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拒否をしてもいいですか?

あれから、3日。

私は快適な時間を過ごしている。

いつも通りの日常に、戦闘機との飛行。

あの日の翌日は両親にビクビクし、姉や兄達に何を言われるかとドキドキしていたが何も無かった。

まぁ、夕方以降家族の顔に困惑が浮かんでいたので、何かしら話は聞いたのかもしれないが。

それでも、何も言われてないので憂いなし。

明日には帝国に戻られるので、城の中も慌ただしくなってきたし、私の侍女たちも毎日忙しく動き回っている。

最近では着替えの手伝いすらしに来ないこともあるほど。

結局誰に決まったのかは知らないけれど、私ではない可能性は高いはず。

そもそも皇帝陛下がどれどけ優秀でも、政を何も知らない皇后は良くない。

徐々に覚えていけば良いのだろうが、今の不安定な状況の帝国ではそんな悠長なことは言ってられないはず。

姉様たちなら少なからず関わってきて経験があるし、勤勉なのだから文句のつけようがないだろう。

中庭から見上げる空は、多くの雲が空を覆っている。

朝よりは雲が散り始めているので、夕方には晴れそう。

今日が最後の、戦闘機との飛行。

お互いに勝ち負けではなく、純粋に技術の自慢だった気がする。

翼をしっかりと広げる。

数回羽を羽ばたかせて、今日のコンディションも問題ないことを確認する。

そして力強く、飛び立つ。

戦闘機もいつもの時間ピッタリに飛び立ったのが見えた。

急上昇した戦闘機は、灰色の曇空に白い軌跡を幾筋も描く。

私は体を傾け、風を切り裂きながら急降下した。

私を追いかけるように戦闘機も急降下する。


「行っくよ!」


翼を翻す。

わずかに左へ旋回する。

戦闘機も同様に動く。

まるで鏡写しのように動きを合わせる戦闘機との間隔は数メートルまで縮まった。

螺旋を描くように上昇すると、戦闘機も追従してくる。

私より少し速いかもしれない。


――まぁ、最後だしね。無茶してでも勝たせてもらいますよ!


