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裁定者と正史 その2

 黙々と土を掘り進めていたのは、僅かに残された敬意からであった。

 幾ら魔族と呼ばれていようとも、こんな場所で一人吹きさらしのまま放っておかれる謂れはないだろう。

 それはあまりにも、悲しすぎる。


「……ま、そんな資格が私にあるのかは、分からないですけどねー」


 彼女が死ぬことになった原因の半分程度は自分にある。

 そのことをリナはきちんと理解していたし……そもそもの話、彼女の死を悼むほどの交流はなかったのだ。


 会ったのは今回で三度目で、名前だって今日初めて知った。

 もしかしたら、もっとちゃんと話していれば、友達になれたかもしれないけれど……それも、今更すぎる話だ。


 彼女――アイナは死んで、自分はその力を貰った。

 そしてそのおかげで自分はアレに勝てて、だからこそ今がある。


 それだけのことであった。


「さて……こんなところでいいですかねー」


 ある程度の大きさの穴が出来上がったところで、リナは満足げに頷くと、立ち上がった。

 これからアイナの遺体を、ここに運ばなければならないのだ。

 身体はどちらかと言えばアイナの方が大きいので、少し運ぶのは大変ではあるが、言ってもいられない。


 誰に言われたのでもなく、自分で決めたのだ。

 ならば、やらなくてはならないだろう。


 そんなことを考えながら歩き出そうとし……ふと、リナは首を傾げた。

 誰かに見られているような気がしたのだ。


「ウーさんですかー?」


 尋ねるように呟いてみるも、反応はなかった。


 とはいえ、疲れたから一時休む、とか言っていたので、それ自体は不思議ではない。

 不思議なのは、それなのに相も変わらず消えることのない、この視線だ。

 近くから見られているような気がするのに、遠くから見られているような気もする。


 だが嫌な気配などは感じないので、放っておくことにした。

 それに今はそんなことよりも、早く弔わねば。

 一人が寂しいことに変わりはなくとも、野ざらしでいるよりはマシに違いない。


 そう思って、リナはアイナの遺体を安置しておいた瓦礫の影へと足早に向かうのであった。







「……趣味悪いのです」

『そうかね? というか、別に私の趣味でやっているわけではないのだが……何度も言っているが、これは君に現状を理解させるためのものだ』

「……本当にそれだけなのか、正直怪しいのです」


 そんなことを言っている間に、物陰から何かを運んできた『リナ』が戻ってきた。

 その身体はボロボロであり、両腕に抱えられたアイナ……と思しき遺体は、さらにボロボロだ。

 顔は原型を留めていないほどであり、状況を把握していなかったら、誰だか分からなかったかもしれない。


「……兄様があの時助けに来てくれなかったら、私達もこうなってたかもしれない……いえ、こうなってた可能性が高いのですね……」

『……ふむ、その認識は正しくもあり、間違ってもいるな』

「……? どういうことなのです?」


 そういうことで間違いないはずだ。

 あの時ソーマの助けが間に合わなかったら、アイナは殺され、しかしリナが覚醒しアイナの力を得ることで、アルなんちゃらを倒す。

 それが先ほどから言われている、正しい本来の姿、ということではないのか。


『とりあえずそれを話す前に、先ほどの君の疑問について答えよう。答えは、分からない、だ。こうなったかもしれないし、ならなかったかもしれない。実際あの時彼女は目覚めていたようだから、こうなった可能性はそれなりにあるが、かといってこうならなかった可能性もまたそれなりにあるわけだからな』

「んー……? どういうことなのです? そこからさらに、本来辿るべきだった流れから外れる可能性もあるということなのです?」

『それもまた正しく、同時に間違っている。未来は不定であるから、正史というのはあくまで最も辿る可能性の高い未来という話でしかない。些細なことが切欠で変わることは確かに十分有り得……だが私の言っていることはそうではなく、それ以前の問題なのだよ』

