でも、最上位の長の血統であると言われていた。
陽炎にて人の姿を真似るウルフディアン。彼等が真の姿を現す時は、獲物を狩り尽くす時である。
「……ッ」
ブラックマーケットの支配人は、その瞬間、己に起こる事の全てを理解し、何の抵抗も出来ぬまま――生きたまま、その身を食い千切られるのであった。




