40話 妖怪道を歩む逸れ者
夜の宴が始まった。
名目は、俺達の帰還だ。人間の病気が治ったことを祝うのはここではまだタブーである。
人間を嫌う狐とはまだ折り合いが悪いままだ。俺がゼラと結ばれることも良く思っていない妖怪が半数近くいる。
ゼラの権力で押しのけることもできるが、頼んでやめてもらった。俺は結局余所者で、ゼラの権力を利用しているだけにすぎない人間だ。そんな奴に支配なんてされたら、狐の紛争が起きても不思議はないだろう。近いうちにそっちもなんかしないといけない。
宴は酒が持ち寄られ、賑わう屋敷はそこら中から和気あいあいとした声が上がり、姦しいほどだ。
目が覚めた佐草もノリが良く、一部の狐に気に入られたらしい。
あいつも中々度胸がある。警戒されているのにも関わらず、狐の耳と尻尾に釣られてまるで変態オヤジの形相。絵面はちょっと如何わしいように思えたが、何故か受け入れられていた。
俺ですらまだ触れたことがあるのは、好感度のあるゼラくらいだというのに大した奴だ。ギャルゲーでしょっぱなから好感度マックスなチート野郎にしか思えない。流石は好奇心の塊のような女だ。
俺は、早々に広間から退散してきた。
また狐のだる絡みに遭うのは勘弁だからな……。
月夜を眺めながらとある場所へと向かう。
庭で素振りの音が聞こえた。誰かが木刀を振っているんだろう。
スミレはセーリジュリア公国に行っているはずだし、誰だ……?
気になって足を向けると、泣き言が聞こえてくる。
「な、なんで僕がこんな目に……だいたい僕はなんでこんな所にいるんだあ!!?」
水野が上裸になって木刀をひたすら縦に振っていた。
なんで水野がここにいるんだ……!!?
「おい、ごちゃごちゃうるせえぞ! 酒がまずくなるだろうがクソがッ!!」
屋根の上に誰かいる。この妖気、レンゲか?
そうか、あいつが俺に内緒で水野を連れて来ていたのか。俺に報告なんてしない奴だし、ゼラには言ったのかな……。
ということは、スミレとビオラで交代して佐草に化けてるんじゃなくて、佐草と水野でそれぞれ化けて潜伏してるってことか。俺、全然知らなかったんだけど……。
「戻ってきたのかよ猫女……」
「聞こえてるぞチビカス!」
「ぎく……!?」
「オレは猫じゃなく狐だ、耳と尻尾見りゃあわかるだろうがバカが。あんなもんと混同すんじゃねえ! キンタマ握りつぶすぞ!
酒を取ってきただけだ。それよかてめえ、さっきより腕が下がってんぞ! 真面目にやらねえと朝までやらせっからな!!」
「なんでですかあ~!?」
「あとそこの紐野郎。なんか文句でもあんのか」
レンゲが屋根の上から降りてきた。
顔が赤いのは酒のせいだろう。ほのかに酒臭さがある。
昨日とは違って一応服は着ているようだ。
だが、それは俺の記憶から取った服だ。嫌がると思ったが、ゼラがあげたんだろう。あいつの言うことには忠実みたいだからな。おそらく俺の記憶から取ったものとは知らないはずだ。
にしても服のチョイスがあれだな。男勝りな強面な顔してチャラい服が良く似合う。上は黒の革ジャンで下は股下ギリギリで切られたようなジーンズパンツ。
おかげでギャルにかつあげされているかのような感覚だ。
「オレはてめえを認めねえ! どんな手を使ってうちの頭を落としたのか知らねえが、怪しい素振りを見せてみろ。直ぐにすりつぶして夜食にしてやるからな!!」
「頭に血が上ると他が見えなくなるみたいだな。それじゃあこの前と同じ結果を招くぞ」
「なんだと!?」
レンゲは、俺の胸倉を掴んできた。
眼圧を強めて睨み付けてくる。狐の威嚇が始まるが、スミレの本気の殺気に慣れている今じゃそれほど恐ろしくはない。
「水野をどうするつもりだ?」
「てめえに関係ねえだろ。黙ってろよ……!」
「そういう訳にはいかない。そいつはこっち側とは縁も所縁もない人間だ。わざわざお前の都合で巻き込むな!!」
「ほう……オレのやる事に茶々を入れるつもりか。死にたがりにも程がある。てめえ、まさか人間の分際で純粋な妖怪であるオレにサシの勝負ふっかけるつもりか。あ゛あ゛!!?」
