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前編

「千華ちゃん!あのね、今日も生徒会の人達にお昼誘われちゃったの。お昼、皆も一緒でいいかな?」

昼休みが始まってすぐ、小首を傾げて佐倉志帆が言った言葉に、千華はまたかと思った。

ここ最近はずっとこの言葉を聞いている。正直なことを言えば、嫌だ。

人気のある生徒会の面々と関われば、生徒会の非公式ファンクラブに睨まれることになるからだ。

生徒会役員は成績と家柄で選ばれているはずなのに、皆総じて顔が良い。三拍子が揃っている彼等は、校内ではアイドルさながらの扱いを受けている。役員個々に付いているファンクラブがよい例だが、何処も過激だと噂では言われている。曰く、生徒会の方に話しかけられた人が苛めの的になっただとか、ファンクラブに入らないのにプレゼントを渡した女子が退学に追い込まれた、とか。とにかく良い噂は聞かない。

当然、何度もお昼を共にしている佐倉や千華も目をつけられている。

その危険性を知っている、生徒会の人達に守られている佐倉はまだいいが、佐倉の邪魔なオマケ扱いされている千華は、佐倉が守られている分もファンクラブの嫌がらせを受けている。佐倉に嫌がらせが上手く出来ない鬱憤まで此方に全て降りかかるから、大変なのだ。

佐倉もそれを分かっていて千華を誘っているのだ。いわば、千華は体の良い防波堤だ。

それに、性格が暗くて佐倉よりも見劣りする見た目は、上手い具合に佐倉の明るい性格や可愛らしい見た目、そして根暗で引っ込み思案な子とも仲良く出来るという優しさを引き立てる。

どう考えても千華にとって悪いことしかないので、最初は佐倉に対して断った。だが佐倉はよく分からない正義論と泣き落としで生徒会の方々を巧みに味方につけ、千華を責めた。結局千華は押しきられる形で今に至っている。

そもそも佐倉とは友達のつもりも無いのだが、佐倉は千華を親友といって憚らない。嫌がる素振りをみせると、冗談だよと千華が言うまでどうしてと聞いてくるし、必要とあらば泣き落としまで使ってくる。非常に厄介だけれど、今の所対処のしようがない。ただ千華が出来ることと言えば苛めに耐えることだけだった。

そしてそれに耐える時、いつも思うのだ。

これは今までの罰なのだ、と。



生徒会の面々はやはり、千華が着いてくることに嫌な顔をした。

それに気付かないふりをしている佐倉は楽しそうに千華の腕を掴んで食堂に行こうとする。佐倉に恋をしている役員達はこぞって、周りを牽制しながら佐倉の気を引こうと頑張っている。相変わらず、生徒会会計の水守(みもり)だけがいない。

千華はその間ずっと無言だった。たまに思い出したように佐倉だけが千華に話しかけてくるのが堪らなく嫌だったが、昔彼女もそうだったのかと思うと罪悪感が沸いてきて気分が悪くなる。

佐倉は計算してこうしているが、千華の場合は無自覚だったから余計に質が悪い。沢山、周りに迷惑をかけた。それは償うことの出来ないくらい大きなものだ。

食堂には生徒会専用スペースがある。本来なら一般生徒である佐倉や千華は使ってはいけないけれど、役員達の俺達がいいって言ってるんだから大丈夫という言葉でここ毎日使わせて貰っている。

勿論、千華の場合は暗に誘っていないという言葉を、生徒会副会長の西院や生徒会書記の日向(ひゅうが)にチクチクと言われるのだが。

佐倉は直接的な言葉は分かるが遠回しに言う言葉は汲み取れない、というスタンスを貫いている。だから千華が皮肉を言われても、そんなことには気付いていないという顔付きでニコニコと笑っている。

その中に居続けるのは苦痛以外の何物でもないが、とにかく千華には肯定と謝罪だけをボソボソと口にするしか選択肢はない。

そしてその苦痛な時間を終えて教室に戻ると苛めが待っている。その苛めもあからさまにすると佐倉が親友を守るという正義感を盾に騒ぎ立て、生徒会の人達を煩わせるということは、過去に何度かしていて、よく知れたことなので、苛めは地味で陰湿なやり方のものばかりだ。

