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元最強、少女と寝室を共にする

 夕食はいらない旨既に告げており、さらにここは聖都よりもさらに見知らぬ地だ。

 暇な時間が出来たからといって潰すための手段はなく、さすがに暇だから本でもくれないかなどというのは幾ら何でも図々しすぎるだろう。

 そもそも基本的に敵地であることを考えれば、そこまで寛ぐわけにはいくまい。


 というわけで、結論から言ってしまえば早々に寝る以外にやることはないわけだが……そこで、アイナがごねた。


「ごねた、じゃないわよ……! それじゃあまるであたしが悪いみたいでしょ……!?」

「うん? そうは言っても、文句を言っているのはアイナだけであるしなぁ……」

「ここにはあんたとあたししかいないんだから当たり前でしょうが……! ていうか! い、一緒の部屋で寝るとかなったら、文句言うのは当然でしょ……!?」


 アイナの叫びに肩をすくめながら、ソーマはその場を見渡した。


 視界に映るのは豪華な調度品の数々であり、下手をすれば聖都で宛がわれていた部屋よりも上かもしれない。

 客室だと案内された部屋であったのだが、不備があるどころか恐れ多いとすら思えてしまうほど上等な部屋だ。

 まあ実際にソーマがそう思うのかはともかくとして、基本的には文句の付け所がない部屋だというのは確かである。


 ただ、まったく問題がなかったわけでもなく、その一つがベッドであった。

 ソーマ達の今いる部屋の隣が寝室だったのだが、ベッドが一つしかなかったのである。

 しかもそれほど大きくなかったので、下手をすればアイナが寝ている最中に落っこちてしまいそうだ。


「人の寝相が悪いみたいなこと言ってんじゃないわよ……! っていうか、あんたあたしの寝相知らないでしょ……!?」

「いや、知っているであるぞ?」

「……え? 嘘、いつの間に……!?」

「まあもう五年以上前の、であるがな」

「紛らわしいわね……!」

「知っていることに違いはないと思うであるが?」

「それはそうかもしれないけど……って、話がずれてきてるんだけど!? あたしが! 言いたいのは! ベッドのサイズの大きさとか! 一つしかないとか! そういうことじゃなくて! そもそも部屋が一つしかないってことなんだけど……!?」


