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広がる不穏

 ベリタス王国のある方角を眺めながら、クラウスは目を細めた。

 そこにあるのはただの荒野であり、敵の姿などは影も形もない。

 かつての日常が随分と遠くなった、平和な光景のみがそこにはあった。


「あ、いたいた。やっぱり今日もここにいたんですね」


 と、聞こえた声に振り返ると、そこにいたのは見慣れた姿の男だ。

 指揮官……否、今ではこの砦の守備隊長となった男であった。


「まったく……もう必要ないっていうのに、いつまで続けるつもりなんですか?」

「一応俺も理解してはいるんだがな。日課のようになっていたから、つい、な」

「つい、じゃないですよ。正式に停戦がなされてから、もう一年近くになるんですよ? そもそも本来なら、ここに残っている必要すらないでしょうに」

「分かってはいるんだが、どうにも落ち着かなくてな」


 ゼンフルトは基本的に、ベリタス王国の兵を迎え撃つことだけを目的として存在している領地だ。

 公爵領とは言いながらも、そこに民は住んでいない。

 クラウス達がいるこの砦を除けば、後は荒野や草原などが広がっているだけなのである。


 そのため、ベリタス王国と停戦の協定が結ばれた今、クラウスがここに残っている意味はあまりないのだ。

 協定が結ばれたとはいえベリタス王国がまだ何かしてこないとも限らないため、砦に兵達を残しておく必要はあるものの、クラウスの力量を考えればむしろ別の場所に向かうべきである。


 だが今まで十年以上もの間、ずっとここで監視を続け、戦闘を行っていたのだ。

 かつての日常の繰り返しは癖のように身体に染み付いてしまっており、一年が経とうとしている今もこうして日に一度は監視をしないと落ち着かないのである。

 もちろん、協定を結んだ程度でベリタス王国が大人しくするはずがない、と思っているというのもあるが。


 しかし。


「いい加減慣れてくださいよ。というか、今日までだというのに大丈夫なんですか?」


 その言葉の意味するところは、そのままだ。

 あれこれ理由をつけては今までここに残っていたものの、それもついに終わりとなるのである。


 クラウスとしては正直不本意ではあるのだが、理由が理由であるためこれ以上わがままを続けるわけにもいかなかったのだ。


「……まあ、ここを離れれば、嫌でも慣れるだろう。正直不安は残っているんだが……」

「これだけ何もないんですから、内部でごたついてるって噂は本当なんじゃないんですか?」

「そのごたつきを抑えるため、こちらに矛先を向けんとも限らん」

「それは……確かにあの国ならばやりそうですが……」


 この男も元はベリタス王国の出身である。

 あの国の上がどれだけ腐っているのかということは、よく理解しているのだろう。


「ですがまあ、その時には私達が何とかしますよ。最低でもあなたがここに到着するまでは何としても保たせてみせますから、安心して行ってください。王都、やばいんでしょう?」

「……そうだな。まだ、その可能性がある、というだけだが……」


 元より王都に危険が迫っているかもしれない、という話は聞いていた。

 その時点でソフィアは王都に呼び出されたわけだが、その危険にベリタスがまた関わっている可能性もあるかもしれない、ということもあってクラウスはここに留まっていたのだ。


