53話 兄弟喧嘩?です。
残酷表現あります。
「は?」
「だから、フィリップが喧嘩して怪我したの!あっ!したんですっ!保健室まで来て下さい!」
放課後、エンプツィー様の教職部屋にて片付け業務をしているとスミィが駆け込んで来た。
嫌味坊っちゃん、フィリップ・パスコー。
前よりだいぶに大人しくなったけど生意気さはあまり変わらず。でも、誰かと喧嘩をするような奴ではない。成績は良いし、私への反抗さえなきゃただの優等生だ。取り巻きはいないし友達も少なそうなところは貴族にしては珍しいかもしれないけども。
実は今期から、放課後に青龍が魔法の特訓を一時間ほどしてくれるようになった。ミシルの特訓のついでに希望する生徒もみてくれるようになったのだ。エンプツィー様に頼もうという強者、または馬鹿者は現れなかった。
本当なら放課後練習は私の受け持ちなのだけど、青龍の、人に関わりたいというたっての願いに、真面目だし給金の発生しない人材?ということで学園長もOKを出した。おかげで毎日エンプツィー様を締め上げる事ができて私の残業も少なく済んでいる。
まあ特訓といっても、魔力循環の誘導とかの劣等生向けのものがメインだ。でも暴発しても学園に張りめぐされた亀様ガードに、青龍もその時間はガードを展開してくれているので安心だ。もしものためにミシルもついてくれている。
なのに、フィリップが怪我をした。
彼は魔法使いとしては普通に優秀だ。だから実力以上の大技を使おうとはしない。わざとでなければ失敗はまずしない。
だから放課後の特訓に参加したことはない。
鍛練場のはしっこで練習していたスミィが、壁の向こうからの言い合いに気付き、何事かと覗いたらフィリップがうずくまっていたのだと言う。
早歩きで前を行くスミィは、フィリップの相手がもういなくなっていて、誰にやられたか言わないし、と、慌てた見た目よりも冷静に教えてくれる。
魔力が使われた形跡はないと青龍が言っていたこととフィリップの様子から、ただの殴り合いをしたとスミィは結論づけたよう。
・・・合いになったかはあやしいけど。
「どんな感じ?」
スミィがガラリと引き戸の入り口を開け、保健室に入ったのに続く。
「うわ、派手にやられたわね~」
ミシルに付き添われたフィリップは椅子にかけていて、私を見ると顔をしかめた。その向かいの椅子に座るミシルが困ってる。
「何で治癒してないの?」
「要らないって言い張るの」
頬は赤くなっていて、口のはしは切れているのか赤黒い。服には埃がついている。体も痛めつけられたようなのに、よく要らないって言ったな。
フィリップの頭を右手でガシッと掴む。
「私らの目の前で傷だらけとか、許さないんだけど?」
焦った様子のフィリップを無視して強制治癒施行!
領地の悪ガキどもを相手にしている私を舐めんな!
「よし。証拠というなら私も傷を確認したわ。学園医も調書を取ってくれたから、どこにでも証言してあげる」
綺麗になったけど憮然とするフィリップが渋々と学園医のマージさんに「ありがとうございました」と頭を下げた。
おい、私には無しか。いいけど。
「は~。傷が治って良かったね! 口が切れてるとご飯も食べられないからさ~」
スミィ・・・
フィリップも若干呆れた顔でスミィを見てる。ミシルとマージさんは小さく噴いた。
ま、いっか。
「で?」
なに食わぬ顔で聞いてみたら、
「・・・転んだだけです」
ふてぶてしく返ってきた。転んだだけであんな怪我するなら逆にすごい才能だわ。
ふむ、なるほど。
「相手は複数と」
「転んだだけです!」
「プライドの高いアンタがそんなことを言うだけで答えだっての」
フィリップは口をつぐんだ。ありゃ、目線を外しちゃった。これは意地でも答えないつもりだな? 相手が誰か分かれば対策しやすいのに。
「ま、今日のところはいいや。一人きりにならないようにね」
そう言うとフィリップは顔をそむけた。
「私が途中まで送ってあげるよ!」
スミィがのほほんと言うとフィリップの眉がはね上がる。
「要らん!」
「遠慮しなくていいって。どうせ寮まですぐじゃん」
「平民となんか歩けるか!」
「同級生だしいいじゃな~い」
「嫌だと言っている!」
「また嫌がらせされたら私が騒いであげるって」
「要らんと言っている!」
「まあまあ。ほら保健室で騒いじゃいけないんだよ。じゃあお嬢、ミシル、マージ先生ありがとうございました! 行こ、フーリィ!」
