元最強、神に興味を持たれる
その場を見渡しながら、ソーマは感心するように息を一つ吐き出した。
煌びやかというわけではないが、落ち着いた雰囲気は貴族の屋敷の一角として存在していたとしてもおかしくはないものだ。
調度品一つ取っても、相当に金がかかっているに違いない。
「宗教は金になるとはよく聞く話であるが……それはこの世界でも変わらんようであるな」
「一応断っておくと、ボクがお金を要求したことはないよ? ただ、不思議なことに、お金を持っている人ほど形のないものに価値を見出したがるものでね。ボクを信じる心というものに勝手に価値を求めては、それを証明する手段だとばかりに大量のお金を寄越してくるのさ」
「ま、この世界には他に崇める神がおらんわけじゃからな。コレを信じていることを示せなどと言われたら、金を寄越して誤魔化すしかない、ということじゃろう」
「キミはボクにちょっと辛らつすぎじゃないかな? もう少し優しくしてくれてもいいんだよ?」
「寝言は寝てほざくのじゃ」
そんなことを話しながら、さらに周囲を眺める。
天井からぶら下がっているシャンデリアは必要なのかと思うが、さすがに本当に無駄ならば置いときはしまい。
何だかんだで権威を示す必要もある、といったところか。
視線を下ろせば、そこには一つで十人は優に座れるだろう木製の長テーブルがあった。
等間隔に木製の椅子が並べられており、その間隔は大分余裕がある。
それらが十組もあることから分かる通り、この場はかなりの広さだ。
食堂であった。
もっとも、その割にはこの場にはソーマ達三人しかいなかったが。
「さて、ま、とりあえずは適当に座ってくれていいよ。見ての通り今の時間は誰もいないからね」
「ふむ……今の時間は、ということは、他の時間ならばここを使っている者達がちゃんといる、ということであるか」
「無駄に金があることを誇示するための場所ではなかったのじゃな」
「確かにある程度の余裕はあるけど、さすがにそこまでのことをするほどはないさ。まあもっとも、ここで働いている人全員を一度にここに詰め込んだところで、半分も席は埋まらないだろうけどね」
「十分無駄なのじゃ」
ソーマ達が食堂にいるのは、何だかんだで時間が経ち、そろそろ昼食の時間という頃合だったからであった。
厳密には昼食にはまだ早い時間だが、人目を忍ぶためにはこの時間に来るしかなかったのである。
何故人目を忍ぶ必要があるのかというのは、この場に『三人』がいるという時点で明らかだろう。
「ま、必要のある無駄ってね。それよりも、今日の昼食は何だろうなぁ。楽しみだね? あ、そうそう、ここのご飯は結構美味しいから期待してくれていいよ? まあソーマ君は知ってるだろうけど」
「ふむ……というか、本当に食事を取るのであるな」
「二人には分かってるだろうけど、今のボクは受肉しているからね。栄養をしっかり取らないと動けなくなってしまうのさ」
「別に食事という形にしなくても貴様ならばどうにか出来る気がするのじゃが?」
「そりゃやろうと思えば出来るけどね。でもボクはそこまで無粋じゃないさ」
そう言って肩をすくめたサティアを眺めた後で、ソーマ達は顔を見合わせる。
こちらもまた肩をすくめたのは、その方が面倒がなかったのに、という意味だ。
そう、つまりはソーマ達が人目を忍ぶ必要があったのは、サティアが共に食事を取ろうなどと言い出したからであった。
ここには一般の信徒も多い……というか、大半がそうだ。
そんな者達に神が顕現していることを知られてしまったら、大混乱となってしまうのは確実である。
この世界でも、神が直接姿を現すなどということは普通起こることではないのだ。
そしてこれでもサティアは何だかんだ言っても本物の神である。
名乗らなければ分からないというレベルではなく、一般人だろうと一目で気付いてしまうような存在感を放っているのだ。
どう考えても面倒ごとが起こると分かっていながら、人目に晒すわけにはいかなかった。
「食事を取るだけならば、あそこに運んでもらえばよかろうに。我輩はそうしてもらっていたわけであるしな」
「なるほど、妙に興味深げにここを眺めていると思っていたのじゃが、ソーマもここに来たのは初めてだったのじゃな」
「そもそも彼はずっと部屋に篭ってたからね。まあ部屋っていうか牢屋なんだけど」
「はぁ……!? 牢屋って……貴様、ソーマを牢屋なんかに押し込めていたのじゃ……!? というか、ソーマも何故大人しく牢屋なぞに入っていたのじゃ! そんなもの簡単に壊せたじゃろうに!」
「いや、自分から入ったのに壊すのはまずいであろう」
今朝方ちょっと壊そうかと思いはしたものの、実際には壊していないからセーフだ。
そんなことを思っていると、何故だかヒルデガルドが目を見開き驚いていた。
「自分から入った、じゃと……? ソーマ、貴様何を考えているのじゃ……?」
「ちなみにボク達は最初普通に客室に案内するつもりだったんだよ? もちろんここで最も良い部屋にね。だけど頑なに牢屋に行くって言われたら断るわけにもいかないだろう?」
「場所が場所であるからな。魔王になったらしい我輩が下手な場所にいたら何やら厄介事に巻き込まれる気がしたのである。それで最もそういったことを回避出来そうな場所と言えば、やはり牢屋であろう?」
「どこら辺にやはりという要素があるのか分からんのじゃが……?」
「そうであるか? 今は使われていないという話であったし、適度に薄暗くて静かであったから、割と快適だったであるぞ? まあ寝る時だけはちょっとアレだったであるが、すぐ慣れたであるしな」
