第67話:泥濘の支配者を喰らい、理を塗り替える
第17層、『腐敗の沼地』の中枢。
氷結させた湿地の中心で、三月は『沼地の不定形魔獣』の核を貫き、その『理』を自身の回路へと流し込んだ。
全身を駆け巡る熱量は、ヒドラの魂を喰らった時とは質が異なる。それは、あらゆる障害をすり抜け、形を変え、混ざり合うための「不定の理」。三月の魔力回路が、その異質な情報を拒絶することなく、貪欲に受け入れていく。
(……これが、この魔獣の、存在の核心)
三月は凍りついた地面に膝をつき、必死に意識を保つ。魂の奔流が収まった後、彼女の身体に能力として定着した。
獲得した能力は一つ。『物理透過(微)』。
これは、一時的に自身の体組織を魔力化し、物理的な衝撃を「透過」させる能力である。
今までの『堅牢(中)』が物理的な硬度で攻撃を正面から受け止めるものだったのに対し、この新たな力は、受けたダメージそのものを「無効化」し、回避行動の延長として活用する防壁手段だ。物理的な衝撃や圧力を文字通りすり抜ける性質は、この腐敗する沼地のような劣悪な環境において、彼女を無敵に近づけることだろう。
三月は冷や汗を拭い、荒い息を整えた。
「……物理的な硬さに加えて、透過の性質。私の器、また一つ、開拓者としての強度が増したわね」
第17層の湿地は、彼女が核を喰らったことで霧が晴れ、静まり返っていた。三月は魔鉄の塊剣を鞘に納め、湿地の先へと続く新たな通路へ歩き出す。
だが、道を進む彼女の背後に、先ほどまでとは比べ物にならない強烈な殺気が漂った。
三月が足を止めた先――湿地の奥、朽ち果てた大樹の根元から、半透明の触手を無数に伸ばした巨大な影が現れる。
『沼地の支配者』。
不定形の魔獣たちを統べるこの層の主が、自らの眷属を喰らい尽くした「闖入者」を排除するために姿を現したのだ。それは、先ほどのスライムとは比較にならない質量を持ち、大地をどろりと溶かしながら迫り来る。
「シャーッ……!」
支配者の咆哮が、凍てついた湿地を再び泥へと帰していく。
三月は鞘に納めたばかりの塊剣の柄に手をかけた。
第16層で獲得した『並列制御』による氷結と爆熱の同時運用、そして今獲得した『物理透過』。
三月は、その全てを試すための最高の獲物が現れたことに、口角を上げた。
「第17層の主……。今の私に、どこまで通じるか試させてもらうわ」
一歩、また一歩。
三月の足取りは迷いなく、死地へと向かっていく。家族の待つ日常を守るため、彼女は迷宮の真実を喰らい尽くし、強さを積み重ねる。
第17層の湿地帯で、支配者との対峙を描きました。魂を喰らうことで獲得した『物理透過(微)』を武器に、さらなる強敵へと挑む三月の姿を軸にしています。
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