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魂喰い覚醒で最強へ成り上がるFランク少女、意識を奪う闇と共に歩む  作者: beck2026


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第81話:深海の散歩道、自作の転移門と食卓の楔

第22層『水没廃都』。

光の届かない漆黒の深海であり、致死的な水圧と極寒が支配する世界。並の探索者であれば、一歩足を踏み入れた瞬間に肉体が破裂する絶望の領域だ。

しかし今、如月三月にとってこの階層は、文字通り「ただの散歩道」と化していた。

「……流体操作、本当に便利ね」

三月が深海底のアスファルトを歩くたび、彼女の進行方向にある海水が、まるで目に見えない巨大な壁に押し退けられるように、自動的に左右へと分かれていく。

モーセの十戒さながらの光景だった。

新たに獲得した『流体操作(微)』は、彼女の意思一つで水流と水圧を完璧にコントロールする。

周囲の海水を自身の身体から数メートル遠ざけることで、水没した都市の底に、彼女を中心とした「完全に乾燥した移動ドーム」が形成されていたのだ。

コートの裾一つ濡らすことなく、三月は海底に突き刺さる高層ビル群の間を抜けていく。

『空間把握(中)』の能力が、視界の利かない暗闇の中でも、周囲数百メートルの地形と敵性反応を完璧な3Dマップとして脳内に描き出していた。

「ギチチチチッ……!」

不意に、海底のヘドロの中から巨大な群れが姿を現した。

大型の自動車ほどもある、硬質な赤い甲殻に覆われた深海の蟹。『深淵の甲殻獣アビス・キャンサー』の群れだ。

数十匹の巨大蟹が、水圧をものともしない俊敏な動きで、三月の乾燥ドームへと一斉に襲いかかってくる。

「時間がないの。邪魔しないで」

三月は歩みを止めることすらなく、背中の相棒『双極の魔刃・黒月』の柄に手をかけた。

脳内の『多重並列処理』を起動し、周囲の「海水」そのものに干渉する。

彼女は剣を抜く代わりに、『流体操作』で甲殻獣たちの周囲の水流を急激に反転・圧縮させた。

「ピギッ!?」

魔獣たちが驚愕の声を上げた瞬間、彼らを包んでいた海水が「超高圧の水刃」となって牙を剥いた。

深海という環境そのものを武器とする、三月の絶対的な領域支配。

強固なはずの赤い甲殻が、彼ら自身が住処とする海水の圧力によってメキメキとひしゃげ、関節から無惨にへし折られていく。

「これで終わりよ」

トドメとばかりに、三月は『黒月』を抜き放ち、刀身に『氷結の魔力回路(真)』を込めて一閃した。

圧縮された水流ごと、数十匹の魔獣が絶対零度で一瞬にして完全凍結する。

海底に、巨大な蟹の氷彫刻が乱立した。

三月は流れるような動作で剣を鞘に納め、宙を漂う魔獣たちの魂を『魂喰い』で軽く飲み込んだ。

新たな能力が発現することはなかったが、自身の『魔力許容量』がわずかに広がり、心地よい全能感が身体を満たす。

「よし、この階層の構造も大体把握したわね」

脳内のマップが、さらに深くへと続く第23層への入り口――青黒く渦を巻く転移ポータルの座標を捉えていた。

三月はそのポータルの前まで歩み寄ると、腕を組んでふと立ち止まった。

「今日の探索はここまでにして、お母さんのハンバーグを食べに帰りたいんだけど……」

三月は上を見上げた。

これまでは帰還用の転移装置などないと考え、自身の圧倒的な身体能力で第一層まで逆走して帰っていた。しかし、往路ならともかく、帰路に数十分も時間をかけるのはひどく手間に思えてきたのだ。

迷宮ダンジョンが階層を繋ぐためにこうしてポータルを作れるなら……今の私にも、新しく『帰還用』のポータルを作れるんじゃないかしら?」

思いついたが吉日。

三月は目の前で渦巻くポータルの魔力構造に『空間把握(中)』と『気配察知(微)』の意識を集中させた。

(なるほど。膨大な魔素を使って空間の座標を無理やり折り畳み、二点間を繋げているのね。それなら……)

