第十五話
経丸は毎朝四時半に起き、片倉と木刀を振り込むのを日課としていた。
稽古場に向かうと、片倉がすでに立っていた。
「若、おはようございます」
「おはようございます。今日も稽古よろしくお願いします」
経丸は深々と頭を下げる。
「はい。では始めましょう」
二人の木刀がぶつかり合い、朝の静けさに鋭い音が響く。
◆朝食の時間
稽古が終わる頃、士郎が顔を出した。
「経丸さん、片倉さん、朝ご飯できましたよ!」
「ありがとうございます。すぐ行きます」
食堂には、豆腐とわかめの味噌汁、卵焼き、ぶりの塩焼き、切り漬けが並んでいた。
「うわぁ、いい匂い!今日も美味しそうですね」
経丸が笑顔で言うと、士郎は上機嫌でばぁやんに叫ぶ。
「ばぁやん、経丸さんが褒めてくれてるよ‼」
「そんな上から言わないでくださいよ!」
ばぁやんは笑顔で、
「経丸さん、いつも嬉しいです」
「こちらこそ、いつも美味しい食事ありがとうございます」
皆が席につき、経丸が元気よく声を上げる。
「じゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
◆和やかな朝のひととき
凛がぶりを食べて目を輝かせる。
「ばぁやん、このブリめちゃくちゃ美味しい‼」
「美味しいでしょ。今日士郎と朝早く起きて漁港まで買いに行ったんだよね」
経丸は丁寧に頭を下げる。
「春江さん、士郎さん、朝早くからありがとうございます」
「経丸さんが喜んでくれたら、それがしも嬉しいわ」
凛は士郎の肩を軽く叩く。
「よかったね、兄貴」
「うん、よかった」
片倉も驚きの声を上げる。
「うわぁ!めっちゃ美味しい‼」
「なぁ、ばぁやん凄いだろ‼」
ひのもテンション高めに、
「わかります!幸せですよね‼ これホントに美味しいです‼」
士郎はひのに向かって得意げに言う。
「まぁ、ばぁやんの朝ご飯は週三回しか食べれないんだけどね」
経丸が優しく言う。
「士郎さん、週三回も食べさせてもらえるんですよ」
「やっぱり言い方って大事だねぇ、兄貴」
「はい、週三回もこんな美味しい朝ご飯食べれて幸せだよ、ばぁやん」
「こんなに喜んでもらえて嬉しいわ」
経丸がふと気づく。
「あれ?河野さんはまだ寝てるんですか?」
「河野は虫取りに行くから、先に朝食食べさせました」
「虫取りに行ってるんですか。いいですね」
「あいつホント虫が好きなんだから」
天羽家はいつも通り、和やかな朝を過ごしていた。
その頃、河野は一人で虫取りをしていた。
すると――
「すみません……助けてください……」
体中ズタボロの男が近づいてきた。
「うわぁ~~~‼ オバケ‼」
河野は全力で逃げる。
男は必死に追いかけながら叫ぶ。
「待って‼ 俺オバケじゃないから‼」
その声に河野はピタッと止まる。
「あなた……オバケじゃないんですか?」
「違います‼ 3羽の森で野武士にボコボコにされたんです‼」
「えっ!大丈夫ですか⁉」
「大丈夫じゃないです……兄がまだやられてるんです…… 経丸様の元に案内してください……」
「わかりました‼ 案内します‼」
◆経丸のもとへ
経丸が部屋で一息ついていると――
バンッ‼
河野が勢いよく戸を開けた。
「経丸さん‼ 大変です‼ この人ボロボロです‼」
経丸は驚き、すぐに駆け寄る。
「すぐに手当てをしましょう」
しかし男は首を振る。
「待ってください‼ 俺は3羽の森で野武士にやられました…… 兄が俺を庇って、まだ戦っています…… 経丸様、お願いします……助けてください‼」
男は土下座した。
経丸は優しい声で言う。
「顔をお上げください。すぐに案内してください」
男は涙を流しながら、
「ありがとうございます……‼」
河野が手を挙げる。
「僕も行きます‼ けどその前に便所行ってもいいですか? 朝から虫取りに夢中でおしっこ我慢してたので」
