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第0話 その男、五十嵐和也

 五十嵐和也は、女にモテる顔をしていない。少なくとも、初対面の女が思わず振り返るような男ではなかった。


 それでもこの男は、後に数百人の女と関係を持つことになる。


 身長は176センチ。低くはないが、それだけで武器になるほど高くもない。体つきは普通で、時期によっては少し腹回りが気になる程度だった。


 髪は基本的に短く、眉は太い。目はややつり上がり、鼻は高く、顔の彫りも深い。それだけ並べれば悪くないようにも聞こえるのだが、実物を見ると何かが違った。


 本人は自分のことを、せいぜいフツメンだと思っていた。格好いいとは思わないが、顔を見るたび落ち込むほどでもない。まあ、なんとかなるだろう――その程度だった。けれど、その「なんとかなる」が、なんともならないことも多かった。


 顔で損をすることはあっても、人付き合いそのものは昔から苦手ではなかった。幼い頃は男も女も関係なく、近所の子供たちと遊び回っていた。


 親の都合で引っ越しもあり、小学校へ上がる少し前には、それまで遊んでいた友達は誰も近くにいなくなった。


 それでも小学校に上がれば、また自然と友達ができた。野球もサッカーも、面白そうなら何でもやった。ある日、サッカーで思い切りボールを蹴った拍子に足を捻挫し、それ以来、サッカーのような身体がぶつかるスポーツはあまり好きではなくなった。


 ゲームも大好きだった。FF、ドラクエ、ボンバーマン。家のパソコンに入っていた麻雀でもよく遊んだ。親に怒られてしぶしぶ外へ出ても、結局は友達の家で一緒にゲームをしていることも多かった。


 女の子を異性として意識し始めたのも、その頃だった。当時は学校でスカートめくりのような悪ふざけが流行っていて、和也も一緒になってスカートをめくったり、女子にちょっかいを出したりしていた。学年が終わる頃には、女子から「女性の敵」とまで言われていた。


 中学生になると、和也の興味は女よりもテニスとゲームに向いた。彼女なんて別にいらないし、恋愛なんて面倒くさい。部活でテニスをして、終われば家に帰ってゲームをする。休みの日も、友達と遊ぶか、テニスをするか、ゲームをするか。それで十分だった。


 和也のことを好きだと言っていた女の子もいたらしい。だが、当時の和也は向けられていたアピールにまるで気づかず、知った頃にはその子には別の彼氏ができていた。


 ――俺のこと好きだったんじゃないの?


 当時の和也には、それぐらいしか分からなかった。「女心と秋の空」という言葉も知ってはいたが、本当の意味まではよく分かっていなかった。それでも、なんとなく分かったような気になった。


 中学を卒業する少し前、和也にも本気で好きな女の子ができた。告白したが、振られた。


 理由は単純だった。彼女は和也を好きではなかった。


 16歳の頃には初めて彼女もできた。初めてキスをしたのも、その彼女だった。


 もう少し関係を進められそうな機会もあったが、そこで止まった。知識はあるつもりだったのに、実際にその場になれば何をどうすればいいのか分からない。結局、何も起きないまま、やがて彼女とは別れた。


 高校でもテニスを続け、ゲームも相変わらず好きだった。親友と呼べる男も一人いて、女子とも何人か連絡を取り合っていた。それでも本人は、自分を根暗で陰キャだと思っていた。


 当時、若者の間で流行していた出会い系サイトで、和也は多くの女と知り合った。ネットで知り合った女と何日もメールをする。話は合うし、向こうから連絡が来ることもある。やがて顔を見てみたいという話になる。


 写真を送る。


 返事が来なくなる。


 昨日まであれほど続いていたメールが、嘘のように止まる。そんなことが一度や二度ではなかった。


 それでも和也は、自分がひどい顔をしているとは思っていなかった。好みじゃなかったんだろう――だいたい、それで終わった。次のメールを返す。


 やり取りの中心は文字だった。どこに住んでいるのか、何歳なのか、今日は何があったのか。学校の愚痴、家族の話、友達の話、好きな音楽、付き合っている相手への不満――携帯電話の小さな画面越しに、そんな話を延々と続ける。和也は、それが苦にならなかった。


 一人に返信している途中で別の女からメールが届き、その最中にまた別の女から着信が入る。多いときには10人近い相手と並行して連絡を取っていたが、それでも誰と何を話したかを混同することはほとんどなかった。


 この女は昨日、母親と喧嘩をした。こっちはバイト先の先輩が嫌いだと言っていた。あの女は犬を飼っている。別の女は、来週試験がある。


「昨日言ってたやつ、どうなった?」


 何気なく聞くと、相手は喜んだ。和也にしてみれば、昨日の話を覚えていただけだった。


 電話になると、むしろ文字だけのときより相手の反応がよくなることさえあった。和也の声は少し低い。


「なんか声いいよね」


「話してて落ち着く」


 そんなふうに褒められることがあった。本人は大して意識していなかった。


 一度、ネットで知り合った女と実際に会ったことがある。待ち合わせたのは、和也が普段使っていた通学途中の駅だった。


 電話では普通に話せていたし、会う前まではそれなりに期待もしていた。ところが顔を合わせると、相手の反応が明らかに違う。どうにも会話が続かず、結局二人は大したこともせず早々に別れた。


 あとで届いた感想は、なかなか容赦がなかった。


「声はよかったんだけどね」


 そこまではいい。


「他は微妙だった」


 和也は笑うしかなかった。


 こんな失敗はあっても、普段から女と話せないわけではない。美人を前にして固まることもなければ、容姿が好みではないからと露骨に態度を変えることもない。男とも女とも普通に話した。


 その後も彼女と呼べる相手ができることはあり、メールも電話も普通に続いた。ただ、そこから先へ行けない。


 金もなければ、自由に使える場所もない。高校まではアルバイトを禁止されていたため、女と会うための交通費さえ馬鹿にならなかったし、仮に機会があっても経験のなさが最後の一歩を止めた。


 女との接点はあるのに、経験だけがない。


 そんな状態のまま高校を卒業し、浪人した。


 浪人しても、生活の中心は相変わらずゲームだった。勉強しなければ大学には受からない。それくらいは分かっていたので、まったくやらなかったわけではない。けれど、1時間勉強したら3時間ゲーム。そんな日も珍しくなかった。


 浪人中に知り合った友人たちともよく遊んだ。肝試しに行ったり、誰かの家に集まって朝までだべったり、麻雀をしたり。その頃にはパチスロやゲームセンターのメダルゲームにもかなりハマった。今振り返っても、よく大学に受かったものだと思うくらい遊びほうけていた。


 そして19歳。


 和也は大学生になった。


 実家から大学へ通いながら、講義はかなりサボっていた。高校まで禁止されていたアルバイトもできるようになり、自分で金を稼ぐことを覚えると、机に座って講義を聞いているより、働いて金をもらう方が分かりやすく、面白く感じるようになった。大学へ行く回数は少しずつ減っていく。


 それでも、まだ一度も女を抱いたことがなかった。もちろん焦っていた。かなり焦っていた。


 友人の経験談を聞けば羨ましかったし、女と親しくなれば期待もした。今度こそ何かあるかもしれない――そう思って、何も起きない。


 数百人にも、最初の一人はいる。


 和也がその一人と出会ったのは、19歳のときだった。

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