幸せの花
「お母さん」
声をかけられ振り返ると、我が子が私を見上げて手に持ったそれを差し出してくる。
少しふわふわした髪質はあの人に似た。
銀の髪は本来の私に似た。
綺麗なオレンジの目をした、私の愛しい子───リオンの髪を優しく撫でて、差し出されたものを丁寧に受け取る。
刺繍のお守りだ。懐かしい。
頑張って縫ったらしく細かいことが苦手なリオンが誇らしげに胸をはる。なんの絵かしら?
「リオン、ありがとう。とっても素敵だわ。何を縫ってくれたのかしら、お母さん名前が思い浮かばないの」
「おはな!」
誇らしげにまた私のことを見て胸をはる。可愛いけれど、困ったわ。何の花なのかしら。青色の糸が使われてるから青い花?
「んー、何を見て作ったの?」
「あれ!」
リオンに指さされた方を見ると、花瓶に生けてある花がある。青色ではないけど…あの花は───
「お父さんがお母さんとの結婚記念日に毎回送る花! 綺麗だったから!」
にこにこと笑うリオンは、そう言ってくれて。思わず吹き出す。
「どうして笑うのー!?」
「ふふ、お父さんもね、同じ花の刺繍のお守りを作ってくれたことがあったの」
「お父さんも!? お裁縫苦手なのに!」
「ええ、そうね。とってもヘタだったわ。しかも一回目に作ったものは燃やしちゃったって言うのよ? 酷いでしょう?」
くすくすと笑いながら言えばリオンが「お父さんわるいこー?」と首を傾げるものだからもっと笑ってしまう。
「悪い子じゃないわ。私に渡すために燃やしてしまったんだもの。苦労して縫ったものを」
あの人はあの葬儀の後、渡すはずだったお守りも花とともに入れてしまったと言っていた。だから、“私に渡すため”だった。
だから怒っていないし、むしろあの人の気遣いが嬉しかった。
「ふーん?」
「あの後また作ってくれたんだけどね。リオンの方が上手かしら?」
「僕の方がじょーず!お父さんへたっぴだもん」
また笑うと今度はリオンも笑う。にしても。親子揃って同じ花を縫ったのね。感慨深いわ…。
「そう言えば、なんでこの花は青いの? あのお花は黄色でしょう?」
「お母さんの髪!」
「え?」
「お母さんの髪は青いから! だから青にしたの!」
魔法で染めたから、もう青から変わらない私の髪を少しつまんでみる。なるほど、よく似た色合いね。わが子ながらよく見てる。
「そうなの、ありがとうリオン」
「えへへ」
「あ、リオン。お父さんをお迎え行こうか。たしか夕方頃には戻るって言ってたわよね?」
「うん! にしのもんから入ってくるって言ってた! お父さん今日は何をとってきたんだろう?」
「カルーバっていうよく跳ねる鳥みたいな魔物だって言ってたわね。依頼が入ったからそれを三匹はとるみたい」
お肉おいしいかな?と首を傾げるリオンにさっさと上着を着せるとその小さな手を取ってあの人を迎えに行くために外に出る。
夕暮れで空が真っ赤になる中、西の門へと向かう。既に人だかりが出来ていて、帰ってきているのだとわかった。よかった、今日も無事ね。
周りの人に挨拶をして、人だかりの中心に来ると、リオンが私の手を離して駆け出した。
「おとうさーん!」
赤い髪を風に少し揺らしながら、あの人──タディオンが振り返りしゃがんで抱きつきに行ったリオンを抱きとめた。
「おかえりなさい、アナタ」
「ただいま、リア。特に何も無かったか?」
「ええ、リオンもいい子でしたから。依頼の方は?」
「無事に終わった。思ったより大物が出てな、今ギルドの解体屋が売却額を出してくれてる」
リオンを軽々と抱き上げタディオンは私の頭をぽんぽんとなでてくれる。子供じゃないのに。
タディオンは国を出た後、隣国のヤグラ国で冒険者となった。元々体は強い方だったけど、魔法に頼りっきりだったため、とてもじゃないけどやってけないって話になったみたいでお父様たちが心配していた。
でも、良いご縁があり、剣の師を得てからタディオンは剣で上を目指した。結婚してから八年たった今はもう冒険者ギルドではAランクまで上がって、ここらじゃちょっとは有名になった。
「タディオンさん、計算出ました」
「あぁ、ありがとう。…リオン、父さん仕事だからもう少し母さんと待っててもらっていいか?」
「しかたないなーっはやくしてね!」
タディオンの腕からすたっと地面に降り立ってリオンは私の手をまた握りに来る。
いま、私のポケットには二つのお守りが入っている。一つは先ほどリオンに貰ったもの。もう一つは結婚する前にタディオンが作り直し、贈ってくれたもの。
大切な二つを少しなでて、楽しそうなリオンとうまく交渉が運んだらしく楽しげに笑うタディオンをそれぞれみて。そっくりな二つの笑顔に、私も笑って、話し合いが終わり戻ってこようとするタディオンの腕にリオンと共に飛び込んだ。
お母様、お父様、リベルト。
私は、幸せです。
活動報告であげていたその後の話。
非公開にしてたので、ここに再度あげておきます。