元最強、懐かしの場所で疑問を覚える
「……ほぅ?」
虚空を眺めていた魔王が、不意に呟きを漏らした。
そこに感心したような響きがあるのは、実際に感心していたからである。
「四……いや、五、か? この短期間にまさかそれだけの反応が消えるとは……」
そう呟きながら、何かを探るように視線を動かす。
しばしそのまま続け……不意にその口角が持ち上げられた。
「ほぅ……しかもそのうちの一つは、混乱を引き起こすために国境付近へと向かわせたものではないか。一応あそこには近付かぬようにしておいたはずだが……気取られたか? いや、或いは……」
呟きを続けながら、その表情は何処となく楽しげだ。
視線の先に何を見ているのか、口元はそのままに、瞳を細め――
「……意外だな」
と、不意に傍らから響いた声に、魔王は僅かな驚きと共に視線を向けた。
向こうから話しかけてくるとは思わなかったからだ。
「珍しいこともあるものだな。まさか貴様から話しかけてくるとは……一体どのような心境の変化だ?」
「ふん……いい加減暇を持て余したというだけだ」
「ほぅ? 貴様でも暇などと思うことがあるのか。興味深いが……まあ、よい。それで、意外とは何がだ?」
「……色々な意味でだ。昔の貴様ならば、そんな力は使おうとしなかったはずだろう」
「……なるほど。確かにそうかもしれんな」
言いながら、指が一つ鳴らされる。
乾いた音が響き、瞬間その足の先に出現したのは、複雑な文様が描かれた魔法陣だ。
光り始めたそこから滲むようにして闇が溢れ、闇のまま形を成す。
それは人型のようでありながら、影のようでもあり――
「行くがよい。だが一体増えた程度ではどうしようもあるまい。下手人が分かるまで、用心深く観察に徹していろ」
その言葉を受けると、そのまま地面に吸い込まれるようにして消えた。
その光景を他に見るものがいたとしたら、おそらくは酷く驚いたことだろう。
何せ今消えたモノは、シャドウイーターなどと呼ばれている魔物なのだ。
明らかに魔王の言うことを聞いていたが、本来魔物にそんなことが出来るものなどは存在しないはずである。
しかもその前には、魔王は魔物を召喚してもいた。
それもまた、本来出来るはずがないことである。
だが。
「これは既に俺の力だ。ならば使って当然のことであろう?」
「……それでも、以前の貴様ならばやはり使っていなかったはずだ。ましてや、魔物どもを手足のように使うなど」
「ふんっ……さすがに三度も滅ぼされれば、俺も懲りるということだ。それにいい加減これ以上は、我らが神を待たせるわけにもいくまい? なればこそ、あるものは全て使って当然よ」
魔物を召喚し、使役する力。
何故そんな力を使えるようになったのかを、魔王は知らない。
しかしそんなことはどうでもよかった。
重要なのはその力が今使えるということで、使い方次第では十分役立てることが可能だということだけだ。
「上手く使いこなす事が出来れば、世界中を容易く混沌に落とし、人間達へと恐怖を与える事が出来るであろうが……まださすがにそこまでは無理か。まあ、精々この地で試させてもらうとしよう」
「……好きにするがいい。我には関係のないことだ」
「ほぅ……? 世界に混沌をばら撒くのも、人間に恐怖と絶望を与えるのも進んで行っていた貴様が、か?」
「……既にこの身は龍ではない。恐怖も絶望も必要なく……そもそも、今の我にあるのは一つだけだ」
そう言いながら、かつて龍であった、今は青年の姿をしたそれは、何かを睨みつけるように目を細める。
全身から憎しみが溢れ出そうな姿に、だが魔王は鼻を鳴らした。
「まあ、俺の邪魔をしないのであれば、好きにするがよい。手伝ってはもらうがな」
「……言われるまでもない」
彼方に視線を向けたままのその姿に、魔王は再度鼻を鳴らす。
それから視線を自身の足元へと向けると、指を一つ鳴らし、乾いた音をその場に響かせるのであった。
見覚えのある光景を目にした瞬間、正直に言えばソーマは僅かな驚きを覚えた。
記憶にあるものと、大差がなかったからだ。
――ラディウス王国アーベント男爵領ルンブルク。
かつてシーラ達と共に来た場所だが、ソーマからすれば久しぶりに訪れた場所となる。
しかし一年以上前に目にしたものと、今目の前に広がっているものは文字通りの意味で何の違いもない。
町並みも、そこを歩いている人達も、だ。
そう、ルンブルクでは、ヤースターとは異なり、普通に人が歩いていたのである。
しかもその様子には、焦りなどは微塵も感じられない。
いつも通りの日常が、今日も明日も続いていくと、無条件に信じているような感じであり――
「ふむ……ドリスの話によれば、ルンブルクにも避難をした人がいるという話であったが……」