三月は『空間把握(中)』で、自らがかつて歩んできた第一層の入り口(地上)の座標を脳内に強烈にイメージする。

そして、自身の『重力操作(微)』を空間そのものに干渉させ、極大の魔力を込めて目の前の虚空を文字通り「こじ開けた」。

バチバチバチッ!! と空間が悲鳴を上げ、黒い稲妻が走る。

「空間を折り畳んで、座標を繋ぐ……開け!」

三月が両手で虚空を横に引き裂くと、そこにダンジョンのポータルとは違う、彼女の魔力波長と同じ「漆黒のポータル」がぽっかりと口を開けた。

穴の向こう側から、初夏の生ぬるい風と、夕暮れのオレンジ色の光が差し込んでくる。

「大成功。これで、これからの通勤ダイブが随分と楽になるわね」

三月は満足げに微笑むと、自作のポータルをくぐり抜けた。

次の瞬間、彼女は深海の底から、第一層の入り口――迷宮都市の裏路地へと一瞬で帰還を果たしていた。

三月が通り抜けると同時に、漆黒のポータルは役目を終えたように空間へ溶けて消滅する。

「……さて、帰ろう」

三月は『漆黒のロングコート』を脱いで鞄にしまい、ただの女子高生の姿に戻って、自宅のある団地へと向かった。

団地の敷地内に入ると、植え込みの陰から微かな視線を感じた。

三月が雇っているプロのボディガード、斎藤だ。

三月は彼の方へ視線を向け、軽く目礼をする。斎藤もまた、周囲に溶け込みながら僅かに頷きを返してきた。

彼が裏から監視してくれているおかげで、家族は今日も何も知らずに平和な一日を過ごせている。

玄関のドアを開けると、食欲をそそるデミグラスソースと、肉の焼ける芳ばしい匂いが漂ってきた。

「ただいま」

「お帰りなさい、三月。ちょうど焼き上がったところよ」

キッチンから、エプロン姿の母・由美子が満面の笑みで顔を出した。

「手伝うわ、お母さん」

「いいのよ。三月は疲れてるでしょ、座って待ってて」

リビングに向かうと、父の昭雄がテレビのニュースを見ながらお茶を飲んでいた。

「お帰り、三月。今日も仕事、ご苦労だったな」

「ただいま、お父さん。顔色、すごくいいね」

「ああ。お前が無理して稼いでくれた薬のおかげで、最近は本当に身体が軽いんだ。近所の散歩くらいなら、もう普通に行けるようになったよ」

父の嬉しそうな声に、三月の胸の奥がじんわりと温かくなる。

迷宮の底で冷え切っていた血が、本来の温度を取り戻していく感覚。

「姉ちゃん、お帰り!」

自室から、弟の拓也が参考書を片手に出てきた。

「ただいま、拓也。勉強の調子はどう?」

「バッチリだよ。最近はね、ダンジョンの深層に関する歴史資料を集めてるんだ」

拓也は食卓に座りながら、興奮気味に語り始めた。

「ダンジョンって、ただ魔獣が湧く洞窟じゃなくて、かつて存在した『文明そのもの』を飲み込んで成長しているって説があるんだ。もし深層に行けたら、消えた古代都市とか、失われた技術の残骸が見つかるかもしれないんだよ!」

三月の脳裏に、数十分前まで自身が蹂躙していた『浮遊廃都』と『水没廃都』の景色、そしてポケットにしまった『東京都 新宿区』のプレートがよぎる。

(……古代都市じゃないわ。飲み込まれているのは、私たちが生きているこの現代の街よ。拓也)

心の中でそう呟きながらも、三月は決してそれを口には出さなかった。

「ふふっ、すごいわね。拓也が偉い学者さんになって、その謎を解き明かす日を楽しみにしてるわ」

「うん! 僕、絶対に迷宮学のトップ大学に受かってみせるから!」

「さあさあ、難しい話は後にして。冷めないうちに食べましょう」

由美子が、湯気を立てる大きなハンバーグの乗った皿を、家族全員の前に並べた。

たっぷりのデミグラスソースがかかった、如月家特製のご馳走。

「いただきます!」

三月はハンバーグを一口大に切り、口へと運ぶ。

肉の旨味と、由美子の愛情が詰まった甘辛いソースの味が、口いっぱいに広がった。

「……っ。すごく、美味しい」

自然と、三月の顔から笑みがこぼれた。

深層の魔獣の魂を喰らい、獣の闘争本能が心の奥底で微かに渦巻いていたが、この一口で完全に霧散した。

冷たく残酷な迷宮の理は、この温かな食卓の前では何の力も持たない。

母の料理、父の笑顔、弟の夢。

これこそが、如月三月を無敵の殺戮者たらしめる根源であり、彼女の自我を人間に繋ぎ止める絶対の楔なのだ。

「明日も、頑張ろう」

三月は家族に聞こえないほどの小さな声で呟き、温かな食卓の光景を自らの魂に深く焼き付けた。

空間を切り裂く圧倒的な力を持とうとも、彼女が帰る場所はここしかない。

決意を新たに、規格外の少女は翌日のさらなる深淵へと想いを馳せた。

冷たく残酷な迷宮の最深部と、デミグラスソースの香る温かい食卓。この極端なコントラストこそが、三月が正気を保っていられる最大の楔です。この日常と非日常のギャップを楽しんでいただけましたら、ぜひブックマーク登録や、評価ボタンでの応援をよろしくお願いいたします! 次回の更新も楽しみにお待ちください!

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