スピードを上げる。

その瞬間空気が牙を剥く。

口を開ければ、肺に冷たい風が無理やり押し込まれて息苦しくなる。

鼻腔の奥まで、鋭い風が突き刺さるような痛み。

獣人族は獣の特性と人間の特性を持つ。

それは良い面もあれば残念なことに悪い面もある。

普通の鳥のようにトップスピードを出せば、人間の体が悲鳴を上げる。

全力を出す事はある意味、生死を掛けた行動とも言える。

まあ、それも加減を分かっていれば、死ぬ者はいない。


――後で死にたくなるほどの痛みが待ってるけど……。


心臓がドクドクと早鐘のように脈打つ。

体が悲鳴を上げ始めるが、問題はない。

少しの差が開けばいい。

数秒。

いや、一瞬の時間だったかもしれない。

差が開いた。

右に急旋回する。

翼を大きく広げると同時に体全体をひねり込み、体重移動で少し無理やり曲げる。


「さすが!」


戦闘機もすぐに反応した。

無理やり曲がったことで少し速度が落ちたところを、一気に距離を詰められた。

空気の壁を感じるほどの超至近距離。

翼の羽根一枚が掠めるんじゃないかと思うほど近い。

視界の端にチラつく銀色の翼端が惚れ惚れするほど美しい。


「そろそろ決着を付けさせてもらいますかね……!」


体が悲鳴を上げ始めているが構わない。

これが最後の勝負。

ここで負けるなんて私のプライドが許さない。

翼を水平に伸ばし、全速力で加速する。

エンジン音が背後で響く。

戦闘機も全力で食らいついてくる。

向こうも本気だ。

お互いの意地とプライドの最後の勝負。

雲の切れ間から太陽の光が斜めに差し込んできた。


――あれは……。


咄嗟に身体をひねり、光の反射板になるよう調整。

狙い通り直射日光が当たり、 戦闘機の挙動に一瞬の乱れが生まれる。


「逃がすか!!」


全身を使って急旋回。

戦闘機も追ってくるが、もう遅い。

そう思った。

戦闘機がわずかに進路を修正した。

それを視界の端で捉えながら、直感した。

負けを。

でも、戦闘機の修正。

それが明暗を分けた。

バキッ。

鈍い音と共に、片翼に大きなヒビが入る。

戦闘機が失速を始めた。


「終わった……」


体中の力が一気に抜けた。

空中でふわっと浮遊しながら振り返ると、戦闘機はゆっくりと下降を始めていた。

少し納得のいかない終わりだったけど、仕方ない。

ガラス越しに親指を立てているのが見えた。

私も微笑んで手を振った。

雲が晴れた青空の下、別々の方向へと向かう。

これが私たちの最後の真剣勝負。

名残惜しさに背中を引かれながら、城に向かう。

城壁から拍手をしてくれている衛兵が見える。

お礼の代わりに、手を振り中庭に降りる。

心地よい気だるさと、痛みに満足していると待ってましたと言わんばかりの鬼の形相のマーニが立っていた。


「素晴らしい飛行でした」


賛美の言葉とは裏腹に、全く称賛されているように聞こえない。


「ああ、ほんとうに素晴らしかったよ」


嫌味たっぷりの声色で現れたのは、カザナフ兄様。

マーニとは真逆の笑顔ではあるが、目が全く笑っていない。


「何か言いたいことがあるなら、どうぞ。いくらでもお聞きしますよ」

「そうか。なら言わせてもらう」


張りつけていた笑顔が消え、真剣な顔になる。


「あれが戦場なら死んでいた自覚はあるか?」


なんとも確信をついてくださる素晴らしいお兄様。

言われなくとも、自分が1番自覚している。

でも、


「運も実力の内と言います」


負け惜しみの言い訳だとは分かっている。

兄さまの冷たい視線に、目を逸らす。

常日頃から戦場に行きたいと言っていた。

訓練も一生懸命頑張った。

でも、今日本気で戦って分かった。

私では戦場では勝てない。

簡単に死んでいただろう。

戦場での経験が豊富な兄さまには、私の動きはさぞ滑稽に映っただろう。

それが今は悔しい。


「お前を戦場に行かせなくて本当に良かったよ」


珍しい優しい声に、泣きたくなった。

でも我慢する。

今、感情のままに兄さまに甘えると、きっと慰めてくれる。

でも、明日以降絶対にいじられる続ける。

いつもなら、それでも良かったけれど、今の心情的に嫌だ。

兄さまの目をまっすぐ見つめる。


「何か御用があったのではないのですか?」


少し顔が曇る。


「父様と母様がお呼びだ」

「父様と母様がですか?」

「ああ。だから黙ってついてこい」


歩き出したカザナフ兄様の背中を追いかける。

忙しくて、私を放置していた両親が呼んでいるのだとすれば、婚約の話だろう。

嫌な予感がする。

この雰囲気では私が選ばれたと告げられそうだ。

いや、しかし。

それはあり得て良いわけではない。

私が皇后になれば、皇帝を支持する派閥から、離反する者が出るのは私でも想像できる。

反皇帝派が少しでも力を付けてバランスを失えば、また戦争が始まる。

そんなの素人中の素人の私でも簡単に分かる。

そう。

私でも分かることを、皇帝並びに私の家族の誰も分からないことなどありえない。

一手先も読めない私とは違い、何手も先を読む家族たち。

どれだけ考えても分からない。

そう。

だからこの不安も、嫌な予感も気のせいだろう。

父様の執務室に着く。

兄様の扉を叩く音。

入室の許可を得る声。

どれも、とても遠くから聞こえる気がする、

扉が開き、父様の表情が視界に入る。

周りを囲むように立つ、兄様たちと姉様たちの表情。

胸はいつも以上に鼓動を早く刻む。


「久しぶりだね、アフィリア。最近は忙しく、一緒に食事もできなかったが、元気そうで何よりだ」

「父様もお元気そうで何よりです。最近では睡眠時間も削ってらしたと聞いておりましたので、心配しておりました」

「そんなに改まる必要はない。…………ああ、だが、先程の事で言いたいことがあるなら別だが」


汗が噴き出した。

あれだけ派手に飛び回っていたのだから、見られていないとは思ってはいない。

でも、ここまで怒らせるとは思っていなかった。

声を張り上げるでもなく、強い口調で怒るでもなく、静かな口調でこちらに問いかけるように話すときは要注意。

かなり怒っている時だから。

この時に謝る以外の選択をする場合は、つま先の先端にまで注意を払う必要がある。

少しでも反省の色なしと判断されれば、拷問かと思うようなお仕置きが待っている。

当事者でもない、カザナフ兄様から唾を飲み込む音が聞こえた。

家族のほとんどが集合している部屋で、兄様の唾を飲み込む音がハッキリ聞こえる程、部屋は静まりかえっていた。

兄姉ならみんな知っている恐怖。

微動だにしない兄姉。

私も頭が真っ白になってきた。

どうしようか頭を働かせたいが、何一つ思い浮かばない。


「扉の前で何をしているの?早く中に入りない」


後ろからいい匂いと共に、母様の優しい声が聞こえる。

この優しい声は、私のやらかしたことをまだ知らない。

知っていれば、父様と一緒に怒っているだろう。

それに、いい匂いがする。

これは紅茶を持ってきてくれたことが分かる。

ならば、これから話し合いまたは報告会が開かれる。

と言うことは、父様は怒りを沈めるしかない。

勝った!