「それ以前なのです……?」

『ああ。君はどうやら君の兄君が助けに来れたか否かを未来の分岐点と考えているようだが、そうではないんだ。何せ正史の中では、彼はそもそも存在しないはずなのだからね』

「……はい?」


 言っていることの意味が理解出来ず、リナは一瞬思考が停止した。


 だってそうだろう。

 ソーマがいなければ今のリナはいないだろうと思えるぐらい、ソーマはリナの人生に深く関わっている。

 なのに本来はいるはずがないとか言われたところで、信じられるわけがない。


「……もう一人のわたしも、そんなことは言ってなかったのです」

『彼女の知識は、私が教えていることが元だ。私が教えていないことは、当然彼女も知らないさ。色々と不思議に思ったり、疑問に思ったりはしていたようだがね』

「どうして教えなかったのです?」

『確信が持てなかったから、というのが最大の理由だな。君も知っての通り、私は運命を司る神と同じ名を与えられ、末席ながらほぼ同等の権限も与えられている。だが私の権限が通用するのは、あくまでも正史に対してだ。私は現在よりも過去に位置する正史の過去しか覗くことは出来ない。未来に何があるのか分からない以上、不確定要素のことはあまり教えるべきではないと思ったのさ』


 その話は、一応理に適ってはいた。

 ただ、それでも幾つか疑問はあったが――


『なに、確かに幾つか敢えて語っていないことはあるが、それもこの先に進むうちに話すことになるだろう。その時になってから語った方が混乱が少ないだろうと思っているから黙っているだけで、語るつもりがないわけではないからな』

「……それならばいいのですが」


 実際のところはまったく納得出来ていなかったが、一先ず納得するしかないだろう。

 最後までいっても納得出来ないままだったら、その時に考えればいい。


 と、そんな話をしている間に、視線の先では『リナ』がアイナの埋葬を終えていた。

 その後姿を眺めていると、何とも言えない気分になる。


「……とりあえず、物凄く気分が悪いのですが? 色々な意味で」

『今までも似たような場面は幾らでも見て来ただろう?』

「顔も知らないような人と友達が一緒なわけがないのです……! しかも、わたしもいるのですし……!」

『それはそうだろうが……すまんが、慣れてくれとしか言えんな。この程度、まだ序の口なのだからな』

「やっぱり趣味悪いのです……!」


 だから趣味ではない、などという声が聞こえるが、聞く耳持つ気はない。

 大体何をしようとしているのかは理解しており、つまりこれから先も本来の辿るべきだった正史とやらを見せるつもりなのだろう。


 そしてこの次に見ることになるだろう光景は、予想が付いている。

 それに関しても彼女に聞いており、どう考えても今回以上に胸糞が悪くなるのは確定しているのだ。


 そんなものを自分のためと言いつつも見せようというのだから、趣味が悪いことに変わりはなかった。


「って、あれ……!? どういうことなのです!?」


 だがその前に、驚くべきことが起こった。

 まだ次の場面へと移動してはいないのだが……埋葬を終えた『リナ』が立ち上がると、その髪の色が変わり始めたのである。


 自分と同じ色をしていたそれが、赤みを帯び始め、紫に近い色へと変わったのだ。

 本人はまだ気付いていないのか、特に反応してはいないが、リナは目の前で変わるのを目にしたのである。


 今までこんなことが起こるなど聞いたことがなく――


『魔導スキルを取り込んだ影響だ。しかも上級あたりならばまだしも、特級だからな。髪や瞳の色に影響が出るのは、当然だろう』

「……そうなのです?」


 初耳であった。

 いや、髪や瞳の色が使用出来るスキルや才能に関わりがあるという話は聞いたことはあったものの、ここまで断定して聞いたことはなかったのである。


『ふむ……そういえばそうだったか。まあ、それが分かったからといって別に何があるわけでもない。そういうものだと思っておけ。そもそもそれを言い出したら、死者から能力を継承する、などという話も聞いたことはないだろう?』

「……確かに、なのです」


 自分もその力を使えるらしいが、使ったことはないし使いたいとも思えないので、意識したことはなかった。

 だが言われてみればそれも、人類の裁定者などというものも、聞いたことはなかったのだ。


 ならばそういったことも、有り得るのだろう。


『それに先ほども言ったが、この程度はまだ序の口だ。あまり驚いてばかりいると、もたないぞ?』

「別にわたしはそれでも構わないのですが……」


 しかし、疲れたと言っても止めてはくれないのだろう。

 まったく、彼女に聞いていたのとはまったく違い、随分とスパルタのようである。


『彼女は何だかんだで役目を果たそうとはしていたからな。扱いが変わるのは当然のことだろう?』

「はいはい、その通りなのです。それで、まだこれ見てるのです? もうさすがに見るものないと思うのですが」

『まあ、そうだな。では、ご要望通り次へいくとしようか。おそらくは君にとって、二番目に辛いだろう光景を見に、な』


 そんな言葉が聞こえた瞬間、リナの視界は暗転した。

 そしてそれからすぐに光を取り戻すと、次の光景が見えてきたのであった。

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