 そして実際に王都周辺の村々から住人達の姿が消えている、ということが確認され、その情報の信憑性が高いことが証明されてしまった。

 さらにはベリタス側には何の動きもないことから、今回は関係なさそうだということもあり、事態の深刻さを考えクラウスも王都に呼び出されることとなったのである。


 とはいえ、今のところはまだ、そういった可能性があるため万が一に備えて、という状況だという話ではあるが……クラウスはそれを信じてはいない。

 万が一などという段階はとうに通りすぎているのだろうと、そう思っているからだ。


 おそらくは、ソフィアや国王などもそうだろう。

 何せ今回調査に出たのは、あのヒルデガルドなのだ。


 かつてのみならず、今を以て世話になり続けている、この国が存続していられる一因ともなっている影の功労者。

 そんな相手からの調査報告であり、そこには周囲の状況と共に、万が一の可能性は有り得るという警告が発されていた。


 しかし万が一などという曖昧な状況で、アレが警告を発するわけがないのだ。

 だからそれはきっと、外向きのものでしかない。

 何処かに漏れてしまっても大丈夫なように抑えられた報告であり、実際にはもっと危機的状況に近いのだろう。


 それはヒルデガルドが調査を続行すると言ったことからも明らかだ。

 本当に万が一程度ならば、ヒルデガルドは他の誰かに任せたはずである。

 ヒルデガルドが引き続き調査を行うということは、ヒルデガルドでなくてはまずいことになる可能性が高い、ということなのだ。


 そんなことを考えながら、クラウスはふと苦笑を漏らした。


「どうかしましたか?」

「いや……懐かしい、と思ってな」

「懐かしい……?」

「……まあ、昔の話だ。気にするな」


 ソフィアがいて、国王夫妻となった彼らがいて、ヒルデガルドがいる。

 話によればカミラもいるという話だし、そこに自分も行くとなれば、自然とこの国を建てることになった時のことを思い出す。


 そしてあの頃と同じように、皆はそれぞれに出来る精一杯をしている。

 ゆえにこそ、これ以上ここに留まり、自分が何もしないわけにはいかないのだ。


「さて……ではそろそろ行くとするか」

「もういいんですか?」

「もうも何も、そもそもお前は俺を呼びに来たんじゃないのか?」

「まあそうなんですが、出発予定の時間までもう少し余裕はありますよ?」

「……いや、いい。あとは……お前達に任せるとしよう」

「……はっ! お任せください!」


 力強い返事に頷きを返しながら、歩き出す。


 後ろを振り返ることはない。

 ここのことは、もう任せたのだ。

 ならば後は信じるだけであり……何より、これからのことを考えれば、きっともう他のことを考えていられる余裕はない。


 かつて邪龍と対峙した時のことを思い出し、漠然とした嫌な予感のようなものを覚えながらも、クラウスは迷うことなく歩を進めて行くのであった。















 かつては人の暮らしていた、今は廃村となってしまった場所を眺めながら、ヒルデガルドは溜息を吐き出した。

 厳密には廃村とは違うような気もするが、結果的には同じことだろう。

 何にせよ、王都からさほど離れていないことを考えれば、有り得ないことである。


 しかも、こうなってしまったのはここだけではないのだ。

 王都の周辺にあった村々をヒルデガルドは訪れ、ここがその最後であった。

 そしてその全てが、ここと同じように無人だったのである。


 言うまでもなく異常であった。


 もっとも、そこに驚くところがあったかと言われれば、そんなことはないのだが。


「ちっ……言われてたから覚悟しちゃいたが、本当に一人の姿も見かけなかったな……」

「う、うん……これって、やっぱ、り……?」

「まあ、おそらくは喰われてしまったんだと思うのです。もっとも、それにしては妙だとも思うのですが……」

「あん? 妙って、何がだよ?」

「決まっているのじゃ。これを引き起こした下手人の姿がない、ということなのじゃな」

「……え? で、でも……ここに、来る途中に、魔物、倒した、よね?」

「確かに、おそらくはアレも犯人の一つなのです。ですが、幾ら小さな村とはいえ、シャドウイーターはそこまで大量の人を喰らうことは出来ないはずなのです。多分一つの村で精一杯、というところでしょう」

「そもそも村とは言っても、ここは王都に近い。その分住んでた人もそれなりに多いというのは、村の規模を考えれば当然のことじゃろう?」


 シャドウイーターは、傷つけ喰らった相手の能力を取り込み、そのままコピーするものの、その能力が仇となって大量に喰らうことは出来ない。

 能力だけではなく記憶までコピーしてしまうため、キャパシティの限界が訪れてしまうのだ。

 スキルをろくに持たない村人であろうとも、数百人も喰らえばそこで限界だろう。


「なら、普通に殺したってんじゃないんですか?」

「道中教えたじゃろう? シャドウイーターは傷つけるだけで相手の能力を取り込むことが出来るのじゃ」

「そしてそれは自動的に発動してしまうものなのです。もっとも、本能によるものなのか、限界が来ても止めることはないそうですので、放っておいてもそのうち自滅するらしいのですが……」

「シャドウイーターが同カテゴリの中では比較的扱いが軽い理由の一つじゃな。まあそれでも災害クラスの被害が出ることに変わりはないのじゃが。場所と状況次第では、本当に厄介なことになるものじゃからな」

