第十六話:凍てつく深淵の試練
「はぁっ!」
水晶の森に、鋭い風切り音が響く。
三月は黒鉄の大剣を振るい、襲いかかってきた『クリスタル・ウルフ』の喉元を寸前で見切った。
『魂喰い』を封印し、己の「地力」だけで戦うための反復訓練。何度も何度も剣を振るう。
かつての彼女なら、迷宮内で魔獣を見つけるや否や、衝動のままに相手の急所に飛びつき、手早く致命傷を負わせて魂を貪り喰らっていた。魂を喰らうことは、何よりも手っ取り早く、確実に敵を仕留める手段だったからだ。
だが、今の彼女は違う。
あえて魂を喰らわず、ただ純粋な「身体能力」と「剣術」だけで相手を屠る。
「……遅い」
冷徹に呟き、狼の側面に回り込む。
重い塊剣を最小限の予備動作で振り抜き、相手の急所を的確に叩いた。魔力に頼り切った力任せの一撃ではない。『怪力(中)』のパワーを、体の中心から指先まで効率よく伝える、洗練された一撃だ。
狼は断末魔すら上げずに岩盤へと叩きつけられ、活動を停止した。
魔石だけを回収し、三月は深く息を吐く。
(身体が……軽い。以前はスキルが勝手に暴走して肉体を無理やり動かしているような違和感があったけれど、今はすべてが自分の意志と直結している)
以前は、強大な魔獣を相手にする時、まずは力任せに追い詰め、相手が弱り切って「魂」が剥き出しになった瞬間に『魂喰い』をねじ込むのが勝ちパターンだった。だが、今の彼女は、その「喰らうこと」だけに頼った戦い方から脱却しようとしていた。
その時、彼女の『気配察知(微)』が、森の遥か奥から伝わってくる異常な振動を捉えた。
ズシン、ズシン、と。
地面を揺らすような、これまでとは比較にならない重低音。
三月は、その主の気配に足を止めた。
図鑑に記されていた、第三層の最深部を守る守護者、『クリスタル・レギオン』。
無数の小さな水晶生命体が集合して一つの巨大な戦車のような姿を成す魔獣だ。
まだ直接対峙したことはないが、その威圧感はこれまでの獲物とは次元が違う。
(あれが第三層の主……。今の私なら、まともに戦えるだろうか)
以前の自分なら、見た瞬間に恐怖よりも先に食欲が勝っていただろう。だが、今の三月は違う。まずは己の技術と身体能力でどこまで通用するのかを確かめたいという、狩人としての静かな野心があった。
「……試してみよう。お前をねじ伏せ、その魂を喰らうまでの過程を、私の力で」
彼女の瞳に、狩人の炎が灯る。
強敵との死闘の末、その魂を自らの血肉とするために。
三月は漆黒のコートの襟を正し、振動の源へと一歩を踏み出した。
迷いはない。ただ、自らの強さを証明するための、静かな狩りが始まろうとしていた。
第十六話をお読みいただき、ありがとうございました!
魂喰いの制約を再確認し、三月が安易に力を喰らう戦法から脱却しようとする過程を描きました。これまでとは格の違う強敵『クリスタル・レギオン』との遭遇。果たして彼女は、魂を喰らう前の段階で、どこまでこの巨大な戦車を追い詰められるのでしょうか?
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それでは、第十七話でお会いしましょう!