 どうやら余程興奮しているらしく、アイナのツッコミがいつもより激しかった。

 というか、少しは落ち着くかと思って話題をあちこちに振ってみたのだが、逆効果だったようである。


 これは落ち着かせようとするよりも、話を先に進めた方がよさそうであった。


「ふむ……まあ、アイナの言わんとしてることは分からんでもないのであるが、使用人のためにもう一部屋用意するよう頼むのもどうかと思うであるしな」

「はっ……!? 誰が使用人…………って、あー……そういえば、そうだったわね」


 自分の着ている服がどんなものであったのか思い出したらしいアイナは、しかし冷静さを取り戻したかと思えばそのまま頭を抱えてしまった。


 きっとメイド服を着ている自分に違和感がなさすぎて、普通にそれを着て聖都やら皇都やらを歩いていたことを今更になって気付いたのだろう。

 似合っているのだから気にする必要はないと思うのだが、その辺は感性の違いか。


 だが何にせよ冷静になったことに違いはないので、この機に乗じてさらに話を進めていく。


「まあ、というわけで思い出しついでに気付いたと思うであるが、皇帝はずっとアイナのことを我輩の使用人扱いしていたであろう?」


 最初の時点でそうであったし、皇都を回っていた時などもそうだ。

 アイナは意識していなかったようではあるが、ヴィクトリアは常に食べ物をお裾分けするときはアイナにまとめて渡していたのである。


 もっとも、だからといって本当にアイナのことを使用人だと思っていたのかは疑問だが、そういう扱いにしていたのは事実だ。

 そしてとなれば――


「他にも何人かいれば別であるが、一人しかいないのであればわざわざ使用人用の部屋を取るのも色々と面倒なだけであるからな」

「だからあんたとあたしで一部屋ってなったってこと? そんなの訂正すればいいだけのことじゃないのよ……」

「いや、それでは意味ないである。というか、むしろアイナと一緒の部屋で寝るためにこそ、わざわざ最初の時に訂正しなかったのであるからな」

「は、はい……? あんた、一体何言って……!?」


 頬を赤く染め、身体を掻き抱くようにして身を引いたアイナには悪いのだが、生憎とこれは色っぽい話ではない。

 単純にこれがアイナにとって一番安全で安心な手段だというだけだ。


「安全で安心……? って、何が?」

「忘れたのであるか? ここはあくまで敵地なのであるぞ? そんなところに一人でなど、アイナは安心して眠れるのであるか?」

「……あっ」


 言われて思い出した、といった顔をしたアイナは、あるいは気付きたくなくて無意識にそこのところを考えないようにしていたのかもしれない。


 しかしこのまま一緒のベッドで寝てくれるのならばともかく、気付かないうちに自ら危険に飛び込もうとしているというのであれば気付かせないわけにもいかないだろう。


「う、うぅー……」


 どうするべきか迷っているのか、アイナは呻き声のようなものを上げ始めたが、ソーマは放って寝る準備を整えることにした。

 一人にしておくのが一番いいと思ったからである。


 そもそも、厳密に言えば迷っているというよりは覚悟を決めているのだろうし、そこにソーマがいては邪魔にしかなるまい。

 それにここで変な方向に覚悟を決め一人で寝るとか言われたら、今度はソーマが困るのだ。


 敵地でアイナを一人で寝かせるなど、不安で仕方がない。

 先の安心というのは、ソーマが、という意味も含まれているのだ。


 と、そんなことを考えながら寝室をうろちょろしていたのだが、すぐにやることがなくなってしまった。

 さすがは皇城の客室と言うべきか。

 寝る準備を整えようと思ったのに、既にほぼ整えられていたのだ。

 ソーマ達が泊まることなど想定していなかっただろうに、見事な仕事っぷりであった。


 だがそうなると、どうしたものか。

 ここで先に寝ているというのは、どう考えても悪手だろう。

 男が既に寝ているベッドにアイナが後から入ってくるなど考えられない。


 別の部屋に行くことはないかもしれないが、床で寝るという可能性は十分ある。

 となれば、アイナが決意を固めるまでの時間何かしらの手段で時間を潰さなければならないわけだが――


「ふむ、どうしたもので――ん?」


 ふと感じた人の気配に視線を向けてみれば、寝室の入り口にアイナが立っていた。

 随分決まるのが早かったなと思うも、予想通りの結果になったようなのは赤く染まったその顔を見れば明らかである。


 睨み付けるような視線を受けながら、ソーマは肩をすくめた。


「ま、どうせ一緒に寝たこともあるであるし、それほど気にすることもないであろう?」

「それは五年以上前の話でしょ……!?」


 さすがにさっき話したばかりだからすぐに思い至ったかと、苦笑を浮かべる。


 それにしても、随分と懐かしい話だと、今更のように思った。

 アイナとリナとラディウスを旅していた頃の話だ。

 後にシーラが加わり……本当に、懐かしい話である。


 まだ十年も経っていないというのに、それ以上昔のことにも思えるのは、それだけ色々あったということか。

 あるいは、今日の日もまた、五年後には懐かしいと思い出すようなこともあるのかもしれない。


 だがそれも全ては、全部綺麗に片付いたらのことだ。

 その時にはさすがに、再び魔法を追いかける事が出来ているだろうかと、そんなことを思い――


「さて……やることもないであるし、明日はどうなるかもしれんであるしな。さっさと寝ておくであるか」

「…………ん」


 こくりと、シーラのように言葉少なに頷くアイナの姿に、ソーマは再度苦笑を浮かべる。

 そして、明日と、これからのことを思いながら、アイナと共に一緒のベッドの中へと入っていくのであった。

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