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裁定者と正史 その3

 視界に映し出されたものを眺めながら、リナは思わず溜息を吐き出していた。

 そこにあったものが、あまりにも予想通りのものであったからだ。


 空を覆い尽さんばかりに広がった漆黒に、そこから垂れ下がる赤。

 赤の部分は随分と小さく見えるが、それはただの目の錯覚である。

 漆黒が大きすぎるが故に、小さく見えてしまうだけなのだ。


 それを証明するかのように、赤が地面へと接触すると同時、凄まじい轟音が響いた。

 踊る爆炎は周囲のものを軽く飲み込み、悉くを灰燼と化していく。

 それが暴れる様は、まさに天災の如しであった。


「確か、邪龍、でしたか……まあ、予想通りだったのです。話を聞いた時には兄様がいながら何故と思ったものですが……兄様がそもそも存在していないというのであれば、むしろ納得するしかない結果なのです」

『ふむ……予想されていたというのは分かっていたが、思っていたよりもショックは受けていないようだな』

「ショックって……何でなのです? そういえば、さっき二番目に辛いとかも言ってたですが?」

『うん? 違ったかね? 故郷が蹂躙され、母君が殺される光景というのは、相応にショックを受けるかと思ったのだが』


 確かにそれは、否定出来ないことである。

 ショックをまったく受けないと言えば、嘘になるだろう。


 だがこれが正史だと言われたところで、目の前でその光景を見せられたところで、これは実際に起こった出来事ではないのだ。

 ならば、心の準備さえ出来ていれば、それほど気にするようなことではなかった。


『……なるほど、そういうものなのか』

「いえまあ、わたしが薄情なだけかもしれないのですが」

『……いや、私が考えすぎていただけなのだろう。精神性を人に似せたとはいえ、所詮意識だけの存在であり、人そのものではないのだからな』


 それは多分、こちらに気を使ってくれたのだろう。

 以前もう一人の自分がウーさんは優しいなどと言っていたが……なるほど確かにその通りのようだ。

 スパルタであることに違いはないものの、それも間違いではなかったらしい。


 とはいえ、他に言い方はなかったものかと、思わなくもないが。

 どうやら不器用でもあるらしいと、小さく苦笑を浮かべた。


『ふむ……何やら不本意な想像をされている気がするのだが?』

「気のせいなのです。それよりも、ちょっと気になる事があるのですが……さっきどうして母様の名前だけ出したのです? そこは両親と言うべきだと思うのですが……言い間違いなのです?」

『うん? いや、間違いではないが……ああそうか、そういえば、その説明はまだしていなかったな。彼女も最初はそのせいで勘違いをしていたのだった』

「はい? 何がなのです?」

『そうだな……まず結論から言ってしまうが、この時アレに殺されてしまったのは、君の母君だけだ。父君の方は、ここにはいなかったからな』

「え? それは……確かに有り得るのかもしれないのですが、それだと色々とおかしくなっちゃわないのです?」


 クラウスがベリタス王国との前線に出ていたからこそ、ラディウスはまともに攻められることがなかったのだ。

 その要であるクラウスがいなかったら――


「……いえ、単純にこの時は偶然いなかった、ということなのです? たとえば、何らかの用事で別の場所に行かなければならなかった、とか」

『いや、そういうことではない。君の父君は最初からここにはいなかったのだ。少なくとも、アレに滅ぼされたこの近辺に近付くことは十年以上はなかったはずだからな。この頃は、確かリプカとの国境近くで相手国の兵達と睨み合っていたはずだ』

「リプカ……なのです?」


 それは有り得ない話であった。


 リプカはベリタスの南に位置している、亜人種の国の名だ。

 当然ながら、ラディウスとは国境を接していない。

 必然的に国境近くで睨み合うことは出来ないし、そもそもラディウスとリプカは敵対していないのである。

 そうする理由もなかった。


『まあだから、それが君にまだ説明していなかったことだな。実は本来ならば、ラディウスという国はとうになくなっているはずなのだ』

「……はい? え、どういうことなのです?」

『そのままの意味だよ。反乱を起こし国を興したところまでは流れとしては同じだが、そこから一年も経たないうちにベリタスに攻め滅ぼされてしまったのさ』

「ど、どうしてなのです……? 母様や父様はいたのですよね?」

『さて、私も詳細を見ることが出来るわけではないので断言は出来ないのだが……どうにも軍師となる立場の人間が欠けていたようだな。局所的には上回ることが出来たが、全体では負けを重ね、ついには降伏せざるを得なかったらしい』


 それは信じられないものではあったが……わざわざ嘘を言う必要がない以上は、本当のことなのだろう。


「むー……正直に言って、目の前の光景よりそっちの方がショックだったのです」

『ふむ……そうか、そこまでとは。やはり私には人の心の機微というものは難しいらしいな。ともあれ、そういうわけでここには君の母君しか残っておらず、当然のようにそれではアレの暴威に逆らうことは出来ない。途中からは覚醒した彼女も抗おうとしていたんだが……抗えていたと言えるかは何とも言えないところだろうな』

「ですが、勝ったのですよね?」

『勝ったには勝ったが……どちらかと言えばアレの自滅だと言うべきだろう。自滅しなければ、正直あの時点での彼女には勝ち目がなかっただろうからな』

「それほどだったのですか……」


 こうしてその暴威の程を目の当たりにすれば、それも納得出来る話ではあるのだが……ソーマが割とあっさり倒したということを聞いていたため、それほどだとは思っていなかったのだ。