「じゃ、じゃあ……いっぱい、いた、けど、他の、は、全部自滅、しちゃった、ってこと? ……あ、れ? でも、それ、なら……」

「うむ、理に適ってはいるのじゃが……一つだけ、そうだとすると問題があるのじゃよ」

「自滅したシャドウイーターは、死体がちゃんと残るのです」

「……んん? だが倒したやつは、消滅してなかったか?」


 ここに来るまでの間に、ヒルデガルド達はシャドウイーターを一体倒している。

 先ほどから話に出ているのはそれのことだ。


「その辺のことはよく分かっていないのですが、自滅するほど取り込んだことで何らかの変化が起こるのではないか、などと言われているのです」

「まあそもそも詳しく研究するにも、それほど数が確認されているものではないのじゃしなぁ」


 ちなみに、リナはヒルデガルドと会う前さらに二体ほどのシャドウイーターを倒しているらしいが……どちらにせよ、それでも数は合わない。


「他の、魔物か、何かの、仕業、とか?」

「それだとすると、あまりにも全ての村での状況が似通りすぎなのですよねえ……」

「村の建物や家畜などに被害はなく、村人だけがいなくおっていたのじゃからな。少なくともこんなことが出来る魔物は、我が知る限りではシャドウイーターぐらいなのじゃ」

「あー……つまり、結局どういうことなんだ?」

「よく分からないけどおかしい、ということなのです」

「じゃな。ま、何にせよ油断が出来ない状況だというのは変わらんのじゃ」


 ――実のところ、一つだけ、ヒルデガルドは頭に過ったことがあった。


 それは、多くのシャドウイーターが出現したため、自滅することがなかった、ということだ。

 ただしその場合、その状況そのものが不自然ということになる。


 そもそも、ここまで四体ものシャドウイーターを倒しているが、本来ならばそんなことは起こるはずがないのだ。

 一体すらも極々稀にしか出現しないというのに、そんな大量発生するはずがないのである。


 大体、それならばとっくにそれらは王都になだれ込んでいるはずだ。

 周辺の村の村人だけを喰らって何処かへ去るなど、不自然でしかない、ということである。


 もっとも、それを言ってしまえば、どちらにせよ王都の周辺の村人だけが姿を消してしまったという時点で不自然でしかないのだが。


 ちなみに、魔物が何かを考えてそんなことをしている、ということは有り得ない。

 魔物が知恵を得ることはあっても、知性はないからだ。

 人の記憶を手に入れたシャドウイーターが人のように振舞うことはあれども、その全ては獲物を喰らうためでしかないのである。


 そしてだからこそ、シャドウイーターは必ず自滅してしまうのだ。

 少しでも知性があれば、そんな真似はすまい。


 ……或いは。

 可能性があるとすれば、魔物を操る存在がいる、ということだが……それこそ有り得ないことだ。


 基本的に魔物というものは、誰の言うことも聞かない。

 権能を用いれば可能性はあるものの、それはやはり不可能である。


 以前にも述べたように魔物に関する権能は封印してあるという話であったし、仮にそれが見つかってしまったとしても、世界の運営に直接的に関わるそれを扱えるものなど、そうはいまい。

 出来ても精々が出現する魔物を変更する、という程度であり、それにしたってそれだけでしかないのだ。

 魔物を操るなどということからは、程遠い。


 そういうことなので、その懸念はただの考えすぎだろう。


「ところで、これからどうするのです? 全ての村を回った結果、分かったのはおかしいということなのですが……」

「もちろん、まだ調査を続けるのじゃ。今度は村の周辺もしっかりと調べる、というところじゃな。全ての村の様子を確認するのを優先したため、その辺は徹底して調べてなかったのじゃし。そのように既に報告もしてあるのじゃしな」

「そういやなんか途中で報告してましたね。半分ぐらいを回ったところだったかで」

「あの時点で大体予想は出来ていたのじゃしな」

「確か、に、そう言われた、ら、その通り、でした、ね」

「まあというわけなのじゃが、お主らはどうするのじゃ?」

「どうする、って言われても……それはどういう意味でです?」

「今まで見てきたことからも分かる通り、どうにも予想以上に状況は悪そうじゃからな。リナもいることじゃし、戻りたければ戻っても構わない……いや、戻るべきだと思うのじゃ」

「……認めるのは癪だが、一理ある、か。俺じゃあ、一人の時にシャドウイーターとやらが出てきたら、あっさりとやられるでしょうしね。だが……」


 そう言ってこちらを見る目は、真っ直ぐで、力がこもっていた。

 戻る気はないと、そう言っているようであり……ヒルデガルドは溜息を吐き出す。


「言っても無駄のようじゃな。そっちはどうするのじゃ」

「……わたしも、同じ、です。何も、出来て、ない、です、し……出来れば、もっと手伝い、たい、です」

「……やれやれじゃな。学院長としては断るべきなんじゃろうが……我が連れてきたわけじゃしな。分かったのじゃ。我が責任持って引き続き面倒を見るのじゃ」

「それはいいのですが、何故わたしは決定事項みたいな扱いをされてるのです?」

「どうせ付き合うじゃろう?」

「それはそうなのですが……」


 納得いかない、とばかりに頬を膨らませるリナに肩をすくめ、視線をそらす。

 そして、目を細めた。


 やるべきことは沢山あり、時間はおそらくあまりない。

 さて、何から優先すべきかと考えながら、一瞬だけ視線を向け直すと、ヒルデガルドは大きく溜息を吐き出すのであった。

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