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第19話 普通じゃん

「この前の叙々苑はうまかったが、今日はいつもの居酒屋だな」


「だから奢ったじゃん!」


 席につくなりリョウが文句を言った。


「人間関係一個壊したんだから、もう一回くらいあってもよくない?」


「高いんだよ。お前普通に食うし」


「俺、そんな食ってないだろ」


「肉追加したのお前だからな」


「一皿だけじゃん」


「その一皿が高えんだよ」


 運ばれてきた生ビールで乾杯する。


「ユウタとは、その後どうなん?」


「話してないよ。向こうから話しかけてこないし、俺からも話しかけてない」


「気まず」


「お前のせいだけどな」


「だから叙々苑奢ったじゃん!」


「叙々苑ですべて許されると思うなよ」


「じゃあ何なら許すんだよ」


「次は寿司かな」


「調子乗んな」


 二人で笑った。


 ユウタとはあれ以来ほとんど口を利いていなかったが、リョウとの関係は何も変わっていなかった。ベルシードで顔を合わせれば普通に話すし、こうして二人で飲みにも来る。


 しばらくして、リョウが枝豆を口に放り込みながら聞いてくる。


「で、ぶっちゃけ最近どうなんよ」


「何が?」


「女だよ、女」


「またその話?」


「他にお前と何話すんだよ」


「ゲームとかあるだろ」


「興味ねえもん」


「じゃあない」


「絶対なんかあるだろ」


 和也はビールを飲みながら少し考える。


「そういや、ルミちゃんとはしたよ」


 リョウの手が止まる。


「……は?」


「ん? どうした?」


 箸を持ったまま、リョウの目が和也から離れない。


「たぶん俺の聞き間違いだと思うんだ。誰としたって?」


「だから、ルミちゃん」


「いやいやいやいや。あのザ・清純がお前みたいな汚いクズと!?」


「お前は俺を何だと思ってるんだよ」


 和也が笑うと、リョウの手から箸が落ちる。テーブルの下を覗き込み、箸を拾う。


「お前、一回殴らせろ」


「お前までそれ言うの?」


「ユウタの気持ち、今ちょっと分かったわ」


「全然違うだろ」


「俺、ルミちゃん結構好きだったのに」


「知らんよ」


「いやでも、あのルミちゃんだぞ。お前とホテルって……」


「まだ言う?」


「想像したら興奮するわ」


「結局それかよ」


「で? どういう流れ?」


「細けえな」


「いいから話せって」


 和也は、仕事終わりに何度か家まで送っていたことや、二人で出かけるうちにキスもするようになったことを話す。ルミが彼氏と揉めた夜に呼び出され、そのまま二人でホテルへ行ったことも話した。


 ただ、ルミが泣いていたことや、ホテルでの細かいやり取りまでは話さない。最後はルミ自身が彼氏と向き合うことを選び、それ以降は連絡を取っていないとだけ伝えた。


「で? 詳しく」


「言うわけねえだろ」


「ケチ」


「何がだよ」


 リョウはビールを一口飲む。


「でもお前さ、ルミちゃんのこと結構好きだったんじゃね?」


 和也は少しだけ考える。


「まあ、好きだったよ」


「じゃあ付き合えばよかったじゃん」


「彼氏いたし」


「でもホテル行ったんだろ?」


「それと付き合うのは別じゃん」


「分かんねえ」


「俺も別に説明できねえよ」


 リョウはしばらく納得のいかない顔をしていたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「もったいねえなあ、ルミちゃん」


「本人が決めたんだからいいんじゃない?」


「そうじゃなくて。やべえ、俺、想像しまくって普通に勃つわ」


「知らねえよ」


「だって、あのルミちゃんだぞ?」


「報告しなくていいから」


 和也が呆れていると、リョウが「あ」と声を上げる。


「そういやエロい話で思い出した。これ見てくれよ」


「今の話から何を思い出すんだよ」


「いいから」


 リョウが携帯を取り出し、和也へ画面を向ける。そこには女の裸の写真が添付されたメールが表示されていた。文章も、寂しいだの会いたいだの、読めばこちらを誘っているようにしか見えない。


