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王都と過去と その3

「というわけで、やっぱりシルヴィアが最高の娘だと思うんだけど、シルヴィアはどう思うかな!?」

「とりあえず、折角聞こえていないフリをしてるんだから、こっちに振らないで欲しいかなぁ……」


 というか、それにどう答えろというのか。


 なんか今日は父に対する印象が一気に変わったというか、今まで抱いていたイメージが音を立てて崩れたという感じだが……それはきっと悪いことではないのだろう。

 元より接しやすくはあったものの、より接しやすくなった気がするからだ。

 今日は手が空いていたために偶然ここの手伝いをすることになったのだが、来てよかったかもしれない。


 もっともそれはそれとしてやはり恥ずかしいことに違いはないし、既に昼食は食べ終わってしまっている。

 仕方がないので溜息を吐き出すと、強引に話題を転換するというか、戻すことにした。


「ところで、さっきの話はもう少し詳しく聞いてもいいの? 駄目なら大人しく諦めるんだけど」

「うん? さっきの話ってどれのことだい? 君を褒める話は幾つもしたわけだけど……」

「そうじゃなくて! 魔族の国の話!」


 そこに話を戻すと、さすがに一瞬三人の様子が止まった。

 食事の手も止まり、互いに視線を交わしているのは、おそらくそれで簡単なやり取りをしているのだろう。

 話して良いのか、という類のものであるのかは間違いがなく……しばしの間を空けてから、アレクシスはゆっくりと首を縦に振った。


「……そうだね。さすがに全部は話せないけど、ある程度なら構わないかな? ここで手伝いをする以上、君の耳にもある程度は入ってくるだろうし」

「え? ワタシはお母様達の代わりのつもりだったから、手伝うのは今日だけだと思ってたんだけど……」

「んー、勿論それは強制じゃないんだけど、そっちはもう手伝うことがないんだろう? ならこっちは、まあ知っての通りだし、手伝ってくれると嬉しいかな? 当然学院が休みの日とか、君の都合の良い時だけで構わないけど」


 とうに学院が再開した今、当然と言うべきかシルヴィアは学院へと戻っている。

 それでも王都が復興しきったわけではないため、学院が休みの時には復興の手伝いをするためにこちらへと戻っていたのだ。


 しかし手伝いでしかない以上、シルヴィアでは手を出せないことも出てくる。

 先に言った今日は手が空いていたというのは、既に街の方ではシルヴィアに手伝えることがなくなってしまったということであり、アレクシス達の手伝いをしていたのはそのためなのだ。


 とはいえもっと直接的な原因は、母達が街へと慰問に行ってしまったため、こっちの手が足りなくなってしまったからではあるが。


「そうだなぁ……うん、こっちはこっちで大変そうだしね。しばらく手伝うっていうのは、構わないかな?」

「そっか……よかった。助かるよ」

「ちょっと手伝っただけでも分かったけど、これも復興のために必要なことみたいだしね。それに……手伝わないと、耳に入ることもないだろうってことで、話の続きを聞けなそうだし」

「いや……別に、そういうつもりじゃなかったんだけど……」


 だが断っていたら、そうしていた予定だったのだろう。

 半目を向けるとアレクシスはそっと視線を外し、そんな自分達のことを眺め、ソフィア達は笑っていた。


「さて、それじゃあ国王陛下のお許しが出たことだから話そうと思うけれど……何が聞きたいのかしら?」

「えーと、そうですね……結局のところ、魔族の国が出来ることは決定ってことでいいんですか?」

「……そうね、そういうつもりでいてくれて問題ないと思うわ。少なくとも私達はそのつもりで動いてるし、アレクシスが忙しいのは主にその根回しのためだもの」

「その……大丈夫なんですか?」


 魔族の国が出来るということでどれだけの問題が起こりえるのかは、シルヴィアでさえも幾つも思いつく。

 実際にはその何倍もあるのだろうし、ラディウスはそこと接することにもなるのだ。


 実質的には今までと同じとはいえ、色々と変わることも出てくるだろう。


「……大丈夫か否かで言うならば、何とも言えないところだな。だがこちらにも利が多い。あいつと友人であることや、こちらに弱みがあることを考慮の外に置いたとしても、その方がいいと判断したからこそのことだ」

「そうですか……まあ、今更ワタシが言うようなことではありませんでしたか」

「まあ、心配になるのは分かるけどね。実際発表されたら、この国の中でもかなりの反対の声が上がるだろうことは想定の上だし」

「魔王に襲われて王都が半壊したばかりだものね。そんなものがいた場所が国を新しく作ると言われて賛成するようだったら、逆に心配になるわ」

「ですよねえ……」

「あいつも魔王が復活しここを襲ったと聞いて大分焦ったらしいからな」

「だけど彼はそれを奇貨とすることにしたらしい」

「奇貨……?」


 言われた言葉に、シルヴィアは首を傾げた。

 意味が分からなかったのではなく、その状況をどう利用するのかがわからなかったのだ。


「うん。彼はここに攻め込んできた魔王を、独断で行ったとすることにしたんだ。まあすることにしたも何も実際その通りなんだろうけど……ただしその魔王を自称魔王とし、さらには自分とは敵対していた相手とすることにもした」

