元最強、迷子? を見かける
声の聞こえた場所へと向かい、その光景を目にした瞬間、ソーマは反射的に首を傾げていた。
パッと見一瞬ではどういう状況なのかが分からなかったからである。
それは泣いている女の子であり、その前にいたのは顔見知りの少女であった。
女の子は小さく、おそらくは三、四歳といったところだろう。
そんな女の子に対し、少女は何事かを叫んでおり……正直に言ってしまえば、赤の他人が目にすれば誤解されてもおかしくないだろう状況だ。
それがどんな誤解であるのかは、いちいち言う必要もないだろうが――
「だから、泣き止めって――あっ」
瞬間、目が合った。
そこで少女――スティナの目が見開かれたのは、その状況を傍から見るとどう見えるのかを正確に把握していたためだろう。
頬を引きつらせると、慌ててこちらに身体を向ける。
「な、何でタイミングよくこんなとこにいやがんですか!? っていうか、ち、違えですからね!? スティナは別に――」
「ふむ……子供をいじめるとは感心しないであるなぁ……」
「だ、だからちがっ……!?」
ソーマの言葉に、スティナがさらに慌てるが、その姿を眺めながらソーマは口元を少しだけ緩めた。
まあ、当然と言うべきか、本気で言ったわけではない。
本当にそうならばもう少し現状は違うことになっているだろうし、そんなことをすると思っている人物を旅に誘うわけがないだろう。
だから今のはただの冗談で、そんなこちらの様子にスティナも気付いたようだ。
弁明をしようとしていた口が閉ざされ、睨みつけるような目を向けられた。
「オメエ……」
「ま、気付いてるとは思うであるが、冗談である」
「こっちが焦ってる時にシャレにならない冗談とか、性質悪いやつですね……!」
「だがおかげですぐに混乱から立ち直れたであろう?」
「それは否定しねえですが……」
それでも納得はいっていないのか、睨み続けるスティナに、ソーマは肩をすくめる。
そうしてから、それよりもと、視線を横に移動させた。
この場に居るのはソーマ達二人だけではないのだ。
しかし先ほどまでは泣き叫んでいた女の子は、その時にはもう泣いていなかった。
ただし泣き止んだというよりは、新しく現れた見知らぬ人物の姿に、驚き怯えている、といった様子であったが。
「ふむ……警戒されてるであるなぁ」
「ま、そりゃそうです。性質の悪い冗談を言い出すやつでもあるですし」
「さすがにそこまでは含めたものではないと思うであるがなぁ。で、まあとりあえず現状を確認しておくと……そこの子供を助けていた最中、ということでいいのであるか?」
そう判断したのは、状況からの推測だ。
ソーマが目にした時、二人は歩いていなかったが、手は繋いでいたのである。
位置関係的にも、ちょうど迷子の子供を案内しようとしていたような形であり、そこからぐずった女の子をスティナが泣き止ませようとしていた、といった感じであったのだ。
聞こえた言葉がちょっとあれだったのは、単純にスティナの性格的なものゆえだろう。
ついでに言うならば、今二人は手を繋いでいないが、それはこちらに身体を向けた時にスティナが手を離したからである。
おそらくそれは意図的なもので、あと加えるならば、女の子が不安そうなのはそれも一因だと思われた。
が。
「は、はあ? スティナがコイツを助けようとしてた、です? そ、そんなわけ、あるわけねえじゃねえですか。スティナはコイツが泣き叫んでたのが聞こえて、それが煩かったから黙るように言いにきただけです!」
唐突にそんなことを言い出したスティナに、ソーマは溜息を吐き出した。
その言い訳にもなっていない言葉を信じるものなど、いるわけがないだろう。
大体――
「ふむ……つまり、まったく助けてなどいない、ということであるか?」
「あ、当たり前じゃねえですか! スティナはここに来て、うるせえって言ってただけです! むしろ怒ってたぐれえですよ!?」
「それはつまり、子供がこんな路地裏に一人で来た、ということであるか?」
「そ、そんなのスティナの知ったこっちゃねえです! でもいたってことは、そういうことなんじゃねえんですか? スティナは関係ねえです!」
「なるほど……ところでその割には、随分と懐かれているようであるが?」
「へ……?」
スティナは気付いていない様子ではあったが、女の子はいつの間にかその立っている場所を変えていたのだ。
見知らぬ人物――ソーマから逃げ、隠れるように、誰かの庇護下に入り、守ってもらうかのように。
即ち、スティナの足元に、である。
しかもスティナがそれに気付いたのとほぼ同時に、その足に引っ付いていた。
