009 邪神降臨~トゥールスレイ~
「……今の、夢は?」
何だ? ――と、声を発する前に、俺は身支度を済ませる。
部屋の隅に立て掛けている剣。
父から誕生日に買って貰ったもの。
若干の躊躇を覚えながらも、俺はそれを腰に差し、玄関から家の外へと出ていく。
「母さん!! 父さん!!」
声を張り上げ、両親の姿を探す。
空は曇天。朝にも関わらず、気が滅入る様な暗さだった。
何よりおかしいのは――この、空気だ。
「!」
家の畑の前で、倒れ伏す両親の姿を発見する。
慌てて二人の前へと駆け寄る俺。
……マナ酔いか。
……高密度のマナを吸い込んだ際に起こる、失神症状。――長引けば命にも関わる。
……対処法は二つ。マナを浴びせないこと。マナを外部から中和すること。
「……」
俺は、後者の手段を取る事にした。
手を翳し、二人の体内のマナへと干渉を開始……中和する。
青白い顔色が、徐々に元の赤みが掛かったものへと変わっていく。
よし、この分なら命に別条はないだろう。
だがそれも、今の段階なら――だ。
俺は、村に漂う高密度・高純度・広範囲のマナの出所を探った。
村全体がこのマナに晒されている。
出所を何とかしなければ――最悪、村の人間が全員命を落とすだろう。
「……キッチェは……無事だろうか……?」
足を止め、キッチェ=ルヴィの家の方角に視線を向ける。
……いや、駄目だ。
個別に救っていては埒が明かない。
大本を何とかする。
そうすれば、村の皆は全員助かるだろう。
深呼吸をしながら、俺は俺自身のマナを調整する。
原因となったものの場所は掴めている。
このマナの範囲の中心。
つまり――
「――ライディ達の方角だ」
◆
家が、燃えてしまった。
初めて連れて来られた時は、何の感慨も抱かなかった家。
あの頃のままなら、例え燃えても何の感情も動かなかっただろう。
だけど、今はこんなにも悲しい。
初めて出来た人間の友達と一緒に、作った家だからだろう。
たった一年。
だけど、今までのどんな日々よりも、優しく、楽しかった――
「何で……?」
妹が、問う。
だが、俺には答えられない。
否――答える事が、出来ない。
だってこの光景は、あまりにも似ている。あまりにも似すぎている。
母が亡くなったあの日――ルシル母さんが死んでしまった光景と、瓜二つだから。
『キャハハハハ』
――遠くで、少年達の笑い声が聞こえた。
――俺達を虐めていた奴らの声。
「……」
ギョロリと。妹の目が声のした方角へと向く。
見開かれた瞳の下には、涙の線が出来ていた。
あぁ、分かるさ。
俺以上に、リィンはいつも平穏に飢えていた。
理想だったんだろう?
この一年の生活が。
ハインリヒと共にある毎日が。
お前は、アイツのことが好きだからな。
「――リィン」
頭を抱え、息を荒くする妹。
身体の至る所に浮かび上がる魔坑線は、血管の様に赤く脈打つ。
『貴様らが――やったのか?』
脳裏に刻まれた、あの日の光景。
あの日の父の姿と――妹の姿が――重なって――
「――」
その瞬間――空気が爆ぜた。
◆
「……何だ、コレは?」
俺は一瞬、その光景に目を疑った。
延々と続いていた森は木々が折れ、土が掘り起こされた事により、まっさらな裸になっていた。辺りに漂う水蒸気は近くにあった筈の河のものだろう。今ではそんなもの、どこにもない。恐らくは全て蒸発してしまったのだろう。
――まるで、大きな爆発があったような、そんな光景。
「は、ハイン……」
「ッ!? ――ライディ!? おい、大丈夫か!? 何があった!?」
ボロボロの姿で倒れ伏すライディ。
俺はアイツの近くまで駆け寄ると、回復魔術を行使した。
酷い傷だ。
全身、傷付いていない場所が無い。
コイツの実力は既に俺と同等にまで上がっている。何故こんな姿に――
「――ッ!?」
気配を察知し、俺は背後へと振り向いた。
霧と、充満したマナ溜りで視界は効かないが――誰かがいる。
ゴロリと、何かがこちらに転がってきた。
丸いボールの様なソレは、俺の足元で、その動きを止めた。
「……」
それは、子供の頭であった。
よく見たら見覚えがある、太ったガキの。
「リィン」
俺は、目の前の影に向かって声を投げた。
影は俺の声に反応し、此方へと近付いてくる。
「ハイン……」
現れたのは、リィン=アークス。
だが、その肉体は少女のものではなく、成人した女性のものであった。
肩まで伸びていた金色の髪は、今は腰まで伸びている。
白い服は鮮血で赤く染まり、思った通り、その容姿は成長して更に美しくなっている。
「……」
身体の血は、全て返り血か。
ならば、殺したのは一人、二人ではないのだろう。
「ハイン……私……人を殺しちゃった……」
「……ああ」
泣きそうな顔で、そんな事を言うリィン。
何があったんだ?