「一応全部その通りではあるのよね……ただ、言葉を少しだけ変えたりしているけれど」

「ああ。アレクシスが面倒事を丸投げされる際、よく使われてた手だな」

「なるほど……実績は十分あるってことなんですね」

「ドサクサに紛れて僕のことを下げようとしないでもらえるかな? ともあれ、彼はそんな相手とは敵対していたことと、二度とそういったことがないようにするため、国を作るということにしたんだ。そういった者が出た時に、厳格に対処出来るようにするためにも」

「んー……言いたいことは分からないでもないけど、それって上手くいくのかな?」


 シルヴィアは王族とはいえ、新興国の半ばなんちゃってだし、所詮は学院生でしかない。

 知識も半端なものしかないが、それでもそれで上手くいくとはちょっと思えなかったのである。


 そしてそれに同意を示すように、アレクシスも頷いた。


「まあ、上手くいかないだろうね。所詮建前だし」

「え? じゃあ駄目なんじゃ……」

「上手くいかないからこそ、私達が根回しとかを必死にやっているのよ。上手くいくのならばその必要もないもの」

「……なるほど? でもじゃあ、建前も必要ないんじゃ……?」

「いや……一応それらしいものを用意した方が、相手も納得しやすいからな。正確には、納得したと周囲に示しやすくなる。それならば、と言いやすいものであればあるほどにいい」

「それって、茶番って言うんじゃ……」

「国家間で公になるものなんて、大半が茶番だよ? 互いに利益があるからこそそうするんだしね。むしろそういう意味では、納得しやすいものの方がより警戒すべきかな。裏でどんな取引がなされた結果なのか読みづらいからね」

「国って汚いなぁ……」


 溜息を吐き出すものの、シルヴィアもどちらかと言えば国を尊重しなければならない方の立場なのだ。

 ここで終わらせてしまうわけにはいかない。


「……ちなみに、それを認めることでラディウスが得られる利益って、何があるの?」


 そこで三人が、お、という顔をしたのは、シルヴィアが自分の立場を理解しているということを把握したからだろう。

 まだ自分が子供だということは分かっているため、仕方なくはあるのだろうが、それでもそういう反応をされてしまうと思うところはある。


 ちょっとムッとしたのが顔に出てしまったのか、アレクシスが苦笑を浮かべながら説明をしてくれた。


「そうだなぁ……分かりやすく今言えるのだと、ドワーフ達のことがあるかな?」

「ドワーフって……一年以上前に来た、あの鍛冶師とかの人達のこと?」

「そうだね。彼らは本来、あんな風に気軽に来れる人達じゃないんだよ。彼らがどれほどの腕なのかは、君も知ってるよね?」

「うん……ソーマ君が打ってもらったっていうのを見たことあるし」


 あれは本当に凄いものであった。

 剣に造詣の深くない自分でも一目で分かるほどのものだったのである。

 あれこそが超一流の仕事というものなのだろう。

 他にも分野こそ違えど、似たような腕の人達だということは聞いている。


 だがそんな人達が気軽に来れないとはどういう意味なのだろうか。


「あんな人達に各国を気軽に歩かれてしまったら、大問題になるわ。本人達にその気がなくても、ね。だから普通は国家が手放さないし、勝手に引き抜こうとすれば……そうね、かつてのベリタスあたりならば、これ幸いと嬉々として戦争を始めようとするんじゃないかしら?」

「え、そんなことで?」

「……彼らの腕にはそれだけの価値があるということだ。そして俺達が彼の国の建国を認めれば、それを問題なく出来る程度の建前にはなる」

「勿論他にも色々うちがもらえる利益はあるんだけど……他のことに関しては追々かな? 今のもまだよく分かってないだろうしね」


 その通りではあった。

 何故そういうことになるのか、まるで分かっていない。


 だが三人が納得しているということは、知識さえあれば分かることなのだろう。

 シルヴィアにはまだまだ足りていないということである。


「うーん……やることが沢山だなぁ」

「ま、少しずつ頑張ればいいさ。僕達だって最初から全部分かっていたわけじゃないし、今も分からないことは多いんだからね」

「お父様達も?」

「元々建国当時にその類の知識を持っていたのが、私とテレーシアぐらいだったもの。しかもそれは所詮貴族のそれで、さらに経験はない。それでもこうしてやっていけているのだから、何だかんだでアレクシスは頑張っているとは思うわよ?」

