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「地元を出て、いっぱい頑張ったんだね」
突然そんなことを言われて、私は唖然とする。莉子ちゃんは照れたようにはにかんだ。
「私、臆病だからさ、地元出るなんてことできそうにない。だから、依ちゃんはすごいね」
純粋な賞賛の言葉に胸の奥が苦しくなって、涙が零れる。
「ち、違う…私、そんな…褒められるようなこと…何も、できてない…」
涙でしゃっくりが出る。そのせいでうまく喋れない。
莉子ちゃんはそんな私を急かすことなく、ただ黙って優しく頷く。
「わたし、ほんとに…地元、出たのに…何もできなくて…、要領悪くて…っ」
喉がひくついてうまく喋れない自分に腹が立って、無意識に握り拳をつくる。
「依ちゃん」
名前を呼ばれて顔を上げると、莉子ちゃんは優しく微笑んだ。
「ゆっくりで、大丈夫だからね。焦らなくていいんだよ」
その優しい言葉に堪らずまた涙が溢れた。
そして私は堰を切ったように今までのことを話した。
仕事がうまくいかなくて、課長に怒られたこと。
精一杯仕事に励んでいるのに、「若い奴はこれだから」と評価されないこと。
課長に「ダメなやつ」と言われたこと。
みんなの視線が気になってしまうこと。
鬱じゃないのに、鬱だって診断されてみんなにおかしいと言われること。
自分の顔をまるで化け物のように見られること。
どれだけ訴えてもみんなわかってくれないこと。
自分自身の気持ちが分からないこと。
私のせいなのにお母さんが悪く言われたこと。
でも、何よりもそうやって言われてしまう自分が許せないこと。
自分が嫌いで、憎くてたまらないこと。
一度口に出したら、止められなかった。
いろんなことを話した。
「それで…それで、私は全然鬱なんかじゃないのに、だれも…信じてくれなくて…。だって、私には、家があって、ご飯も食べれて…それだけで幸せで…そう、幸せなのに…」
「依ちゃん」
莉子ちゃんは困ったように笑う。
「それは、誰かに言われたの?」
「…え?」
何のことか分からなくて、思わず聞き返す。
莉子ちゃんは迷うように視線を彷徨わせた後、ゆっくりと口を開いた。
「えっと…、依ちゃん話のところどころで、自分は幸せで不幸って思っちゃいけないのに、恵まれてるから悲しんじゃいけないのに…みたいなことを何回も言ってたから…。誰かにそう、言われたのかなって…」
違ったらごめんね、と困ったように笑う。
私は莉子ちゃんに言われて初めて気づいた事実に口を閉じる。
その時、フラッシュバックのように幼かった頃の記憶が脳裏に蘇った。
ー私は小学生の頃、なにか悲しいことがある度にお母さんに泣きついていた。
「まま、今日怪我したの…痛いよ〜」
「希実子、こんなことでめそめそしちゃダメよ。世の中には、もっと辛い人がたくさんいるんだから」
その度に、”希実子は恵まれているんだから”と諭された。
きっと逞しく強く育ってほしかったんだと思う。
でも幼かった私にとって、お母さんの言うことが全てだった。
だから、悲しいことがあっても自分は幸せなんだと言い聞かせて、悲しい気持ちを飲み込んできた。
そんなことに今やっと気づく。
私が呆然としていると、莉子ちゃんは思い出を振り返るように話し始めた。