それを警戒して、ロッカーや靴箱は鍵を付けているし、机の下のスペースには何も入れないようにしている。クラス単位で集めるような提出物は、先生に直接渡すようにもしている。

それでも佐倉と一緒にいない時は体の見えない所を中心に暴力を振るわれることは多い。佐倉は千華を親友と呼ぶが、その割に一緒にいることはそれほど多くはない。生徒会役員と関わることになると、必ずと言っていい程行動を共にしようとする。本当に、都合のいい親友でしかない。



昼食を終え、これから生徒会の面々に連れ回されるであろう佐倉と別れ、千華は教室に戻った。

この別れに至るまでに、失笑ものの寸劇が付いていたのはこの際忘れることにする。

一人でいるのは危ない。

けれど佐倉や生徒会役員に囲まれて針のむしろになるのも気が休まらない。

そして今、家にも千華は居場所がない。問題を起こし、転校沙汰にまでなった我が儘な娘と親に見限られてしまっている。昔から千華に甘かった兄だけは未だに優しいが、今はドイツに留学している。たまに送られてくる兄からの手紙だけが千華の生活の支えになっている。

教室に戻ると、千華の背中を誰かが強く押した。

いきなりのことに、受け身も碌に取れずよろけて床に座り込んだ。

上から、横から、笑い声が聞こえる。

誰かが千華の頭を踏んだ。額を床に打ち付ける。じわじわと鈍い痛みが広がる。

手も誰かに踏まれている。こっちは鋭い痛みだ。

笑い声が聞こえる。千華に何か言っているのも。汚いとか、不相応とか、生徒会の皆様に近付くなとか、きっとそこらへんのことを言っているのだろう。

苛めは最初はファンクラブの人達からだったが、今やクラスにまで波及している。クラスにもファンクラブの人間がいるし、それに便乗する男子達だっている。

佐倉は暫く戻って来ない。数日前から生徒会庶務に任命されたから、生徒会の特権を使うのかもしれない。

生徒会役員は学校の全ての行事を取りまとめている。その仕事の忙しさから、教師の方に届け出さえ出せば、一定の成績以上を維持するのを条件に授業を出ないことを許されている。

こういうのは金持ちの私立校ならではの自由さからあるのかもしれない。

五限を受け持つ教師は、入ってきても苛めを見て見ぬふりしている。教師と言えど、金持ちのお坊ちゃんやお嬢様を相手取るのは難しいのだろうし、千華の中学の時の所業を知っているのもあるだろう。ここは以前の学校の姉妹校でもあるため、尚更その事情には詳しいはずだ。

授業が始まり、ようやく苛めから解放される。

今の席は一番後ろの席なので、少し嬉しい。席替えする前は苛めを率先して行っている、坂上くんが後ろの席にいたため、様々なちょっかいを出された。特に、夏なのもあって半袖を着ていたらシャーペンで腕を刺されたのは最悪だった。それから私は自衛のためにどんなに暑くても長袖を着るようにしている。どうせ教室内は冷房完備なのだから、それほど困ることも無い。


