王都と過去と その2
昼食の準備が整っていく光景を横目に、アレクシスは先ほどの話を再開させた。
遠くを見つめるような目なのは、つい先日の出来事を思い出しているからだろう。
「というわけでまあ、さっきの話の続きだけど……うん、僕が言ってたのは、イオリのことだね。君の想像通りだったかな?」
「うん、想像通りではあったんだけど……同時に、意外でもあるかな?」
「……? そう? むしろその発言の方が僕は意外なんだけど……」
「あ、でもそうね、考えてみたらシルヴィアちゃんがイオリに会ったのは、彼がここに来た時だけだもの。あの時の様子から考えるならば、確かに意外、という形になるんじゃないかしら?」
「……ふむ、確かにそうだな。だがそうなると、何故あいつだと思ったんだ?」
「何となくなんですが、父が苦手そうにしてたから、ですね。だからそうなのかな、と思いまして」
「言われてみればそう……だったかしら?」
「……正直なところ、いつも通りにしか見えなかったからな」
言葉と共に、ソフィア達も遠くを見るような目になったのは、やはりその時のことを思い出しているからだろう。
それにならうように、シルヴィアもまたあの時のことを思い出す。
今から一月ほど前のことだった。
魔王が王都を襲撃してから、早くも三年が経とうとしていた。
王都の復興は大分進み、それなりの数の人々が王都に戻り始めている。
中にはまた同じようなことがあるのではないかと考え、怯えている者もいたものの、大半の者達は気にしていない。
むしろ、そんな馬鹿なと、笑い飛ばす者がほとんどだ。
それが可能だったのは、そんなことがそうそうあるわけではないと皆が知っていたのと、王都が半壊したとはいえ、その魔王を撃退することが出来たからである。
魔王討伐隊としてベリタスを出発した者達は、途中でラディウスを建国することになったものの、それは魔王相手に怯んだからではない。
事実魔王が襲撃してきたものの、返り討ちにしたことでこれを証明した。
そんな宣伝を大々的に行うことにより、民の安心感を勝ち取ったのである。
もしまた同じようなことがあったとしても、きっとまた撃退してくれるだろう。
そう思わせたのだ。
それは間違いではないが、同時に間違いでもある。
だがそれが間違っているということを直接的に知っているのは、五人だけだ。
ならばその五人がそういうことにしてしまえば、それが真実になる。
とはいえ、そんな厚顔無恥なことを言い出したのは、アレクシスではない。
ソフィアでもなければクラウスでもなく、当然シルヴィアでもない。
ソーマ自らがそういうことにしようと言ったのであった。
もっとも、アレクシス達はそれを素直に受け入れたわけではない。
どちらかと言えば、拒否した方だ。
それはソーマの功績だし、自分達にそれを受け取る権利はない、と。
しかしソーマは、自分のことを考えるならば、尚更受け取って欲しいと言ってきたのである。
その意味するところは、すぐに分かった。
確かにそれは、かなりの功績となるだろう。
英雄と持て囃されるに、十分なものだ。
だが言ってしまえば、ソーマには既にそれは必要ないのである。
未だ公表されてはいないものの、邪龍を退けたという実績がソーマにはあるからだ。
魔王退治とどちらが上なのか、それは分からないほどの功績であり、そこにさらに魔王退治という功績を積んでしまえば、どうなるか。
計り知れないほどの名声と共に、同量の責務が発生することになるだろう。
それを避けたいと言われてしまえば、納得するしかなかった。
それに、その功績をアレクシス達が必要としていたのは、事実だ。
王都半壊学院全壊という状況を打破するに、最も分かりやすい方法だろう。
責務に至っては、今更である。
国王に現七天が二人だ。
少しばかり責務が重くなったところで、何の違いもありはしない。
そうして互いの利益が噛み合った結果、魔王を倒したのはアレクシス達三人ということになったのである。
ちなみにそんな話し合いがされている間、当然と言うべきか、シルヴィアは何も口に出すことはなかった。
出せる状況でもなかったので、当然だ。
どちらかと言えば、ヒルデガルド達の方が話していただろう。
直接その場面を知っているのは五人でも、明らかに魔王を倒したのはソーマだと分かる者達はいる。
ヒルデガルドやリナ達のことであり、話し合いの場にはそういった者達も集められたのだ。
ただ結局のところ、ソーマの意見が通ったということに変わりはないが。
ともあれ、それも一因となって復興の進んでいた王都ではあるが……その日その時、笑い飛ばされたはずの怯えが、現実となってしまった。
再びラディウス王国の王都に、魔王がやってきたのだ。
ただし、あくまでも自称ではあるが。