「これ、どう思う? 会えそうじゃね?」


 和也は画面をもう一度見る。


「……なんか出来すぎじゃね?」


「だよなあ」


 リョウの顔から期待が消える。


「いきなり裸送ってきて、こんなん言う?」


「俺も怪しいとは思ってんだよ」


「じゃあやめとけば?」


「でも本物だったらもったいなくね?」


「知らんよ」


「なんかこう、可能性は感じるじゃん」


「お前さっきからもったいないしか言ってねえぞ」


 リョウは未練がましく携帯を見る。


「てか、それ何してたらこんなん来るの?」


「掲示板」


「掲示板?」


「男女で出会えるやつ。書き込み見てメール送ったり、自分で募集したりすんの」


「へえ。女からも来るの?」


「来る来る。恋人募集とか、暇だからメールしようとか。変なのも多いけど」


 リョウは携帯をしまう。


「お前もやってみれば? こういうの得意だろ」


「なんで?」


「口だけは達者だから」


「褒めてないだろ、それ」


「メールなら顔関係ねえしな」


「それは余計なお世話だ」


 和也は笑いながら酒を飲む。


 最近は大学にもほとんど行っていない。ベルシードにいる時間も以前ほど長くなく、空いた時間はゲームをして過ごすことが増えている。


「まあ、暇だし一回やってみるか」


「絶対向いてるって」


「裸の写真来たら見せるわ」


「それは見せろ」


     *


 家に帰った和也は、リョウから教えてもらった掲示板を覗いてみる。


 書き込みの数はかなり多く、恋人を探す者もいれば、遊び相手を探す者も、ただメールする相手を探す者もいた。


 いくつか眺めたあと、和也は気になった相手にメールを送ってみる。こういうやり取りには覚えがある。浪人時代、チャットやメールで知り合った女と何人も同時に連絡を取っていた。


 誰と何を話していたかを覚えておくのも、それほど苦ではない。相手のプロフィールに書いてあることを拾って話を広げ、自分の話も混ぜる。久しぶりでも、その感覚はすぐに戻る。


 気づけば10人近くとメールをしていた。


 ――まだいけるな。


 数日もすると、それぞれ何をしている女なのかもだいたい頭に入る。仕事の愚痴ばかり送ってくる女、犬の写真を何枚も送ってくる女、毎晩同じくらいの時間にメールを返してくる女。


 話す内容が混ざることもほとんどない。


『写メ交換しない?』


 一人からそう言われ、和也が自分の写真を送る。


 返事が来なくなった。


 次の日、別の女とも写真を交換する。


 また返事が来なくなった。


 それまで一日に何通もやり取りしていた相手まで、写真を送った途端に静かになる。三人目でも同じことが起きた時には、さすがに笑った。


 ――分かりやす。


 最終的に、写真を交換したあたりで半分以上が消えた。


 昔からネット上では話が続いても、顔写真を送った途端に連絡が切れることは何度もあった。別に今さら傷つくほどのことでもない。


 ――やっぱ顔か。


 それでも何人かとはメールが続いたが、住んでいる場所がかなり遠かったり、互いに会えそうな時間が合わなかったりした。その中で、一人だけ比較的近くに住んでいたのがユカだった。