「結局こうなるんだから、最初から客室にいるべきだったと思うんだけどね。エレオノーラは随分と気にしていたみたいだし」
「それは結果論であろう? 最初は必要なことだけを聞いたらすぐに帰るつもりだったのであるから、それが最適解だったのである」
こうなることが分かっていたら確かに最初から客室に泊まっていただろうが、それは言っても詮無きことだ。
と、そこで何か気になることがあったのか、ヒルデガルドが首を傾げながら呟く。
「うん……? すぐに帰る気だったのじゃ?」
「ずっとそう言っていると思うであるが?」
「いや、確かに言われてみればその通りなのじゃが……」
「五日もここにいたのは、サティアのせいであるぞ? 我輩も少し待つように言われたものの、さすがにそこまで待つことになるとは思っていなかったのであるからな」
「いや、それはどちらかと言えばヒルデガルドのせいだと思うよ?」
「何故我のせいなのじゃ……!?」
「だってヒルデガルドがすぐに来てくれたら、ボクもソーマ君にすぐに会っていただろうからね。そのためにわざわざあんな手紙を……っと、そうだ、それで思い出した」
「手紙……? 手紙じゃと……? 待つのじゃ、貴様まさか……!?」
その言葉で何かに気付いたのか、ヒルデガルドが愕然とした表情を浮かべる。
それにサティアは笑みを浮かべ――
「ああ、うん、気付いたみたいだけど、一応言っておくと、アレはボクがキミにあてた『個人的な』手紙だよ? ああしておけばキミには絶対に届くだろうと思ったからね。まあちょっとボクが直接出すわけにはいかなかったから代筆ではあったけど……どうやら何か勘違いをさせちゃったみたいだね?」
「貴様……いけしゃあしゃあと……!」
「ふむ……」
状況はよく分からないが、どうやらヒルデガルドは何かをやらかしてしまった、ということのようだ。
そうなるように誘導させられた、というのが正確なのかもしれないが、結果から言えば変わるまい。
「いやあ、正直に言っちゃえば、ボクとしてはこの状況は本当に予想外なんだよ? キミのことだからすぐに来てくれると思ってたんだけど、まさか五日もかかるとは思っていなかったからさ。というわけで、キミはそのことを知らせる必要があると思うんだけど、どうかな? キミ達がどう動くのかは大体予想がつくからね」
「貴様……それでよくも勘違いなどとほざけたものなのじゃ……!」
「だって事実だからね。ボクは確かにキミ達の行動をほぼ正確に予測出来てるとは思うけど、それはそれとしてキミ達が勘違いしちゃったのは本当のことなんだから」
「っ……貴様、戻ったら覚えておくのじゃぞ……!? ソーマ、我は少しばかり席を外すのじゃが、すぐに戻ってくるのじゃ。だからソレの戯言をまともに聞くのではないのじゃぞ……!」
そう言うや否や、ヒルデガルドは食堂から駆け出していった。
おそらくだが、話から予測するに今から一旦ラディウスに戻るのだろう。
普通ならばそう簡単に行き来できる距離ではないが、ヒルデガルドが本気を出せば今日中には戻ってこれるだろう。
慌しいことに変わりはないが。
「ふむ……とりあえず一人減ってしまったであるが、食事の方は大丈夫なのであるか? 既に用意しているとなると無駄になってしまう気がするのであるが」
「いや、大丈夫さ。最初からボクは用意するのは二人分と伝えておいたからね」
「なるほど、ならば問題ないであるな」
そう言って頷くと、少し不思議そうな目を向けられた。
数度瞬いた後で、その首が傾げられる。
「……キミはボクを責めないのかい?」
「うん? 何故である?」
「ボクは要するに彼女達を嵌めたわけだからね。多少何かは言われると思ったんだけど……」
「別に我輩が何かされたわけでもないであるからな。それに言ってしまえば、騙されたヒルデガルド達が悪いだけでもある。騙される側が悪いと一概に言うつもりはないであるが、少なくともヒルデガルド達は騙されたらまずい側であるからな。なのにまんまと引っかかった以上は、我輩から言えることは何もないのである」
「へえ……面白いとは思っていたけど、予想以上に面白いね、キミは」
その言葉が本心からのものであるということは、細められた目と僅かに吊りあがった口元が示していた。
どうやら何やら興味をもたれてしまったらしい。
まったく嬉しくないのだが……。
「それは光栄ではあるが……まあ、こんな他人事のようなことを言っているのも、今はまだ何も起こっていないからであるしな。確かに騙されてはならない者達ではあるが……その結果として我輩の身内に何かがあれば、我輩は騙した者を許すつもりはないであるぞ? もちろん、それが神だろうが何だろうが、である」
「それは怖いね。ならば精々ボクも気をつけるとするさ」
睨みつけるように視線を向けるも、飄々とそんなことを言う姿に、息を吐き出す。
暖簾に腕押しというか、本当にトリックスター気質だ。
個人的には嫌いな性格ではないのだが、今はその相手をするよりも他にやることがあった。
「それで、わざわざヒルデガルドを追い出してまで、一体何の用である?」
「おや、そこまで分かっているとは、本当にさすがだね。ま、ボクの用件は一つだけさ。キミには報酬の件について詳細を伝えていなかったからね」
「ふむ。ということは、つまり……」
「うん。キミが望むことというのは、やっぱり魔法を使えるようになること以外にないだろう? そして本当にそれが可能なのかが分からなければ、キミの気分も乗らないだろうからね。だからボクは、ボクの与えるものによってどうしてキミが魔法を使えるようになるのかを教えようっていうのさ」
そう言ってサティアは、笑みを深めた顔をソーマへと向けてきたのであった。