「河野さん、一刻を争う事態なので先に行ってます。後から来てください」
「わかりました‼」
経丸と男は急いで3羽の森へ向かった。
その頃、片倉は外で村人と談笑していた。
ふと視線を向けると――
経丸が見知らぬ男と共に、険しい表情で森へ向かっている。
片倉の表情が一瞬で引き締まった。
「……若、何かあったな」
片倉はすぐにその場を離れ、後を追った。
◆3羽の森にて
経丸は男に案内され、3羽の森へと足を踏み入れた。
「ここに先ほどまで野武士がいたんですか?」
経丸が尋ねると、男はニヤリと笑った。
「今もいるけど」
「えっ?」
男は突然大声で叫んだ。
「お願いします‼」
その声を合図に、茂みの中から数人の男達が現れた。
その中心に立つのは、甲高い声の男―― 亀田栄助。
「お前が天羽経丸かぁ〜?」
経丸は冷静に答える。
「そうですけど、何でしょうか?」
亀田は甲高い声で怒鳴る。
「先日、お前が連れて行ったひのを返せぇ〜‼」
「ひのちゃんを?」
「そう、ひのを‼」
経丸は亀田の目を真っ直ぐ見つめた。
「あなた方にはひのちゃんを返せません」
亀田は声を裏返しながら怒鳴る。
「お前、立場わかってるのかぁ〜⁉」
「私は殺されたとしても、悪人には屈しません」
経丸の静かな言葉に、亀田はさらにヒートアップする。
「お前のせいでひのを取り逃がしたんだぞ‼ 部下もボコボコにされてんだ‼」
「ひのちゃんが何をしたかは知りませんが、 あのような捕らえ方はおかしいと思います」
亀田は顔を歪め、裏返った声で叫ぶ。
「何も知らない奴がでしゃばるなぁ‼ お前は邪魔だ‼ 殺す‼ そしてひのを捕らえる‼」
そして――
「借りを返す時が来た‼ お前ら、天羽経丸を捕らえよ‼」
男達が一斉に襲いかかる。
経丸は一瞬逃げようとしたが、敵の数が多すぎた。
(逃げられない…… ならば、一人でも多く倒す。 私の人生、ここまでか……)
経丸は木刀を握りしめ、突っ込もうとした――
その時。
◆片倉、降臨
「お前ら‼ 攻撃をやめー‼」
甲高い叫び声に、全員が振り返る。
「若、お待たせしました」
そこには―― 亀田を後ろから押さえつけている片倉の姿。
経丸は驚きと安堵が混じった声で叫ぶ。
「片倉さん‼」
亀田は片倉に押さえられながら、甲高い声で叫ぶ。
「貴様‼ 何者だぁ〜‼」
片倉は静かに、しかし鋭い目で言った。
「人に名を聞くときは、まず自分から名乗れ」
亀田はビビり散らかし、声を震わせながら名乗る。
「本佐倉城城主……亀田栄助32歳です〜‼」
片倉は優しい口調に戻り、
「なぁ、亀田殿。この兵達を撤退させて欲しいのですが」
「な、何を言うかぁ〜‼」
反抗する亀田に、片倉は目を細めて低く言う。
「速やかに撤退させないのなら…… そなたの首をこの場で刎ねるぞ」
その目は本気だった。
(こいつ……本気で殺る奴だ……‼)
亀田は震えながら叫ぶ。
「お前ら‼ 撤退だぁ〜‼」
「はっ‼」
男達はもの凄い勢いで逃げていった。
片倉はすぐに経丸の元へ駆け寄る。
「若‼ お怪我はありませんか‼」
「怪我はありません。助けてくださりありがとうございます」
片倉は安堵のあまり、涙をこぼした。
「よかったぁ……若に何かあったら…… 本当に……どうしようかと…… 若がご無事なら何よりです……」
経丸は驚きながらも、優しく言った。
「片倉さん、ご心配おかけしてすみませんでした」
片倉は涙を拭いながら、
「本当に……本当に無事でよかったです……」
経丸は恐怖で震えていたが、片倉は気づいても気づかないふりをした。
◆その頃、河野は…3羽の森とは逆方向の“2羽の森”で迷子になっていた。
河野は焦っている表情で大声で叫ぶ。
「ここどこ⁉木ばっかり生えててどこがどこだかわからないよー‼」