誰でも分かる推理をしながら、気分を落ち着かせる。


「早く入りなさい」


母様に促され、先程より軽い気分で1歩を踏み出す。

カザナフ兄様と私が中に入ってきたことで、兄姉はみんなソファに座る。

母様が紅茶をみんなの前に置いてくれる。

全て置き終えると、父様と向かい合う形でソファに座る。


「ここに集まった理由は分かっていると思うが、改めて言っておく。皇帝陛下との婚姻の件だ」

「皇帝陛下の承諾を得たので、みんなに伝えたい」


シンラウ兄様が、父様に続いて話し始める。

そして、コーミル姉様に視線を向ける。

まさかのコーミル姉様か。

私の中ではコアイル姉様が最有力だったのに、予想が外れた。

残念!


「コーミル。帝国に行ってもらうのは大変だと思うが、お前がたらこそ頼みたい」

「シンラウ兄様。頑張ってきますね」

「すまない。長女だからと頼りすぎている自覚はあるんだが……。今回の適任者はコーミルしかいないと、父様と母様も同意されてな」

「ちゃんと自分の役割は把握してますよ」


私以外から流れる雰囲気の本質を、私は理解できなかった。

帝国は未だに差別や悪意が残っていて、獣人族の私たちにとって危険と隣り合わせかもしれない。

それでもあの皇帝陛下だ。

愛想はないし、無表情だし、会話が噛み合ってるか分かんないし、私では何を考えているか分からない人間だ。

が、クズではないし、多分嫁に迎えれば可能な限り守ってくれる。

そんなに悪い人には感じなかった。

だから、この葬式2歩手前のような雰囲気は納得できない。

私が頭の中ではてなを浮かべているとシンラウ兄様と目が合った。

哀れみの籠った瞳で見つめてくる。

なんだその目は。


「お前も行くんだからな」

「…………何故ですか?」

「コーミルは皇后としてではなく、あくまで皇后候補としての体で行くだけだ。仕事が済めば、戻ってくる」

「…………仕事とは……?」


唾を飲み込み、シンラウ兄様の次の言葉を待つ。

どんな言葉を待っているかと聞かれれば、簡単だ。

冗談だと笑ってくれるのを待っている。

しかし、願いは叶わなかった。


「お前が使い物になるまでの、皇后の仕事の補助役」


これはマズい。

何とか反対しなければ。

机をできるだけ強く叩き、立ち上がる。

シンラウ兄様の目をしっかり見つめる。


「シンラウ兄様!それはあまりにもコーミル姉様に失礼です!今でも嫁ぎ遅れた姫と言われる姉様に、まだ婚期を逃し、最終的には結婚するなとおっしゃるのですか!こんなに素晴らしい姉様に向かって!」

「フィーアちゃん。最後褒めれば私に何言ってもいいわけではないのよ?」

「そうだぞ、フィーア。いくら引く手数多と言っても、嫁にもらっても良いとまで言って貰えないコーミルに対してでも、言っていいことと悪いことはあるぞ!」

「兄様。フォローって言葉の意味を知ってる?」

「コーミル心配するな!知っているとも!俺が最大限フォローして、お前の尊厳を守ってやる!」


清々しいほど優しい笑顔のシンラウ兄様と笑顔が引きつってきたコーミル姉様。

周りの困っている雰囲気。

これはマズい。

このまま雰囲気が悪くなれば、逃げ道が塞がれていく。

最終的に私は悪者にされて、折れるしか無くなる。

そもそも、家族に頭と口で私は絶対に勝てない。

最後には泣き落としと大暴れで不適切の烙印を押してもらって、何とかするつもりだったのに。

この雰囲気でそんなことをすれば、万が一この話が流れても今後は長い厳しい教育が待っている。

どちらも嫌だ。

逃げ道として、コーミル姉様を利用するしかないのかもしれない。

私では問題があるのは、家族全員の同意見なのは分かりきってる。

胸が痛みまくるけれど、コーミル姉様自ら辞めると言わせる事が出来れば、最小限の被害で逃げられる。

はず。


ーーよし、そうしよう。心が張り裂けそうなほど痛いけど……。背に腹はかえられぬと言うし!