結局、佐倉は五六限ずっと教室には戻って来なかった。

何か起こる前に帰ろうと思ったが、今日は運が悪い。生徒会会長のファンクラブに入っている瀬賀さん達に廊下で捕まってしまった。

直ぐ様人気の少ない西端にある階段の踊り場まで連れて行かれる。

ファンクラブの人達の口上はいつも同じだ。

「どうして呼び出されたか分かっていて?」

三人組の女生徒は、青いリボンタイから一つ上の学年だと分かる。

「はい……」

自分でも思うが、弱々しい声だ。昔はあんなに明るく、自信に溢れた声をしていたのに、それが嘘のようだ。

長い前髪は千華の顔を隠すと同時に、周りへの視界を部分的に覆ってくれている。人と対峙するのが千華はすっかり怖くなってしまった。

「そう。なら早く離れて下さらない?生徒会の方々もご迷惑してますのよ」

そんなことはとっくに知っている。けれど、千華とてどうすれば上手く事が運ぶのかよく分からないでいるのだ。

「ごめんなさい……」

謝罪を口にすると頬を平手打ちされ、肩を強く押された。自然、千華の体は後ろに倒れる。背中を床に酷く打ち付けた。

このやり取りは何度もしているので、次に何をされるのかも千華は十分分かっていた。

言葉の次は手が出る。

事前に呼んでいたのか、いつの間にやら男子も来ていて千華は暫く蹴られ続けた。

千華は丸まりながら、とにかく柔い腹と顔を庇った。耐えていればいつか終わる、それだけをひたすら考えた。

無反応な千華に飽きたのか、何かを言い捨てるのを最後に誰もいなくなった。

辺りに人気が消えても千華はじっとその場に蹲っていた。身体中がじりじりと痛い。痛みが少しでも和らぎ、体が動かせるくらいまで回復するのを待っていた。

パタパタと少し離れた所から上履きの音がする。

千華にはそれが誰だか直ぐに分かった。

「千華、大丈夫?」

影が千華の顔に落ちる。しゃがみ込み、抱える形で千華を抱き起こして、長い前髪を手でそっと横に払う。前髪に隠れた、千華の美しい顔があらわになる。

うっすらと目を開けると、予想通りの顔が目に入った。

「水守……」

「そうだよ。ああ……ごめんね、助けられなくて。こんなに傷だらけになって……」

助けないでと言ったのは他ならぬ千華なのに、傷付いた千華を見て水守は痛ましそうな顔をする。

千華は水守のそんな顔を見たくはなかった。

嘘つきと罵られ、蹴られた方がはるかにマシだ。

苛められた時はちっとも反応しなかった涙腺がチクチクと刺激される。でも絶対に泣きたくはなかった。そんな悲劇のヒロインのような真似は似合わないし、滑稽でしかない。

ヒロインになれなかった千華がそんなことをするなんて、とんだお笑い草だ。

千華が演じたヒロインなんて全てが嘘っぱちだった。沢山の人を傷付けて、千華自身も破滅した。千華は全てを失った。

だが全てが明らかになった後でも、水守だけは千華の側に残った。せめてもの温情で姉妹校であるこの学園に転入させてもらい、ただひっそりと生きてきた。佐倉志帆が来るまでは。


千華には前世の記憶があった。

今はもう、本当に前世だったのかも分からないあやふやなものだが、二年前の当時はそう信じていた。その記憶によればここは乙女ゲームの世界で、千華はヒロインだった。本当は高校から始まるのを知っていたけれど、待ちきれなくて中学の頃からゲームを攻略した記憶を頼りにどんどん攻略していった。

前と違って可愛い見た目をしていたし、自分をヒロインだと思っていたから自信があった。カッコイイ人達と恋愛出来ることに舞い上がっていたし、彼等のトラウマやコンプレックスなどの事情を知っていて、それを助けるのはヒロインとしての責務だと思っていた。

それと同時に、前は中学二年で死んでしまったからしたいことも沢山あった。元々病気がちで学校にもまともに通えていなかったから、何より友達が欲しかった。初めて出来た友達に浮かれていて、色々な所に連れ回した。

彼女が大人しくて引っ込み思案だということを千華は忘れていた。彼女が彼等に疎まれていたことも、苛めにあっていたことも気付かなかった。守られていたのは千華だけだった。

今考えれば気付くようなことも、浮わついていたのか何も気付かなかった。

生徒会に属していた彼等が仕事をしていなかったのにも気付かなかった。四六時中、あれ程共にいて仕事をする時間が無いことなど少し考えれば気付くことだった。

ここが現実なのだと気付いた時には全て遅かった。

生徒会はリコールされ、卒業後継ぐはずだった会社の跡取りを外されたり、勘当されたりと皆様々なものを失った。そして千華もまた退学は免れたが、この一連の出来事の発端として姉妹校に籍を移すことになった。

千華はあの時、傲慢で、そして何より無知だった。知らないことは罪だ。千華は許されないことをした。

そして今、佐倉はあの時の千華と同じことをしている。

あの乙女ゲームには続編があった。続編は、姉妹校を舞台としたものだった。

攻略対象は生徒会役員で、全てのルートをクリアすると前作のキャラの一部も攻略可能になっていた。

本来なら水守ではなく、他の人物が生徒会会計になっているはずだった。だが千華を追って水守がこの学園に編入したことで、少し変わってしまった。

それでも、水守以外は、かつての千華達と同じ轍を踏もうとしている。

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