045 チェスとの死闘~クイーン戦~
「ウララララ!!! ウルァ――ッ!!!」
斬って、払って、薙いで――斬る。
火の手の上がる東部区画にて、髪を逆立てた白い制服の青年――ディンハルト=シーザーが烈火の如く敵兵を薙ぎ倒していく。
水を得た魚とはこの事だろう。七聖剣の中でも最も乱戦を得意とする男は、ご自慢の跳躍力で敵兵の密集地へと飛ぶと、そのまま自由自在に暴れていく。
「今だ、突撃――ッ!!」
ディンハルトが敵の気を引いている隙に、王国騎士団が接近を仕掛ける。此処までの戦いで彼等も学んだのか、身体ではなく首を狙った斬撃で敵兵を次々と狩っていく。
一人、戦える戦力がいるだけでこうも違うのかと、前線指揮官はほぅっと息を吐く。
額に浮いた汗を拭いながら、残りの敵も平らげてしまおうと、ディンハルトが視線を前に向けた時――
「――ぬッ!?」
銀の鎖が、彼の顔面へと飛来してきた。
慌てて首を捻って回避しようとしたディンハルトだったが、鎖は意思を持っているかの様に曲がり、彼の首元に絡み付いた。
「う、うおおおおおッ!?」
「七聖剣ッ!?」
引き摺られる……なんて勢いではない。文字通り飛ぶように鎖に引っ張られるディンハルト。短い間ではあるが、戦場を共にした騎士団員が宙を舞う彼に手を伸ばすも、届かない。
――何処まで引っ張られる!?
締め付けられる首を鎖を掴んで必死に耐えながら、ディンハルトは想像以上のリーチで投げられた銀鎖に驚愕を隠せない。途中瓦礫にぶつかりながら、彼は遂に鎖の主へと対面する。
「――あら、良いのが釣れたわね?」
「て、テメエは……」
「ヴェル・クイーンよ。坊や、七聖剣ね?」
「あぁ!?」
「――死んで」
ガチャリと。仰向けのディンハルトへと向けられる無数の銃口。
……いきなりかよッ!?
毒づく間もなく、包囲網の中より発砲される銃弾。足で地面を蹴り倒立。そのまま腕の力で上空へと逃れるディンハルト。
「……お馬鹿さん」
「!」
だが、その首には未だ銀鎖が絡まっている。
再び地上へと落とされようとした時、彼は空中で姿勢を変え、己の聖剣エシュロンをヴェル・クイーンへと向ける。
突き刺す刃は、白い手袋越しの彼女の指先に捉えられる。
ピクリとも動かないその剣先に、ディンハルトが驚愕した頃、彼の腹部へとヴェル・クイーンの拳が突き刺さる。
「うごぇッ!?」
周囲を取り囲む緑の兵を巻き込みながら、盛大に吹き飛ぶディンハルト。腹に砲弾を撃ち込まれた様な衝撃に、彼は思わず胃の中の物を周囲にぶち撒ける。
「軽くしたつもりだったけれど、痛かったかしら? この姿になってから随分と経つけれど、未だに力の加減は下手ね。……困ったわ。これではお嫁にいけないかも」
「……ッ! な、何だテメエ、その腕……ッ、その姿はッ!?」
「……あら?」
キョトンとした顔で己の恰好を振り返るヴェル。
振り切った拳の衝撃で彼女の制服は所々千切れ、腕や足が露出してしまっている。彼女の美貌を思えば並みの男には垂涎な光景であっただろうが、その期待とは裏腹に顕れたる手足は異形。
獣の様な茶色い体毛に覆われた腕足は、筋肉の膨張によって体積を増し、ヴェルの小さな頭や胴体部とは釣り合いが取れない。明らかに後より付けられたその姿に、ディンハルトは顔を歪める。
「いやね。折角新調した制服だったのに。こうも破れてしまうんじゃ、特注を用意して貰うしか無いかしら? ね。貴方はどう思う?」