「……それを支えているテレーシアやオリーヴィアは、もっと大変だと思うがな」

「うっ……それを理解してるから、今日は二人に慰問に行ってもらったんじゃないか。二人の休養も兼ねて」

「でもそのせいでこっちの手が足りなくなって、シルヴィアちゃんに手伝ってもらうことになったのよね?」

「しかも先ほど、あくどい手でこれから先も手伝わせることを確約させていたな」

「うっ、だ、だからそれは――」


 そんな風にじゃれるように言い合っている三人を眺めながら、シルヴィアはなるほどと納得していた。

 二人の母がどうして今日慰問に行ったのかと思っていたのだが、そういうことだったのか、と。


 ついでに言うならば、その口調などから考えると、ソフィア達は二人の母ともそれなりに仲がよさそうであった。

 もっともこちらに関しては、やはり、と言うべきかもしれないが。


 というのも、目の前の三人と、シルヴィアの産みの母であるオリーヴィアは、元々同じパーティーにいたという話を聞いたことがあったのだ。

 所謂魔王討伐隊の一員として、である。

 そしてその道中で、アレクシスとオリーヴィアは恋人同士となっていた。


 テレーシアとも、その旅の途中で出会ったらしい。

 とてもロマンチックな、というのはテレーシア談だが、その話は割愛する。

 テレーシアによって美化されているのか、非常に胸焼けしそうになるものだからだ。

 このままラディウスが無事続いていくとするならば、建国神話として語り継がれることになるのかもしれないが……シルヴィアには関係のないことなので好きにしてくれればいいと思う。


 ともあれ、そういうことなので、ソフィア達とも面識があるのは自然なことである。

 ここで会うこともあるし、何よりも建国時に色々と大変だったようなので、そのことで仲が深まることともなったのだろう。


 とはいえ結果的に言ってしまえば、最も深まったのはアレクシスとテレーシアということになるのだろうが。

 何せラディウス王国の国王と王妃なのだから。


 そう、ラディウス王国建国当時も恋人同士であったにも関わらず、アレクシスとオリーヴィアが結婚することはなかった。

 するわけにはいかなかったからだ。

 何故ならば国王となるのに相応しい人物はアレクシスしかいなかったが、アレクシスが王となるには絶対的に家格が足りなかったのである。


 アレクシスは反乱の纏め役ではあったが、中心人物ではなかった。

 中心人物はイオリ達であり、だがそのイオリ達は反乱が成功したのを見届けるとひっそりと姿を消したのだ。

 魔王を討伐するため、その事実を誰にも告げることすらなく。


 しかし何であれ中心人物がいなくなってしまったことに変わりはなく、ただの纏め役が王となるには家格が足りない。

 対外的にそれでは説得力が足りなかったのである。

 だからこそ、貴族の妻をもらいうける必要があったのだ。

 元はその周辺を支配していた者の娘である、テレーシアを、である。


 つまりアレクシス達が結婚したのは半ば政略結婚であり……とはいえそれが意に沿わないものであったならば、きっとシルヴィアが胸焼けしそうになることはなかっただろう。

 本人達も割と乗り気だったわけであり、特に問題にはならなかった。


 むしろ問題となったのは、当然と言うべきかオリーヴィアのことである。

 もっともオリーヴィアとしては気にしなくていいと言っていたらしいが、どちらかと言えば納得していなかったのはテレーシアだ。

 こんなことで二人の仲が引き裂かれるなんて我慢ならない! とか言ったらしく、アレクシスとオリーヴィアの手を取り、これからは三人で暮らします! とか言い放ったとかいう顛末は、実に彼女らしいものである。


 ただ、それでもオリーヴィアは、夫人の座にだけは絶対につかなかったという。

 政争の具と出来るものであるから、と。

 そこは頑なだったため、仕方なく愛人として囲うことで納得し、その果てにシルヴィアが生まれることとなった、ということである。


 とはいえ、十年以上経っても第二夫人の座に誰かがつく気配はなく、また愛人とは言っても今日のように二人して慰問に出かけたり、普段もよく一緒にいたりするので何か意味はあるのかと思ったりはするのだが……そんなものだろう。

 よかれと思ってやったことが空回りしてしまうことなど、よくあることである。


「あ、そ、そうだ、シルヴィア、そっちで処理してもらってた書類に、何か興味深いものとかあったりしなかったかい? あとで纏めて聞くつもりではあったけど、ちょうど今時間空いてるしね。うん、時間は有効活用しないと」


 どう見ても二人相手に分が悪くなってこちらに話を振ったようにしか見えないが、そう言われてしまったら答えないわけにはいくまい。

 呆れたように肩をすくめているソフィア達の姿を眺めながら、苦笑を浮かべつつ、さて何か話すようなことはあっただろうかと記憶を探る。


 当然と言うべきか、シルヴィアが確認していた書類は、シルヴィアが見ても問題ないように予め分類されていたものだ。

 その大半が報告書であり、国王に報告すべきようなものはほとんどない。

 ただ、だからといって読んでいて面白くなかったというわけでも、またなかった。


 その一つ一つを読んでいるだけでも、復興が進んでいるというのがよく分かるし、中にはシルヴィアが手伝った記憶があるのも存在していたのだ。

 順調に進んでいたり、終わったのを知るのはとても嬉しいものであった。


 そんなことを思い出しながら、どれを話したものかと考える。

 どれも国王に話して意味のあるものではない。


 だが、アレクシスが言ったのは、興味深いもの、である。

 ならばその通りのものを、話すべきだろう。


 どれが最も合致するだろうかと考え……決めた。


「うーん、そうだね、ワタシが興味深いと思ったのは――」


 そうしてそれを聞かせるべく、シルヴィアはその口を開くのであった。

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