「……この様子だと、街の人達は理由とかは知らなそう?」
「みたいですね。混乱を避けるために、敢えて、ということでしょうか?」
おそらくは、そういうことなのだろう。
ただ、数はそれほど多くないとはいえ、ノイモント領の人々も避難してきたはずだ。
ヤースターの人達と合わせればそれなりの数になるはずであり、各地に分散したところでそれは変わらない。
理由は分からずとも、大量の人達が一斉に避難してくればさすがに何かあったと勘付きそうなものだが……改めてその場を見渡してみたところで、やはりそういった雰囲気は感じられなかった。
「はて……どういうことなのであろうな?」
「気になるんなら、ギルドにでも行って聞いてみればいいんじゃない? 今日はここに泊まるんでしょ?」
「ふむ……確かに、最も知っていそうなところで聞いてみるのが一番であるか」
まだ日が高いというのにここで一泊するのは、ヤースターからここまで、また強行軍をしたからである。
以前は馬車を使って一週間かかったところを、今回は徒歩で同じく一週間。
フェリシアとアイナには大分無理をさせてしまっているはずだ。
王都まではまだ距離もあることだし、ここでこれ以上の無理をさせるわけにはいかない。
「とりあえず、先に宿に行っておくであるか? 別に急ぐ必要はないであるしな」
「気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ? そこまで疲れていません、と言いますか、正直少し慣れてきましたから」
「あー、確かにそれはあるわね。こう、なんていうのか、疲れてるのが普通だからあまり気にならない、みたいな?」
「……それ、慣れちゃだめなやつ」
「やはり先に宿に行っておく必要がありそうであるな」
それでも大丈夫だと言い張る二人を引き連れ、宿に入れば、少し休もうと横になった瞬間、二人は即座に寝入ってしまったらしい。
そう告げに来たシーラにソーマは苦笑を浮かべると、肩をすくめた。
「ま、さもありなん、であるな」
二人は本当によく頑張ってくれている。
それこそ、頑張りすぎているぐらいに。
この前アイナは色々言っていたものの、それでもやはりシーラの頑張りでさえ、二人のそれには劣ってしまうだろう。
ノイモント領とは異なり道中魔物が出るため、周囲の警戒は必要だし、時折撃退する必要もあるが、それでも二人の苦労にはまるで及ばない。
ソーマとシーラだけで夜の見張りを担当しているということを含めても、だ。
「というか、本当であれば二人はここに置いていくべきなのであろうがな……ここならば、そこそこの人がいてそこそこ安全なわけであるし」
「……ん、それが無難。……でも」
「分かっているであるよ。だからこそ我輩もそれを口に出さないのであるしな」
そうするつもりがないのは、二人が望んでいないというのもあるが、それ以上に今のよく分かっていない状況でこの街に二人を置いていきたくないからだ。
そんなことをするぐらいならば、二人に無理をさせてでもすぐ近くにいてくれた方が、余程安心出来る。
たとえシャドウイーターなどが襲い掛かってきたところで、二人ならば何とか出来るだろうと思っていても、だ。
しかしそれは要するに、ただのソーマ達のわがままでしかないのである。
だからこそ、二人がそれを望むのならばそうするつもりでもあるのだが――
「ま、幸いにもと言うべきか、二人にそのつもりは今のところないようであるしな。ならば、ついてきてもらうだけである」
「……ん。……その分私達も、頑張る」
「出来ることには限りがあるであるがな……」
そう言って苦笑を浮かべると、ソーマは座っていた椅子から立ち上がった。
とりあえず今出来ることと言えば、二人が休んでいる間に、この街の様子のことを調べてくることぐらいだからである。
「ふむ……ついでだから二人に何か土産でも、とふと思ったであるが、考えてみたら我輩前回この街ろくに見て歩いてなかったであるな。何処に何があるのか以前に何があるのかすらも分からんのである……」
「……ん、私が知ってるから大丈夫。……それなりに来てたから、そこそこ分かるはず」
相変わらずフードを被ったままではあるが、どことなくシーラの雰囲気は自信ありげであった。
それこそフードを被っていなければ、珍しい表情を見られたかもしれない。
もっともその雰囲気だけでも、十分珍しいものではあったが。
「それは頼もしいであるな。まあまずはギルドからであるが」
「……ん。……情報が得られるかは、分からないけど」
「その時はその時で、仕方ないであるな。別に無理して知りたいわけでもないであるし」
「……ん」
そしてそんな話をしながら、ソーマ達は一先ずギルドへと向かうため、宿を後にするのであった。