 完全体ではなかったということだから、そのせいなのか――


『いや、私も彼女の目を通して見ていたが、あれは君の兄君が規格外なだけだ。あれほどの存在がいるのならば、なるほど確かに彼女は必要ないだろうよ』

「さすが兄様、ということなのですね!」


 そんなことを話している間も、邪龍の暴威は続いているのだが、あまりのスケールの違いからか、思っていた以上にリナはそれに何も感じなかった。


 というか、どちらかと言うならば物見の気分だ。

 景気良く壊してるな、としか思えない。


 話によれば、ラディウスだった場所はすべて焼き尽くされ、草木も生えない状態だったらしいが……と、そこまで考えたところで、ふとリナはそのことに思い至った。


「そういえば、ラディウスが攻め滅ぼされてしまったということは、学院とかもなかったのです?」

『無論だ。そもそも王都自体がないからな。建物等は残され、ラディウスの王族だった者達はそこで奴隷同然……いや、奴隷のがマシと言えるような生活を送っていたらしいが……まあ、この話はここで止めておこう。聞いたところで愉快になるようなものではないからな』

「……そうして欲しいのです。……ちなみに、なのですが……その人達は……」

『邪龍によって焼き尽くされたようだな。ああ、正確には一人焼け残り、そのためその人物の能力を彼女が受け継いだりもしたのだが……出来ればそれはあまり語りたくはない』

「え、どうしてなのです?」


 正直意外だった。

 そんなことを言うことがあるとは思わなかったのだ。


「もしかして、役に立たなかった、とかなのです?」

『いや、物凄く役に立ったさ。特にその後の彼女にとって、それはなくてはならないものだった。だがそのせいで……いや、これはまだ止めておこう。どうせ後で触れることになるのだからな』


 とりあえず、喋りたくないということは分かったので、それ以上は聞かないことにした。

 というか、そもそも聞きたかったのはそういうことではないのだ。


「学院がないということは、学院長さん……ヒルデガルドさんもいなかった、ということなのですね」

『ああ……それもまた、君に伝えていないことの一つだな』

「……へ?」

『ヒルデガルド・リントヴルム。ソーマ・ノイモントと同様、正史には存在しないはずの者だ。そして今の私達のいる世界で、ラディウスが攻め滅ぼされることのなかった最大の要因だと私は思っているが……まあ、それほど重要なことではあるまい』

「いやいや、凄い重要なことじゃないのです……!?」


 ヒルデガルドがソフィア達と知り合いということは分かっていた。

 学院は王国建国時とほぼ同時に作られたという話でもあったし、確かにそれならば辻褄が合う。

 凄い人だとは分かっていたが、重要人物でもあったらしい。


 と、リナは思ったのだが――


『いや、実際重要ではない。ヒルデガルド・リントヴルムがいようといまいと、所詮変化があるのは細部でしかないからだ。その程度のことならばよくあることでしかなく……ソーマ・ノイモントの問題とは、まったくの別問題なのだよ。敢えて話さずにいたのも、話さずとも問題はないからだからな。言われなければ話すことはなかっただろう』

「むー……些細、なのです? 全然些細じゃないと思うのですが……」

『国の盛衰などよくあることだろう? 特にラディウスは小国だ。あろうとなかろうと、大局には影響しない』


 実際その通りなのかもしれないが……故郷をあってもなくてもどうでもいい場所だと言われれば、さすがに気分はよくない。

 頬を膨らませ不機嫌になってしまうのも仕方のないことだろう。


『……すまない。無神経なことを言ってしまったようだ』

「……はぁ。まあいいのです。事実ではあるみたいなのですし。そこで自虐っぽいことを言って自己肯定を図ろうとしたら許さなかったのですが」

『……気をつけよう。そしてどうやら、あちらも終わりのようだ』

「みたいなのですね」


 言いながら視線を向ければ、ちょうど空から落ちてきた巨大な漆黒が、真っ二つに斬り裂かれたところであった。

 それはまるでソーマのようで、思わず感嘆の息が漏れる。


「おお……やるのですね。今のわたしでもあれが出来るかは正直自信がないのですが……」

『まあ、アレは色々な力を受け継いだことによる複合だからな。ここでもかなりの力を引き継いだし、君が出来なくとも仕方ない』

「同じ自分なのに、と考えると少し悔しい気もするのですが……ところで、これで本当に終わりなのです?」

『そのつもりだが……何か不都合でもあったかね?』

「不都合はないのですが、先ほどとは色々と違ったな、と思ったのです」


 先ほどのは全てが終わった後の『リナ』の様子を、近くから見るというものであった。

 それが今回は、事の途中から、しかも遠く離れた場所からの観察だ。

 さすがにちょっと趣が違いすぎるだろう。


『まあ、先ほどとは君に見せようとしていたものが違うからな。確かに少し違和感を覚えるかもしれないが、これで問題はない』

「んー、まあ、いいと言うのでしたら、わたしも問題ないのですが」

『そうか。では、次へ行くとしよう。次とその次は、少々あっさりだと感じるかもしれんがね』


 そんな言葉と共に、視界が暗転する。

 そして直後に、次の光景がリナの目に飛び込んできたのであった。

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