32話 代理です。
王都には色々な物がある。
食べ物、道具、人、職種、芸術。
王都には一つだけ劇場があり、歌や劇をするのだけれど、ここ最近の演目は『上司と男装部下の恋物語』らしい。
・・・・・・・・・待て待て待て待て。すごく身に覚えのある展開じゃないのかその話?
休日にマークとルルーにデートのついでに観賞してこいと送り出せば、案の定な内容だった。
・・・まあね、うちの店の二階部分はお貴族様たちや商人たちが主なお客様だから、そこから話が大きくなって劇にまで発展することもあるかもしれない。
『お前が思ってるよりお前は佳い女なんだよ。眼鏡で少しは誤魔化せるから、今から掛けとけ』
まんまか!? せめてどこかアレンジしてよっ!?
だがしかし、その台詞と共に眼鏡人気爆発。レンズなど無く縁だけでも売れるものだから、王都の細工師たちは徹夜続きだそうだ。
ついでにピアスの売れ行きもいいらしい。・・・一部活性化中?
「絶対にアイス屋の店長たちの事ですわ! 衣装もそのままでしたもの!」
エンプツィー様の教職部屋で興奮しているのはビアンカ様。
今は放課後。流行りの劇を見た感想をなぜか熱く語っている。
実は王妃様方もご覧になったようで、昨日の休日に呼び出され、四人分プラス、エリザベス姫とレシィも合わせての感想を聞かされた。
身内の事が劇になってる感想を聞かされて、どうしろっていうのさ!?
見てただけに恥ずかしい!? そして気まずい!?
ビアンカ様は私のそんな状態にもお構い無しで、お茶も飲まずに劇の一部始終を動き付きで説明してくれる。私の隣では書類をそっちのけにしたエンプツィー様が絶妙な合いの手を入れながらビアンカ様を煽る。益々乗るビアンカ様。
・・・イメージと違うなぁ。一所懸命可愛い。
「私もああいう話を書きたいわ~!」
なんと、図書室で私が号泣した話はビアンカ様の創作だった。その後に借りた話も泣かずにはいられない悲恋で、もしかして好きな人と別れて来たのかと思うほど。
「バルツァー国での恋物語は悲恋物が多いのよ。私の義姉が大好きでその影響はあるわね」
「なるほど、たくさん読まれたからああいう文章が書けるのですね」
私の言葉に立ち上がってまで動いていたビアンカ様が空咳をして椅子に座る。またもじもじとする。縦ロールがもじもじしてる。
「わ、私の書いた物にあれほど泣いたのは貴女が初めてよ」
一息で言って、冷めたお茶に口をつける。
「義姉には読んでもらったけれど、良かったわとも言ってもらえたけれども、それだけね」
ええ~! レベル高っ!
「とても素敵なお話でしたよ! 両想いになる方が好みではありますが、登場人物たちの心の機微がまるで自分の事のように感じられました。よろしければドロードラングでの読書に加えたいです!」
ビアンカ様の目が丸くなる。まあ可愛い。
最近は領の本棚が充実してきている。
お祖父様の黒魔法以外の本を全て解放している上に、買い出し班の見つけた絵本や女子の選ぶ恋物語もどんどん増えている。
ドロードラング領で読書が娯楽になってきた。
けど、話を創作するなんてきっと誰も考えていない。いい刺激になるだろうな。
あ、メルクにイラストを書いてもらえばさらに素敵になりそう。
私に読ませた程だ、ビアンカ様も誰かに読んで欲しいのだろう。身内だけではない感想を聞きたいんじゃなかろうか?
子供たちに読書感想文を書かせるのもいいな~。あれ、結構良いんでないのコレ。
「確かにアーライルは恋の実る話が多いわね。だからそういうものも書いてみたい・・・慣れないものは難しいわ」
そう言いながらもビアンカ様の目はキラキラとしている。
いつか遠くない未来に書ききるだろう。
「ふふ。ビアンカ様可愛い」
つい出た心の声にビアンカ様の目が丸くなり、ボッと顔が赤くなる。
「あ!?貴女ね!?ど、どうしてそういうことを言っちゃうの!?」
あれ、怒られた。
「え? ビアンカ様はいつも淑女然としていますが、好きな事をお話している時はキラキラとしています。可愛いらしいな~と、」
「わ、わたくし! 部屋に戻ります! エンプツィー先生!お忙しいところお邪魔いたしましたわ! お茶も!ご馳走さま!」
真っ赤な顔でぷりぷりとしながら、廊下に控えていたお付き方がタイミングよく開けたドアを越えて一礼するとそのまま行ってしまった。
エンプツィー様が苦笑した。
「澄ましたお姫様かと思っていたが、なるほど、可愛いらしいお嬢さんじゃな」
同意!
***
「で、何この状況・・・?」
呆れる私にミシルが苦笑しながらペンを動かす。マージさんも笑いを堪えている。
リハビリを兼ねて、ビアンカ様の物語をミシルに複写してもらっている。学園に来るまでろくに字を書けなかったミシルだったけど、あっという間に上達。綺麗な字を書くようになったので、お願いしたら快く引き受けてくれた。ありがと!
残業を少々した後保健室に顔を出したら、保健室の一角で青いタツノオトシゴが横倒しで水びたしになっていた。
ひぐっひぐっ、と言ってるなと思うと、おろろんおろろーん、とまた水が。
「このお話を読んであげたらああなっちゃった」
すげぇなビアンカ様! 青龍をやっつけた!
「私が読んで泣きだしたから気になったらしくて。マージさんが代わりに読んでくれたんだけど、途中から泣き出しちゃって、読み終えたらあんな状態になっちゃった」
「ふっ、悲恋のはずなのに、ふふ、もう可笑しくて可笑しくて。笑いを堪えるって大変ね」
口に手を当てたままマージさんがこそっと教えてくれた。
・・・お疲れさまでした。
少し前に、青龍がそばにいることをミシルに聞いてみた。
気まずくないのかと。
そしたら、
気まずくなくはない、けど、お互いにお母さんの話ばかりで、どこか似てるなぁと思ったら、なんか、馴染んじゃった。
それに、青龍はいつでもきちんと謝ってくれるし・・・お母さんを亡くした気持ちは私もわかるから・・・でも本当は、自分でもよくわかってないと思う。青龍から憎んでいいって言われても、自分でもそうすればいいって思っても、今はなんだかできないんだ。
・・・後からまとめて暴れちゃったら、どうしよう・・・
その時は私が全力で止めるわ! せっかくだから思いっきり暴れなよ!相手するからさ!
あはは! うん。その時はお願いします。
その気持ちを聞いてから、ミシルは前より笑うようになった。
「悲しいけど、いいお話。私も気合い入れて写すね」
「ありがと。でも無理はしないで、期限はないからさ。他のお話もあるし」
「そうなの? わあ楽しみ!」
にっこりミシル、可愛いわ~!




