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獣の恋  作者: 夜乃桜


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逸れ猿4

〈化け猿〉を仕留めた男たちは、女を連れて自分たちの村に戻り、宴を開いた。〈化け猿〉に捕らえられていたことになっている女を村人たちは、優しく迎え入れた。

そんな宴からこっそりとぬけだした女は、歩き出す。村人たちの宴の声が遠くなる。

自分のした選択は間違っていない。そのはずだ。

自分は人、彼は〈化け猿〉。相容れない存在。人である自分が化け物の猿の嫁など気味が悪い。


「……違う」


否定の言葉を口にすれば、女の眼から涙がこぼれる。これは、ただの言い訳だ。


・・・アレは、〈化けモノ〉だ。おれたちとは、相容れぬ存在だ・・・


〈化け猿〉が手を伸ばしたその時に、男の言葉が蘇った。

男の言葉は、女に自分達は違う生き物であるのだと突きつけた。今まで、逸らしてきた真実が、恐怖が、女を襲った。

女はいつしか、優しい言葉が自分を糾弾する言葉に変わること、暖かなぬくもりを失うこと、それが怖くてたまらなった。

信じた人たちに裏切られ、棄てられた人たちを見てきた女にとって、誰かの手をとることが怖くてたまらなかった。

自分は人。彼は〈化け猿〉。人である自分はいつか、〈化け猿〉に棄てられるのではないかと恐れた。

だから、女は自分から手放した。〈化け猿〉に棄てられる前に、自分から棄ててしまおうとした。

それなのに。


「……どうして……」


涙が溢れて止まらない。

〈化け猿〉は女が知る男たちの誰よりも優しかった。〈化け猿〉は誰よりも暖かくて優しく抱きしめてくれた。遊女であった自分を蔑んだりしなかった。

ただ精一杯生きる自分を認めてくれた。愛されることのなかった女を、初めて愛してくれた男。


「……ッツ……」


女は唇を噛みしめる。失ってから、女は気がつく。自分のしたこと、自分の愚かさ、初めて愛したモノの存在。

躊躇いなく手をのばし、掴めばよかった。ただ、それだけのことを女は恐れた。

女は声を張り上げ泣き続けた。



白い狼は黙って、女の話を聞いていた。女の視線は娘のいる部屋に向かう。


「……あの娘は、躊躇うことをしなかったみたいね」

「……ああ」


切なげな女の声に、白い狼は頷く。

女の眼に浮かぶのは羨望と嫉妬が、入り混じった複雑な感情。自分もなりたいと願い、でも、あがいても、自分以外の誰かにはなれない羨望。わかっていても、想わずにいられない感情。

そして、自分も、そ(・)う(・)なりたかった。も(・)う(・)なれない。自分が掴むことのできなかったのを掴むことができた者への嫉妬。

白い狼は、女を酷いなどと責めることができなかった。自分も同じ愚かな過ちをおかそうとしていたのだから、白い狼には女の気持ちがよくわかる。

一年前のあの時、白い狼は娘を自分の元から人間の村に暮らさせようとした。娘を人間の世界で暮らす方が娘の為になる。娘が幸せに生きられると考えた。しかし、それは、娘の為ではなく、自分自身の為。

白い狼は娘が自分の前から去ってしまうのが怖かった。行くなとみっともなく縋り付いて振り払われて、呆れて見離されるのなら、自分から娘を手離そうと思った。

それなのに、娘は村の暮らしを拒み、白い狼と共にあることを選んだ。

白い狼は〈化け猿〉を知らない。〈化け猿〉がどんな思いであったかわからない。

もしかすると、〈化け猿〉も恐れていたのかもしれない。自分と女では、共に生きられない。だから、あの時、女を突き放したのではないのか。

だから、〈化け猿〉と女は、互いに手を伸ばすことをしなかった。



翌朝。嵐が通り過ぎ、晴れ晴れとした青空が広がる。


「ありがとございました」

「気をつけてね」


娘と白い狼は、見送る女に礼を言って、出発した。

歩きながら、白い狼は一年前の夜の事を思い出す。あの時、白い狼は娘と共に生きると決めた。何が何でも娘を離さないと白い狼は自分自身に誓った。

みっともないと言われようが、白い狼は娘を手放したりなどしない。娘が白い狼から逃げようとしても、白い狼は決して娘を逃したりなどしない。

娘の後ろを歩く白い狼は娘の手を取る。手を掴まれた娘は驚きながらも嬉しそうに、白い狼の手を握り返した。


「若いっていいわね」


白い狼と娘を見送った女は、躊躇いなく、手をのばした若き彼らの姿に女は笑う。

自分とは、異なる選択をした彼らが羨ましい。女は彼らの幸せを願う。彼らが悲しむことがないようにと願う。

〈化け猿〉を失い、あの日から悲しみにくれたが、今は悲しむことはない。女はもう独りではなくなった。


「母、帰った」

「あら、お帰りなさい。遅かったわね」


家に入ろうとしていた女に、籠を背負った男が続けて入る。


「山のモノに捕まった。これ、土産」


男は山の幸が入った籠を下ろす。その時、微かに家に残る匂いに、男は女に尋ねた。


「誰か、いた?」

「ええ、旅の方が泊まったのよ。もう行かれたわ」

「そうか」


素っ気なく男は返す。女を母と呼ぶ男には、猿のしっぽがついていた。

男は女の息子。〈化け猿〉の夫が自分に残してくれた忘れ形見だ。

〈化け猿〉が死んだ後、村に住むことになった女には、〈化け猿〉の子を身籠っていた。女は迷うことなく〈化け猿〉の子を産むことを決めた。

〈化け猿〉の子を守るために、女は村を出て、人里から離れたこの家で暮らした。

辛いこともあった。それでも、女は諦めることをしなかった。


・・・生きろ・・・


あの時、自分を裏切った女に〈化け猿〉が告げた言葉。

〈化け猿〉を裏切った自分には、そんな価値はないかもしれない。それでも、最後の〈化け猿〉の言葉を守りたかった。


「私は生きてよかったわ」


どこからか、猿叫の声が聞こえた。



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