イオリ・カンザキ。
かつて魔王討伐隊に所属していた者の一人であり、たった二人で魔王討伐へと赴き、これに勝利した、元勇者にして現自称魔王であった。
「あの時は本当に驚いたなぁ……復興の手伝いをしてたら急に呼び出されて、城に行ってみたら自称魔王を名乗る人がいるんだもん。あれって事前に聞いてたとかいうわけじゃないんだよね?」
「厳密に言えば、近いうちに来るっていうのは聞いてたかな。具体的な日程を聞こうとしたら、ああやって唐突にやってきたんだけどね……本当に彼はいつだって僕を振り回すんだよ……」
「私としては、ああして真面目に動いていたことの方が驚いたけれどね。いつだって面倒だって言って動こうとしていなかったのに」
「だが同時に、いつだって動かなければならない時には動いていただろう? ならば驚くほどのことでもない。あいつが動く必要がある状況だったということなのだからな」
「だから性質が悪いんだけどね……大半のことを僕に丸投げしてくるくせに、本当に必要な時には、面倒だって言いつつも率先して動くんだもの。ろくに文句だって言えやしない」
「へえ、そんな人なんだ。ワタシは最初に挨拶しただけだったから、驚いたって印象が一番強いけど……あ、でも、ちょっと変わった人なのかな、とは思ったかな?」
当時のことを思い出しながらそう口にすれば、興味深げな瞳が三対、こちらを向いた。
ほぅと、感心したような呟きが漏れ聞こえてくる。
「……どうしてそう思った? あいつもあの場ではボロを出さなかったと思うが」
「うーん……正直勘というか、何となくでしかないんですけど、パッと見でソーマ君に似ているような空気を感じたんですよね。だからです」
「あー……ちょっと分かるかもしれないなぁ」
「……そうね。それにそういえば、カミラも以前そんなことを言っていた気がするわ」
と、そんなことを言っている間に昼食の準備が整ったため、それぞれが食べ始めた。
物を口に含んでいる間に話すのは行儀が悪いし、そもそも聞き取りづらいため、自然と会話のペースは落ちる。
だが会話そのものが途切れることはなく、行われたのは今の続きだ。
「そういえばあれって、魔族の方で国を作るっていう話をするためだったんだよね? 大丈夫なの、色々と?」
「……大丈夫じゃないから、僕は色々書類仕事で大変なことになってるんだけどね」
「あ、あれってそのせいだったんだ」
「……というか、ちょっと待って。どうしてそのことをシルヴィアちゃんが知っているのかしら?」
「……んん? 自然な感じだったからついそのまま話しちゃったけど、そういえば……」
「え? あれ? ……もしかして、知ってちゃいけないことだった?」
「……そもそもあの場自体が極秘のものだったからな。君をあの場で紹介したのは、後に必要になるかもしれないと判断したからだが……アレクシス?」
「いや待った、濡れ衣だよ? さすがの僕も娘に極秘事項を漏らしたりはしないって」
「あら……じゃあどうして知っているのかしら?」
「イオリさんに会ったことはなるべく人には話さないように、っていうことでしたから、なるべくってことはイオリさんのことを知っている人ならいいのかな、と思って、偶然会った時にソーマ君に言ったんですけど……そうしたらソーマ君が、ああ、ということは魔族の国を作る算段が立ったのであるな、って……」
事情を説明すると、三人共が何とも言えない顔になった。
納得出来るような出来ないような、そんなものだ。
「……彼は本当に何なんだろうね。僕は相変わらず彼のことがよく分からないよ」
「……俺も正直分からなくなることはあるが、最近はあまり気にしていないな。あいつは間違いなく俺達の息子で、それで十分だ」
「そうね……私達には勿体無いぐらいの息子。それが分かってれば十分だわ」
「ふんっ、それならシルヴィアは僕には勿体無いぐらいの娘さ!」
「そこは別に対抗するようなところじゃないと思うんだけどなぁ……」
そう言って苦笑を浮かべるが、こちらの言葉は耳に届いていないようだ。
気が付けば息子娘自慢が何故か始まっており、それを聞くともなしに耳にしながら、シルヴィアは溜息を吐き出す。
するなとは言わないが、是非とも本人にも聞こえないところでやって欲しいところだ。
恥ずかしいったらありゃしない。
それにしても、ソフィアがそれに乗るのは意外だったが、もっと意外だったのはクラウスだ。
口数が少ないながらも、しっかりとソーマやリナのことを自慢している。
そうとは見えず、見えないようにしてはいても、やはり親は親ということか。
とはいえ、シルヴィアにとって恥ずかしいことに変わりはなく、とりあえず目の前の食事に集中することで聞こえていないフリをするのであった。