「……」
「無言。それにその顔は何? 恐怖? 嫌悪? 違うわね――憐憫? どれでも良いけれど……率直に言って不愉快だわ」
地面を蹴り、ディンハルトへと肉薄したヴェルは、その腕を彼へと振るっていく。怒涛の様な連撃を必死に聖剣で受け流すディンハルトだが、一撃一撃の重みに腕が痺れ、身体が傾く。そうした隙の中で腹部、肩、顔面へと――徐々に彼は被弾していく。
「戦場に余計な思考は要らないの。敵である貴方はただ――私の姿に見惚れていれば良いの」
「……ギッ!! エシュロッ――」
「おっと。言わせないわ」
「――ッ!!!」
聖剣覚醒の起動キーは所有者による音声入力である。それを察知したヴェルはディンハルトの喉を貫手で潰し、覚醒を阻止する。
「何故って顔をしてるわね? でもこんな事、貴方達の中に内通者が入れば簡単に分かる事だと思わない? 油断も慢心もしないわ。私はクイーンだから……ただ冷徹に、貴方を壊す」
「ぐ、ぐぅうううッ!!」
ディンハルトの背にある建物の壁を抉り取りながら、ヴェルは大降りにその腕を振るっていく。
――こ、殺される……ッ!
暴風の様な彼女の攻撃を、身を屈めて這う様に避けるディンハルト。プライドの高い彼には有り得ない程の醜態であったが、今はそれを考えている余裕もない。
ヴェル・クイーンは強かった。
人間離れした瞬発力と攻撃力は接近戦では勝ち目がない。遠く離れれば銀鎖が来て、引き戻される。恐らくはこれが彼女の必勝法なのだろう。頼みの綱の聖剣覚醒も封じられた。未だ呻きしか出ぬ己の喉に、ディンハルトは焦燥感を強めていって――
「――うごぁッ!!」
迫る拳が再び彼の脇腹を打ち、地面を跳ねながら吹き飛んでいくディンハルト。
追撃を、と。
伸び掛けたヴェルの足が、そこで止まる。
「これは――随分な姿だな。七聖剣」
ゆっくりとした歩みで角から姿を現したのは、深紅の鎧に身を包んだ壮年の騎士であった。白髪を上に纏め、露出させた額には思わずといった様に皺が寄る。
倒れた七聖剣。目の前には敵の幹部。
分かり易い土壇場の状況に己が踏み入った事を認識した騎士――ザンス=クリムゾンは、糸の様な細目を女に向け、静かに剣を抜き放つ。
「あ……ッ……!!」
倒れたディンハルトが彼に向けて何かを言うも、潰れた喉では言葉にならない。笑みを零すのは後ろのヴェル・クイーン。
「見た事ある顔ね? 貴方、騎士団長でしょう? 凄い! これで七聖剣と騎士団長を一気に片付けれられるわ……ッ!!」
「……さぁ、そう簡単に行くかな?」
言って、ザンスは半身となり腰を落とす。左手を前に出し、右手の剣を肩に担いだ独特の構えは、しかし身体改造を受けたヴェルにとっては然程の脅威も感じられない。
聖剣という外部出力を持つ七聖剣ならばいざ知らず、ただの人間に何が出来る物かと、ヴェル・クイーンはザンス=クリムゾンを侮蔑する。
彼女のその予測は、半分合ってて――半分外れていた。
ただの人間であるならば、この結果は不可能だっただろう。
ただの、人間であるならば――
斬り込んだザンス=クリムゾンの斬閃が、ヴェル・クイーンの右手を肩口より切り落とす。
その動きは――誰の目にも止まらなかった。
「……忘れていやしないかね?」
人間であって、人間を超越した存在――竜殺し。
「王国騎士団最強の座は娘に譲ったが……我が剣の冴えは些かの鈍りも見せん。こと、人外を斬るのは慣れているのだよ」