 メールの返事が早く、話題も広かった。仕事の話から音楽、食べ物、下ネタまで、何を振っても普通に返してくる。


 写真も交換したが、今度はちゃんと返事が来た。


『普通じゃん』


『普通って一番困る評価だな』


『じゃあブサイクって言った方がいい?』


『普通でお願いします』


『www』


 少しすると、またメールが来る。


『写真より実物の方がマシだったりする?』


『たぶん写真よりはマシ』


『自分で言うんだw』


『写真映り悪いんだよ』


『みんな言うやつじゃん』


『じゃあ会って確認してくれ』


『いいよ』


 会う約束は、思った以上にあっさり決まった。


     *


 実際に会ったユカは、写真で見るより目を引いた。顔立ちや服装が特別派手なわけではなかったが、胸だけは嫌でも目に入る。


 ――でか。


「何?」


「いや、なんでもない」


「今絶対胸見たでしょ」


「見てないよ」


「嘘つけ」


「一瞬しか見てない」


「見てんじゃん」


 ユカが笑う。


「これだけあったら男みんな見るけどね」


「自覚あるんだ」


「そりゃあるよ。自分の体なんだから」


「何カップ?」


「会っていきなり聞く?」


「メールで下ネタ散々してたじゃん」


「それとこれは別。……F」


「でか」


「でしょ」


 そんなやり取りをしながら、近くの店へ入る。


 何日もメールをしていたせいか、初対面でも会話には困らない。


「でも写真よりマシだね」


「やっぱ写真ひどかった?」


「ちょっと」


「じゃあなんで会ったんだよ」


「メール面白かったから」


「顔より中身ってこと?」


「そこまでいい話じゃない。暇だったし」


「ひど」


 ユカが笑う。仕事や友達の話をしているうちに、途中からはメールでしていたようなくだらない話になっていく。


     *


 店を出て、和也が車でユカを送る。最初は流していた音楽の話をしていたが、いつの間にか話題は男女の話になっていた。


「和也って、結構女の子と遊んでるんでしょ?」


「まあ、それなりに」


「何人くらい?」


「数えてない。ユカは?」


「私は彼氏以外としないんだよね」


「彼氏いるんだ?」


「いるよ」


 和也は少し笑う。


「じゃあ俺と会ってて大丈夫なの? 彼氏は知ってんの?」


「知らない。でもご飯くらいいいでしょ」


「それ大丈夫って言うの?」


「何もしてないじゃん」


「まあ俺はいいけど」


「でしょ?」


 和也もそれ以上は聞かない。


 しばらくして、ユカが窓の外を見ながら何気なく聞いてくる。


「でもさ、ほんとに出ないの?」


「何が?」


「セックスしても」


「ああ。ほとんど出ないね」


「ほんとに?」


「ほんと」


「全然?」


「全然ってわけじゃないけど、普通にやってたらまず出ない」


「へえ……」


 ユカが和也を見る。


「何回戦できるの?」


「何回戦っていうか、俺が終わんないからな」


「じゃあずっとできるってこと?」


「疲れるまでは」


「朝から夜までホテルでもいい?」


「やろうと思えば」


「休憩は?」


「飯くらい食わせてよ」


 ユカが声を上げて笑う。


「でも長いのいいなあ。私、長い方が好き。彼氏がいつも先にまいっちゃうんだよね」


「早いんだ?」


「私がまだなのに終わっちゃう」


「それは残念だな」


「ほんと残念」


「だから俺の話気になったの?」


「別に。ただ聞いただけ」


「ふーん」


「何その顔」


「彼氏以外とはしない割に、だいぶ食いつくなと思って」


「聞くだけならいいじゃん」


「朝から夜までホテルでもいいとか聞いといて?」


「仮定の話。仮定なら何でも聞けるでしょ」


「じゃあ俺とだったらしてみたい?」


「それは聞いちゃダメ。彼氏以外とはしないって言ったでしょ」


「はいはい」


「絶対信じてない」


 ユカが笑いながら和也の腕を軽く叩く。


 しばらく走り、ユカの家の近くまで来たところで、彼女が時計を見る。


「あ、やば。もう行かなきゃ。今日バイトなんだよね」


「これから?」


「うん。一回家帰って着替えないと」


「忙しいな」


「だから今日はここまで」


「何が?」


「知らない」


 ユカが笑う。


「俺、何もしてないけど」


「そういう意味じゃないし」


「じゃあどういう意味?」


「うるさい」


 車を止めると、ユカはシートベルトを外す。


「今日はありがと。ご飯もごちそうさま」


「はいよ。次奢ってね」


「考えとく」


「絶対奢らないやつじゃん」


 ドアへ手をかけたところで、ユカが振り返る。


「また会おうね」


「彼氏いるんじゃなかったっけ?」


「だから、ご飯ならいいって言ったじゃん。今度はもっと時間ある時にしよ」


「ご飯を?」


「さあ?」


 ユカは笑って車を降りた。


 和也はその後ろ姿を少しだけ見てから、車を出した。


 その日の夜、ユカからメールが届いた。


『今日は楽しかった。また会お』


 和也は少し笑って、『またな』と返した。

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