何でそんなことになったんだ?
聞きたい事は山ほどあったが、リィンの顔を見ていると、何も言えなくなってしまう。
「お兄ちゃんは、私を止めてくれたのに……私、止まれなかった……ッ!」
……ライディの傷は、リィンが付けたのか。
……それなら納得だ。
特訓してて思ったが、才能で言えば実際に特訓せず、脇で見ているだけで同様の事が出来るリィンの方がヤバイんじゃないかと、常々思っていたからだ。
「ごめんね、ハイン……私、化物だ。……此処にいる資格なんて……何処にも――」
「――リィン!」
泣きながらそんな悲しい事を言うリィンに対して、俺は溜まらず彼女の手を握った。
「……き、」
だが、何を言う?
この状況で彼女に「気にするな」なんて口走れるか?
悩みに悩んだ末、俺は――
「――切り替えよう」
そんな、微妙な台詞を口にする。
「……え?」
唖然とするリィン。
まぁそりゃそうだろう。
俺自身、自分が何を言っているのかも分かっていない。
殆ど反射で喋っているからな。
だが――思うんだ。
この場で――悲しげな表情を見せる彼女を、マイナスな方向へと導くのは下策だと。
より、悲劇を生んでしまう様な気がしてならないのだ。
「――やっちまったもんは仕方がない。反省は反省として残していくとして、後悔を引きずる意味は無い。今はとにかく……切り替えていこう!」
「……」
力強く熱弁する俺に、沈黙する少女。
何となく、ライの奴も呆れている様な雰囲気を感じる。……な、何故だ。
「くくくくッ……フハハハハハハハハッ!!」
その時――突然、上空から笑い声が木霊した。
根源的恐怖を煽るような、不気味な声色で。
「――誰だ!!」
内に生じた恐れを振り払う様に、俺は声の主へと叫びを上げる。
「――あーあー、黙ってようと思ったのに、面白くって声が出ちゃったよ……くくくッ!」
現れたのは【闇】であった。
ぐるぐると墨汁で塗りたくった様な【闇】が、中空へと円を描くように現れ、その存在を大きくする。やがて大きくなった【闇】からは手が生え、足が生え――その輪郭を此方へと露わにしていく。
その姿は――漆黒の道化師。
のっぺらな仮面に右目だけを露出させ、ギラギラとした視線で此方を射抜いている。
「人を殺した魔族を相手に、人が言う言葉じゃないよぉ~それ~、本当反則ッ!」
腹を抱え、けらけらと笑う道化師。
――何だこいつは。
――この、ふざけたマナの貯蔵量。
――ただでさえ濃かったマナ溜りが、こいつが来た瞬間、更に最悪なものに変貌している。
それに、この……手の震え。
見ているだけで怖気を感じる。恐怖。――何者だ?
「ハインリヒ~……だっけ? 知らなかったなぁ……面白いよぉ君」
「……なに?」
「魔王の継承者を探すために来たけれど……オマケとしては上等だぁ」
……は? ……魔王の、継承者?
「あれ? あれれ? もしかして知らないの?? 彼等……魔王レノ=アークスの実の子供だよぉ?? 仲良さそうに思えたけど――案外そうでもなかったのかなぁ?」
「――黙れッ!!」
背後――立ち上がったライディが、道化師に向けて雷の魔術を放った。
無詠唱。第六魔法の『レイ・ストーム』
当たれば確実にダメージは通るだろう。
しかし――
「――空間転移だ!!」
「!」
直撃の瞬間、生じた空間の歪みを俺は見逃さなかった。
背後を取られ、羽交い絞めにされるライディ。
「――弱い。本当、よわよわだよ君。……やっぱり血が薄い。人間の……母親似なんだろうねぇ。だからあんな光景を見せられても、何も変化が出なかった」
「ぐぅッ!?」
またもや転移する道化師。
あいつ、今度はリィンの方に――!
「その点、妹ちゃんはちゃんとしてた訳だぁ。怒りで我を失い、静止する兄を叩きのめし、ヒトの子供をバラバラに解体してたもんねぇ~??」
「――ッ!」
「……楽しかったでしょう? 暴力。顔――笑ってたもんねぇ~~!」
「――やめてッ!!」
腕を振り、近付く道化師を振り払うリィン。
「何だお前は……さっきから、一体何者なんだ!?」
俺は溜まらず、道化師に向けてそう叫ぶ。
すると奴は、何でもない事のように返事を返した。
「ん?――邪神トゥールスレイだけど? 何か??」




