続32話 代理です。<是か否>
『お嬢』
「あれヨールさん。珍しい、どしたの?」
『珍しいじゃないですよ。お嬢が持ってきた物語のおかげでリズが使い物にならないんですけど』
げ。
対象年齢を設定するのに王都で働いている皆にも読んでもらっている。基本はどれを読んでも構わないけど、本棚を整理するのには本の対象年齢が決まっているとやりやすい。王都に来ているメンバーは私より年上ばかりなので、大人もどこまでが対象になるかの検証だ。
医者の弟子になったヨールさんたち四人も新アパートに引っ越し。住み込みがなんだか大変そうだったのでその意味でも単身者アパートを作った。医療品の隙間で寝てるとか、厳しいよねー。
弟子にしてくれたお医者様も似たり寄ったりの生活らしく、よく倒れないなと心配になるとか。確かに挨拶に伺った時に、ちょっと痩せているな~とは思った。
そういう訳で、うちのコックお手製のお弁当をお医者先生の分も持って出勤。最近顔色が良くなってきたらしい。
医者の不養生は異界共通か。
で。アパートのリビング兼王都屋敷応接室に「感想求む」と物語を置いておいた、次の日の今日である。
『瞼が腫れて鼻水は止まらず、時々思い出したように泣き出す。同郷の俺が何かしたと思われてるんですけど』
ビアンカ様(の作品)の破壊力すげぇな。
・・・そんな顔で仕事してんのか・・・またリズさんの婚期が遠ざかるな・・・いやその前に彼氏な・・・
『物語のせいだって本人が説明したので疑惑は晴れましたけど、今度はその物語を持ってこいって患者さんたちが言うんですよ。アパートから持ち出して良いですか?』
「わ、わかったわ。また別に複写してもらうからアパートにある物を持っていって」
『ありがとうございます。俺も読みましたけど、あんなにはならなかったですね』
「へ~。男女で違うのかな?」
『作風が女性寄りだからじゃないですか?』
なるほど。それはあるかも。
『あ、もう一つ』
ん?
『うちの先生、ギルドの担当医でもあるんですけど、この間うちでボコボコにされたギルド長の息子が仕返しを企んでるらしいですよ。ヤンさんにも伝えましたけどお嬢にも言っておきますね』
ダジルイさんにぶっ飛ばされたあの男は王都ギルドの跡取りかい。
「今後もあんなのがのさばるなら今の内にメッタメタにしてやんよ。いつでも来いや」
『はっはっは。ほどほどにして下さいよ・・・』
「ヨールさんのトコばんばん稼がせてあげる!」
『本当に困ってる患者さんに迷惑だからほどほどにして下さい!』
怒られた。確かにそうだ、すみません。
***
という訳で話をサッサと片すべく、領地からクラウスと強面軍団に来てもらい、只今王都ギルドの応接室におります!
私のやっとの一日休日でありお店の忙しい時にのこのこと乗り込んで来た跡取り男を再度ボッコボコにし、戦意喪失した手下共をスパイダーシルクです巻きにしてギルド前に放置。
休みを潰された私を先頭にギルドに乗り込み、受付に跡取り男を突きだす。
「ここん家の躾って、どうなってんのかしら?」
との言葉(と顔)に受付嬢は蒼白。他の職員が慌ててギルド長の元へ行き、応接室に案内された。
全員は入りきらないので、私、クラウス、土木班グラントリー親方、鍛冶班キム親方、料理長ハンクさん、店長ヤンさん。
今回ニックさんは領地で留守居役。
助手になって初めて丸一日の休みだったのに。
課題で忙しいはずのアンディが私に合わせて誘ってくれたのに。
席に着いた途端に来やがって。
「お嬢、顔。そんなんじゃモンスターも逃げますぜ」
「なら追っかけて狩る」
ヤンさんの軽口にもつっこみ返せないくらいに腹が立ってる自覚はある。
毎晩五分のお喋りばかりで、やっと顔を見て話をできると楽しみにしていたのに。
「あまりに荒ぶるならばアンドレイ様を呼びつける事になります。落ち着いて下さい」
それは駄目だ。
ありがとクラウス。
深呼吸をする。・・・・・・ふぅ。
私が少し落ち着いたのを見計らったようにドアが開き、ギルド長が入って来た。
「お待たせして申し訳ない」
熊のようにデカイオッサン。白髪混じりの髪と髭でも冒険者をしていた名残かガッチリとした体をしているし、歩き方も颯爽としている。
まだまだ現役か。
「いいえ。突然押し掛けたのはこちらです。お時間をいただき、ありがとうございます」
椅子に座ったままで頭を下げたら目を丸くされた。
「ではさっそく本題に入らせていただきますわ。お宅では子供の躾についてどうお考えですの? 見たところ彼は二十才は越えている様子。小さな頃からあのような振る舞いだったと推測いたしました。私たちを標的にするならここまで騒ぎませんが、彼がその力を振るったのはうちのお店の順番待ちをしていた平民のお客様です」
そう。よりにもよってヤツが手を上げたのは外に並んでいた平民だった。老若男女構わず子供にまで。
従業員が皆飛び出して、私から男たちを守らなければならないほどに私は暴れ、最後はアンディに押さえられた。
怪我をした人たちの治癒をしながらお客様一人ずつに巻き込んだ事を謝罪した。アイスはサービスさせてもらった。
こんなことしかできなかった。
「ギルドは万人に平等であるはずの組織です。むしろ平民にこそ寄り添うべき機関です。その跡取りがあんな振る舞いをするのを許すのであれば・・・私の伝を全て使ってこのギルドのテコ入れをさせていただきます」
「・・・脅しか」
ギルド長がギラリと睨む。
「そう思っていただいて結構です。あんな大馬鹿者、放置するわけにはいきません」
庇うと言うならお前ごと潰す、と睨み返す。
こちとら強面には慣れとんじゃあ!
