004 時は金なり~貴族とは面倒臭い~
城塞都市ポンペイ――領主の館の貴賓室。
高級そうなソファに座り、紅茶を啜りながら――俺は、もう帰りたい気持ちで一杯だった。
「少しだけ待っててくれ」
そう言って、もう十分以上は経つんじゃないのか?
机に出された高級そうな茶菓子を食いながら、俺は亜人の子供達の姿を頭に思い浮かべる。
早いとこ飯の買い出しに行きたいんだがな……。
取り合えず持って帰れそうな菓子は袋に入れて……っと。
俺がそうこうとしていると、貴賓室の扉が二回ノックされる。
やっと来たか……。
「失礼」と言った声と共に、扉を開け、姿を現す貴族の青年。
金髪の髪に、もみあげをカールさせた様な髪型。
華奢な体躯に裾口が大きく開いたシャツを着た彼は――大袈裟な所作で俺へと一礼する。
「スネップ=アノンドロワだ。僕は気絶していたので良く知らないが――役立たずのメイドから報告は聞いている。ごろつきから、僕を助けてくれたのだろう?」
カツカツと、踵を鳴らしながら室内を歩く青年――スネップ。
「僕は人と人との貸し借りが嫌いだ――君のその行動……恩に着るつもりは毛頭ない」
「……はぁ」
俺としても、そこはどうでも良いんだが……。
大体、原因となったのも間違いなく俺だし。
「だがしかし! 働きには報酬を与えなければならない! アノンドロワ家の者として、僕は君の願いを一つ聞こうと思う……何か、願いは無いかね……?」
「……」
願い。
願いと言われてもな。
「それじゃあ――もう帰っても良いか? 飯の準備をしなければいけないんだ」
溜息を吐きながら、俺はその場から立ち上がり、貴賓室の扉へと歩き出す。
「ちょちょちょちょ――ッ!!!」
――が。何やら奇声発したスネップ=ガノンドロワにその行く手を遮られる。
「君ぃ……僕の話を聞いてたかい!?」
「あぁ、願いだろう? ……だから帰るよ」
つーか帰らせろ。
「駄目だって!? まだ何にもお礼してないじゃないか!? 帰っちゃ駄目だって!!」
「はぁ……? じゃあ思い付かないからツケにしてくれよ?」
「嫌だ! そんな事したら僕がモヤモヤする!!」
「……」
コイツ、結構な我儘野郎だな。
「だったらそうだな……あのメイドくれよ」
「メイド? ルーシーの事か? 確かに黙っていれば、アイツは中々な上玉だが……」
ふぅん? ルーシーって言うのかアイツ。
てか、何か変な勘違いをされてるな。
「言っとくが、傭兵団に欲しいっていう話だぞ? 必要なのは奴の腕っぷしだ」
「傭兵団? 君はその歳で何処かの傭兵団に入っているのか?」
何だか質問攻めだな。
まぁいいか。
「違う。これから作るんだ。――団長が俺の傭兵団をな」
「……」
俺の言葉に、一瞬唖然とした表情を見せるスネップ。
「君が? ……団長?」
「ああ」
「……助けて貰っておいて、こう言うのも何だけど……ごろつきとの喧嘩で勝ったくらいで、調子に乗らない方が良いよ? 僕は立場上、王都の騎士団にも顔を出した事があるんだ。本物の戦争をしている人間というのは、やはり普通の人間とは違うものさ」
「……」
「悪い事は言わない。傭兵団を作るだなんて、馬鹿な事――」
「――ストップだよ。お坊ちゃん」
スネップ=アノンドロワの言葉は、お盆を持った目付きの悪いメイドに遮られる。
お盆の上には、二人分のケーキが乗せられている。
一つを俺へ。
もう一つをスネップへ。――やると見せかけて自分で食うメイド。
唖然とし、怒りの表情を見せるスネップだが、メイドは我関せず。
随分と舐められているなぁと、他人事なら思ってしまう。
「悪い口には、ケーキは合わないねぇ」
「お、お前! メイドの分際で舐めた事を……ッ!」
「……フン。メイドにしたのはアンタの趣味だ。アタシはただの護衛さ」
「その責務だって果たせなかっただろうがッ!?」
「違いない!……クククッ!」
何を言っても気にした素振りを見せないメイドに、スネップは疲れた顔で諦める。
「ルーシーって言ったか。……下の名は?」
「スカイバーン。――アタシもアンタの名を聞きたい」
「ハインリヒだ。ハインリヒ=セイファート」
「……良い名だ。覚えておくよ」
「おい、何を勝手に……」
「――お坊ちゃん」
口を挟むスネップに向けて、ルーシー=スカイバーンは正面に立って言葉を発する。
「ハインリヒは強いよ」
「……ッ」
「ごろつき共をやった手管――未だに私でさえ理解できない」
ルーシーは、俺へと視線を向ける。
「何も見えなかった。気が付いたら倒れていた。正直――屈辱だよ」
「……種明かしをした方が良いか?」
「そういうのが余計腹立つ。ま、そういう訳で見当違いな発言は止めな。恥掻くだけさ」
主人へと言葉を返すルーシー。
だが、スネップ=アノンドロワに返答は無い。
代わりに――
「……まてよ……ハインリヒ?……何処かで……」
思考に没頭しながら――ぶつぶつと、何かを呟き――
「――あぁ!?」
と。何か思い出した様な声を出す。
「――ハインリヒ=セイファートッ!!」
「うお!? 何だいきなり!?」
がっしりと。
突然俺の名を叫びながら、両肩を掴んでくるスネップ。
「礼は後日必ず!! ――だから、また来てくれ!!」
「……はぁ?」
「ルーシーを使いに出す! すまないが、僕は用事が出来た!!」
「また会おう!! ハインリヒ!!」
そう言って、慌ただしく貴賓室へと出ていくスネップ。
「……」
取り残された俺とメイドは、思わず互いに見つめ合う。
「……とりあえず、送るわ」
「……ああ」
何だか色々と、引っ掻き回された一日だったなぁ。