妖気が昂る。
こいつの自分勝手ぶりを許容するにも限度がある。こういう奴は、直ぐに頭に血が上って突拍子もないことをしでかすんだ。
俺の左腕から邪気が立ち上る感覚があった。俺の怒りに反応しているようだ。
こいつを制御するのも楽じゃないな……。
俺は妖気を抑え、邪気を収める。
「やらないのか。とんだ弱腰野郎だな、はは!」
「……俺は、仲間には手を出さない」
「オレがてめえの仲間だ? 笑わせるな! オレはお姉様に就いているだけだ。てめえの仲間になった覚えはねえよっ!!」
「お前にはわからないかもな。仲間ってのは、ただいるってだけの存在じゃないんだよ」
「っ――てめえ、あまりオレを舐めるとただじゃおかな――」
「おい、お前等――なにしてる」
突然俺とレンゲの傍に水野が現れた。
まるで近づかれた感覚がなかった。忍び足にもほどがある。
それにこの水野、あの夜と同じ別人の気配を纏って……。
「レンゲさん、ダメじゃないですか。降魔くんはこの屋敷の所有者なんでしょう。だったらそう怒鳴っちゃいけないですよ。追い出されたら野宿するハメになるじゃないですか!」
「……はあ? うるせえな、てめえは黙って木刀振ってりゃあいいんだよ! つかオレに指図すんじゃねえ!」
気のせいか……?
「降魔くん、久しぶり。色々と事情は聞いたよ。大変だったね」
「あ、ああ……お前の方こそな水野。こいつと契約して辛くないか?」
「あ゛あ゛ん? なにてめえにんなこと言われなきゃなんねえんだよ!?」
「大丈夫だよ」
「……」
頭が痛くならない。本心ってことか。
傍から見ればただの虐待でも、お前にとっては違うってことか。
虐めかどうかは被害者側が決めるものだ。被害者が虐めと認識すればそれは虐めであり、加害者を罰しなくてはならない。
だけど、お前はまだそう認識してないなら、このまま見せてもらうか。
「水野、お前俺とここにいろ。レンゲは妖怪で、ここに住むことになる。契約者とはできるだけ近くにいた方がいい」
「なんだよ急に、恩を売るつもりか紐野郎……?」
「違う。お前がもし水野を壊すことになったら直ぐに気付けるようにだよ。その時は、俺とゼラがお前を地獄送りにするから覚悟しろ……!」
「フン! そっちこそ努々忘れるな、てめえの裏の顔が表に現れた時にゃあ、噛みコロスからなあ……!!」
レンゲは脅迫するような顔で睨み付けてきた。こちらの警告にも動じない構えらしい。
わかっていたけどな。
「ってことなんだが、大丈夫か」
「うん、そのつもりだった。そう言って貰えると嬉しいよ、降魔くんがいてくれると心強いし。邪魔じゃないかな」
「ここじゃ人間の方が少ないんだ。今は七瀬と佐草がいるが、近いうちに皆の所に返すつもりだからな。一度お前にも戻って貰うけど、あいつ等と話を着けて暫くの間離れることを了承してもらってこい。
その時はレンゲ、お前も同行するんだ。あいつ等が水野を一人で外に出すわけはないからな。適当に頼もしい姿を見せて承諾を勝ち取れ」
「てめえがオレに命令すんな!」
「あはは……大丈夫。僕がなんとか説得するよ」
「うるせ! オレも行くに決まってんだろ。人間はひ弱だからな、警戒するだろうが!」
「警戒というか心配な」
「おい紐野郎! オレは、てめえのことが大嫌いだからな。覚えておけよ! この前助言してやったのもただ見ていられなかっただけだかんな!」
「そうかよヤンキー女」
「や、ヤンキー? なんだそれは……!?」
「いやあ、これはヤクザじゃない?」
「どっちも同じだろ」
「そうだね! あはははは!」
「はははは!」
「な、なんだ、笑うな! この人間のガキ共がっ!!」
レンゲ、俺は本当はお前とも仲良くやっていきたいんだ。お前はゼラに気に入られた俺を嫌いなんだろうが、俺はお前が嫌いじゃない。
例えお前が不良でも、獣耳生やした美麗な女性だということに変わりはないし。ていうか――
俺等、妖怪だろ。