しばらくの睨み合いの後、ギルド長が息を吐いた。
「まったく噂通りのお嬢さんだ。俺に睨み返すなんて嫁の他にいるとは思わなんだ」
ははっと力なく笑うギルド長。
すぐに真剣な顔をすると、応接テーブルに両手をつき、テーブルにぶつかる程に頭を下げた。
「今回の事、誠に申し訳なかった。愚息の代わりに謝罪する。お嬢さんの言う平民にこそ寄り添うという事を教えきれなかった責任は俺にある。ドロードラング、学園での事は確認している。こちらはお嬢さんに逆らう気はないが、息子はもう罰を受けたようだから、足りない分は俺で気を晴らしてくれ」
バン!!
テーブルに右手を叩きつける私を呆然と見上げるギルド長。
「その甘えがあんな男に育てたのよ! 成人した男をいつまでも庇う親馬鹿を止めなさい! ヤン!」
私の呼びつけにスッと前に出ると、ヤンさんは紙を一枚ギルド長へ差し出した。
「ドロードラング・アイス屋で店長をしておりますヤンと申します。こちらは本日と先日の店の損害になります。もちろん、息子さんに請求させていただきます」
合計金額を見たギルド長が微妙な顔になる。ヤンさんが続ける。
「大した金額ではないかもしれませんが、彼が今まで何をしていたのか勝手に調べさせてもらいました。このギルドは、息子さんが起こした不祥事の賠償金を支払う為の機関ですか?」
苦虫を噛んだような顔をするギルド長。
続きを私が引き継ぐ。
「ギルド長の継承は血縁を求めない事が多い。優秀な人材が長に納まれば良いのが普通。ここは王都の老舗だからこそ、それに誇りを持っていたからこそ、貴方まで血を繋いで来た。貴方の働きぶりもギルド長として充分なものと思いますが、それを彼がきちんと継ぐとは思えません」
息子の服は上等な物だった。だが、目の前の父親の服はそれよりも劣る。格段に。
「色々と理由があるのでしょうが、それを聞きに来たのではなく、是か否かを問いに来ました」
「是か、否?」
「息子さんを本気で更正させるのならドロードラング預かりにするという事です。もちろん期間は決めません。私たちが納得した時に釈放、いえ、こちらにお返しします」
少し考え込んだギルド長が恐る恐ると質問する。
「それを断ったら?」
・・・そんなの。
「三度目は骨の灰も遺らないという覚悟をしてもらうだけです」
にっこりと言ってやったのに、ギルド長は気絶するかと思うくらい顔色が白くなった。
失礼な。
***
朝。
準備の為に生徒より少し早く出勤するので、教職部屋に近づくまで基本的にマークとルルー以外には誰にも会わない。
なのに、今日は寮から学園に続く通路にアンディとお付き君たちが立っていた。
「おはよう」
「わあ!おはようアンディ! 皆様もおはようございます。え?どうしたの?」
「少しでも顔が見たくて待っていたんだ。教職部屋まで送らせて」
そう言って手を差し出すアンディ。反対の手には教科書を抱えている。
手を重ねるとその温かさにポロッと涙が出た。慌てて顔を両手で覆う。
突然泣き出した私にお付き君たちは慌てたが、アンディは平常運転でそのまま私を抱きしめた。
「・・・どうしたの?」
「うぅ、昨日はごめんなさい・・・」
「うん。昨日もたくさん聞いたし、あそこで飛び出してこそのお嬢でしょ」
顔を上げられない私の背をトントンとする。
「でも、せっかく会えたのに・・・」
「まあ残念だったけど、ちょっとでもお嬢に会えて良かったよ? あの後とても課題が捗ったし、やっぱり顔を合わせるのは良いよね」
「・・・本当に?」
「うん。だから朝なら他の時間より一緒にいられるかなと思って待ってたんだ」
「・・・連絡くれれば良かったのに」
「ふふ。びっくりさせようと思って。驚いた?」
「驚いた! でも嬉しい。忙しいのにありがとう」
顔を上げた私にハンカチをあてるアンディ。にこにこしてる。
「ふふっ、泣き虫」
「・・・甘やかすから」
「婚約者を甘やかさないで誰を甘やかすのさ」
体を離して手を繋ぎ直すと、アンディはマークからいつの間にか手離していたらしい教科書を受け取る。そして学園に向けて歩き出す。
「レシィとか、サリオン?」
「レシィはともかく、サリオンは甘やかしそうだなぁ、僕」
「じゃあ、レシィは私が甘やかそうっと」
「え~、そんな暇があるなら僕を構ってよ」
「アンディに似てるもん。構わずにはいられないよね!」
「えぇ~、妹にやきもちって情けないな~」
「だってアンディとはこれから毎日会えるんでしょ? レシィとはたまにしか会えないもの」
「それもそうだね。じゃあ明日からこの時間で待ち合わせようか」
「うん! よろしくお願いしますっ」
そうしてとりとめのない話をしアンディたちと別れると、マークとルルーの生温い笑顔があった。
「? 何その顔?」
「「 お気になさらず~ 」」
変なの。