「フ!? きさま、っ!?おいっ腕を引っ張るなー!!」
保健室のドアが閉まっても、しばらく賑やかな声が聞こえた。
・・・スミィ・・・すげぇ・・・
「「 ぶっ!」」
ミシルとマージさんが耐えきれず噴いた。
《見張るか?》
亀様には命の危険がなければいいと学園敷地のガードだけをお願いしている。犯人を教えてもらえれば楽は楽なんだけど。
「ありがとう亀様。でもいいわ。こういうのは教師や学園職員の担当だもの。こんなのまで亀様に頼るようになっちゃ、生徒は一人でトイレにも行けなくなっちゃう」
学園医のマージさんを見れば頷いてくれた。
好き嫌いを別にしても、信頼関係が築けなければ。
私に反発するというならマージさんへ。マージさんが駄目ならミシルへ。なんならマークやスミィでも、青龍でもいい。
誰かに、助けてくれるだろう誰かを、フィリップが自分で見つけなければ。
まあ、好き嫌いを別に、ってすごく難しいお年頃なんだけどさ。
「毎年学年毎に色々よ。一応その経験はあるので任せて下さい」
マージさんが亀様キーホルダーに向かって笑った。
《うむ。ではそのようにしよう》
ありがとう亀様。
***
《主、済まぬ》
お昼前の授業でお腹すいたな~とぼんやり思っていたら、シロウから謝られた。お、何だどうした?
《捕らわれた》
「はあっ!?」
突然の叫びにビクリとする生徒たち。エンプツィー様もこちらを見る。
《黒狼は我を庇って瀕死だ》
「はあああっ!?」
従魔に何かあったら感じるものじゃなかったんかい!
《・・・主に頼らずに解決したかったのだが・・・》
「どこにいるの?」
私の低い声に教室の空気が緊張した。私の顔がひきつる。うちのシロウとクロウにどこの馬鹿が何してくれとんじゃ。
髪がうねったのが分かった。
瞬間、二頭の場所を把握。
エンプツィー様を見れば、行けと頷かれた。
「すみません! 帰ったら説明します!」
そうして亀様転移で着いた場所は。
せっかく開墾した畑はぐちゃぐちゃで、
家々からは煙が立ち、
人も馬も倒れてる。
クロウは血みどろで、
シロウがいない。
「・・・おじょ・・・ごめん・・・シロ・・・さま、つかまっ・・・」
近くに倒れていた騎馬の民の子が、治療のために膝をついた私に気付き口だけ動かす。
また。
またか。
今度は何だ。
今度は誰だ。
何が私たちを傷つける?
「マーク! クラウス! ヤン! ダジルイ! バジアル! ザンドル! ニック! ラージス! タイト! キム!」
呼んだそばから次々と現れ、この惨状に気配を引き締める面々。
「仕事中にごめん。シロウが捕まった」
瞬間、ピリッとした空気に。そしてそれぞれに動く。
魔力展開を地面の下まで含める。ゆっくり急いで広げる。
警戒網も展開。敵らしきものは掛からない。それもゆっくり急いで広げる。
騎馬の国に展開されている亀様の力も借りる。
ダメージがあるのはルルドゥ地区だけのよう。
そこまで、治癒回復魔法を掛けた。
目の前の子の表情が苦痛から柔らかくなる。呼吸が穏やかになった。
クロウも傷が塞がった。
馬も立ち上がる。
畑は回復できない。
魔力展開を続ける。タタルゥ地区に入る手前に大勢のよそ者の気配を掴んだ。
そのそばにシロウもいる。
こいつらか!
《落ち着け、サレスティア》
亀様の静かな声が響く。
ストッパーではあるけど、結局はいつも助けてくれる。
だから。
今まさに、よそ者とタタルゥの騎馬の民がやりあおうとする間に、私たちを転移させてくれた。
馬の嘶きと「お嬢!?」と戸惑いの声が聞こえる。
「誰だお前は?」
偉そうな口調で正面から問うのは、がっちりした馬にきらびやかな鎧を纏ったがっちりした男。でっかい槍を持っている。
先頭の一番派手な奴。
そして全部で五十人だろうか? 全員それなりに使い込まれた揃いの鎧を纏い、馬にも鎧を着けている。
シロクロを相手に怯まなかったのなら、よほどに鍛えられた軍馬だ。
チャキ・・・
相手側を観察しているうちに近づいた派手男に槍の刃を向けられた。
まだ届かないとはいえ、馬が動けばあっという間に私に刺さるだろう。
だが、私の左右にはマークとクラウスが立つ。それぞれの剣を派手男の槍に狙いを定めて。
「誰だと聞いている」
ニヤニヤしていた顔が少し歪んだ。短気だな。派手男の後ろの連中はニヤニヤしている。
これが本隊?