覚悟を決めて、口を開きかけた時。


「安心しなさい。コーミルの事は、全て本人も了承している」


バレていた。

私の浅はかな考えは完全にバレていた。

最初からわかっていた。

何を考え行動しようと、私に勝ち目は無いのは。

でも、私だって王族の前に1体の女の子だもん。

年頃の女だもん。

恋愛したいと思う年頃だもん。

反抗しても良いよね。

皇帝陛下(あの人)を好きになれそうな未来が見えないんだもん。

ワガママくらい言っても良いはずだよね。


ーーてか、ワガママ言わせてよ!ことごとく先回りして潰さないでよ!………………ちょっと泣きたくなってきた…………。


ここまで先回りして潰されるなら、泣いたところで何を言った所で、この話は無くならない。

そもそも誰も表情を変えずにこの話を聞いている。

王家の決定として話しているのだ。

名ばかりの姫の私が何を言おうと変わるわけないのだと落ち込む。

もう少し王家の仕事に興味を持って、真面目に関わっていたら違ってたのかもと少し考えるが、なんとなく結果は変わらなかった気がする。

思い返せば、出発は明日。

今更変えるなら、私が死ぬか大怪我でもして子供を持てない可能性が出るしかない。

諦めよう。

そう心に決めて、父様をまっすぐ見つめる。


「かしこまりました。役目を果たせるように尽力いたします」

「ああ、お前なら問題ないだろう」


国営に関することは一ミリも期待されてないだろうから、これは対人関係に関する期待な気がする。

そもそも周りとの関わりが上手いとも思えないけれど、死にたくはないから頑張ろう。

帝国に行けば暗殺される可能性は高い。

少しでも味方を増やして生き残れる可能性を上げていこう。


「そういえば、マーニの同行は難しいですよね?私の筆頭侍女として同行してくれるのはミンイになるのでしょうか?」

「私の侍女のアグルを付けるわ」


コアイル姉様がほほ笑みながら教えてくれる。

惚れ薬を頼む程、恋焦がれる相手がいる侍女を引き離すのは本意ではない。

と、言っても私の意志ではどうにもできないだろう。

もうすでに全ての準備は終わっているのだろうから。


「あなたには護衛も付けるから大丈夫よ」


コアイル姉さまが更に嬉しそうに笑う。


「第一騎士団の騎士4体が、一緒に行くことになったから」

「私たち2体に、4体は少なくないですか?」

「そうでもない。お前がよく知っている4体だからな。それに、皇帝陛下が直々に選んだ者たちも付けてくださるそうだ。まあ、友好関係の証として行くのに、多くの獣人を連れて行くのも印象が悪いしな」


私がよく知る4体なら、なんの問題もないだろう。

なんとも手厚い護衛とは思う。

それでも、姉様の安全を思えば少ない気がする。


「印象と悪くなっても良いので、姉様の安全を優先してほしいです」

「お前だけの印象が悪くなるなら良いが、そんなわけないだろうしな。諦めろ」

「…………カザナフ兄様冷たい」


小さく息を吐く。

このふざけたやり取りももう終わりなのかと思うと、少し寂しい。

これからはこんな軽口で気軽に話すことも少なくなるかもしれない。

本当に寂しい。


「他にお話はありますか?」

「そんなに落ち込まなくても、アフィリアなら問題ありませんよ」

「そうだな。アフィリアならここと同じように楽しく暮らすのだろうな」

「父様と母様がそうおっしゃるのなら、そうかもしれません」


立ち上がり深々と頭を下げて、部屋を出る。

今日は色々疲れた。

帝国の事は好きだ。

いつかは行ってみたかったし、気に入ったら住んでもみたかった。

でもそれはただの獣人族の1体として。

皇后とかの地位はいらない。

自由にただ自分勝手に暮らせることが前提だったから。

まあ、でも前向きにとらえることにしよう。

私の夢は半分叶ったのだと。

部屋に着くと、何もかもを忘れ去ってベットに倒れこむ。

体も頭も疲れた。

この程度の思考で頭が疲れたなどと言えば、兄様たちに笑われるが、そんなことは今はどうでもいい。

すごい勢いで襲ってくる眠気に身を任せる。

夜にマーニが夕食を知らせに来るまで何もせずに眠ろうと心に決めて、襲い来る眠気に身を任せた。

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