「・・・私の従魔を返してもらいに来た」
派手男が驚いた。
「お前がサレスティア・ドロードラングか。本当に子供だ、な!」
ガキン!! ドオォオンッ!!
子供と言いながら私を貫こうとした槍は、マークとクラウスの剣に弾かれ、そして火花を散らして爆発を起こした。
なんだこりゃ。
こんな間近でうち以外の攻撃用魔法具を初めて見た。
あー。騎馬の民が個人への亀様ガードを断っていたから、これでやられたのか。
道理で武器のわりにキラキラしてるわけだ。てことは、こいつらの鎧も何かしらの魔法がかかっているかもしれないし、派手男以外の奴らの武器も何かしらあるのだろう。
煙の向こうから馬の駆けて来る音がした。
あぁなるほど、この煙で目隠ししているうちに距離を詰めるのか。視界が利かない中での地響きは不安を煽る。
うまい作戦だ。
だが。
煙が少し晴れて、マークとクラウスに細切れにされた槍に驚く派手男を確認して、私もニヤリとした。
派手男の後ろにはこいつの仲間が私らを蹂躙しようと迫っていた。
無傷の私らを見て青ざめた派手男が仲間を止めようとしたのか、手を上げようとした。
・・・おぅコラ。淑女の笑顔に青ざめるとか、てめぇそれでも隊を率いる男か、
「こンの小物がぁっ!!」
私の横をいくつもの大きな影が追い越して行く。先頭はニックさん。タタルゥの馬に跨がった皆と騎馬の民が砂ぼこりを巻き上げて敵に向かって駆けて行く。
金属音、地鳴り、悲鳴。
魔法展開。
爆音がしない。魔法具はあの槍だけ? 何もかからない。
よし。
「引けぇっ!」
私の声にドロードラング班、騎馬の民が、スッと範囲外に引くのを確認。
ドゴオオオォォンン!!
私の足元に、三メートル厚、五メートル幅、高さ五メートルの土壁を出した。
高さ五メートルから一人戦場を見下ろす。
馬から落ちた者、兜が取れた者、剣が折れた者、倒れた馬、まだ戦おうとする者が、ドゴン!ドゴン!と、どんどんと土壁に囲まれていくさまを内側から呆然と眺めてる。
「宣言もなく、だいぶ暴れてくれたわね」
馬から降りていた派手男を睨む。
顔色を青くしながらも私を見上げてくるけど、視線はウロウロ。何度か後方に向けた視線の先には、ヒョロリとした男。
あいつか。
他の兵と同じ格好をしたその男も、私と同じ高さまで、土壁の上に浮かせる。
慌てた奴らが手を伸ばすがもう届かない。男は土壁の高さに動揺したのかワタワタしている。兜も被っているため顔はよく見えない。
まずは。
ズドオオォォォンンン・・・!
土壁を一つ内側へと倒した。何人かが潰れる。
ズドオォンン!!ズドオォンン!!
間髪を入れずに順に倒して行く。が、高さが五メートルでは中心に空きができるので、交互に壁の高さを変えた。壁が倒れきったとしてもその厚みは三メートル。さすがの鍛えられた馬も助走なしには飛び上がれない。
予測して避けていた奴らも、逃げられずにそれに潰されていく。
「や、やめてくれぇ・・・」
半分くらいの壁が倒れたところで、私の前に浮く男が弱々しい声を出した。壁の上なんて安定したところには降ろさない。
「ああ? ひとん家を荒らしたくせに、やり返されて文句言うんじゃねぇよ」
ぶるぶると震えながら、それでも私を見上げると。
「こ、ここは、おおお前の、土地ではぁぁ、ないだろぉ?」
と、のたまった。
ぶちん
「親戚ン家荒らされて黙ってるわけねぇだろがっ!!」
「ヒィィィッ!?」
もはや家族と思ってる騎馬の民を、シロクロが昔からずっといる場所を、お前なんぞに他人扱いされる謂れは無いんじゃあああっ!!
ズドォゥン!と最後の壁が勢いよく倒れ、私らの真下にはもう動く敵がいない。見えない。
涙鼻水を撒き散らしズボンも濡らした兵が、私を怯えた目で見てくる。
「何でアンタ一人を生かしたか、分かってンでしょうねぇ?」
にっっっこりィ!としたら、気絶した。
・・・ふん!