「あっ……!? オメエなんでこんなとこにいやがんです!? ってか、離れろです! スティナはオメエを怒りに来たんですよ!?」
「……や」
「や、じゃねえです!?」
スティナはしつこく離れろと言うが、女の子は必死なほどにしがみつき、離れない。
それはまるで、親に置いていかれそうになった子供が離されまいとしているかのようでもあった。
「ふむ、怒られただけでそこまで懐く子供であるか。マゾじゃあるまいし、そうそうあることではないと思うのであるが?」
「だからスティナは知らねえです! 勝手に懐いてるってことはそういうことなんじゃねえんですか!? つーか、だから離れろです!」
その光景を見て、果たして誰がスティナの言葉が事実だと信じるというのか。
というかいい加減無理があるとして認めればいいだろうに。
離れろと言い、腕を振り上げるようなまねをしつつも、それを振り下ろそうとはしないあたり、あの子供もスティナの本質をしっかりと見抜いているということなのだろう。
そしてだからこそ、懐いているのだ。
そうなると何故ソーマが割と怖がられているのか、ということになるが……まあ、本質ということであれば、ソーマは抜き身の刃のようなものである。
それが子供には少し刺激が強いのかもしれない。
「ふむ……ま、とりあえず気になって来ただけであるし、我輩の手助けは必要なさそうであるしな。ここは任せても大丈夫そうであるか?」
「任せるも何もスティナはコイツを怒りに来ただけですし、その用事ももう済んだわけですが……まあ、だから、好きにしたらいいんじゃねえです? スティナも好きにするですし……そんでオメエは本当に離れろ、です……!」
ここまで頑なに強情を張り続けるスティナにソーマは首を傾げるが……もしかしたら、ただの照れ隠しというわけではないのだろうか。
てっきり照れ隠しなのかと思っていたが、違うのかもしれない。
それはどこか、偽悪的な態度にも見えた。
まあ全然徹しきれてはいないのだが、考えてみれば、これまでの態度にもちょくちょくそういったところが見られた気がする。
何か理由があるのだろうが……それは追々、といったところか。
ともあれ、ここは任せてよさそうだと、ソーマは踵を返そうとし、不意に、それが視界に入った。
それは今もスティナの足にしがみついている子供であり、その頭部だ。
そこに隠れるように、それでもしっかりと生えている、角であった。
大半の人類が持っていないだろうそんなものを持っている種族など、一つしかない。
妖魔族だ。
それでソーマは、この状況にもう一つ納得した。
スティナ達が何故こんな路地裏を歩いていたのか、ということである。
子供が迷子なのはほぼ間違いないが、ならば普通路地裏など歩かないだろう。
そんなものは余計なトラブルを引き起こしかねないことだ。
しかしそれも、引き連れている子供が妖魔族であるならば話は別であった。
以前にも少し触れたことではあるが、妖魔族の容姿は時に魔物が混ざったようになることがある。
そのため、嫌われることが多いし、もっと言えば迫害の対象ともなりやすいのだ。
ある程度の地位を持っていたり職に就くことが出来れば別だろうが、そもそもそこに至るハードルが高い。
特に後者に関しては、トラブルの元ともなりやすいので、余程の物好きでもなければないだろう。
そういうこともあって、妖魔族を探すには、路地裏などの人目につきにくい場所に行けなどとも言われている。
そしてどうやらこの様子だと――
「ここでも変わらない、ということであるか」
「……ま、そういうことですね」
ソーマの視線から、何を考えているのか察したのだろう。
細かいことを口にせずとも、スティナはそう言って頷いた。
魔族と一括りにされようと、変わらず差別などは存在している。
そういうことらしかった。
「もっとも、スティナには関係ねえことですが!」
それでもまだその設定を続けるのかと、呆れるように苦笑を浮かべながら、ソーマは肩をすくめる。
それから、今度こそ踵を返した。
と。
「あ。そういえば、宿探しの方はどうなっているのである? 我輩が行った方には一つも見つからなかったのであるが」
「何やってやがるんですか……スティナはもちろんもう見つけたですよ? しかも、かなりよさそうなところを、です!」
胸を張っている様子からすると、見栄というわけではなさそうだ。
そのことにソーマが息を吐き出したのは、安堵からである。
最悪自分が見つけられなくとも問題ないということと、彼女が真面目に宿を探していたということ……自分の目に狂いはなさそうだと、そう思ったからであった。
「ふむ、そうであるか……ならスティナはそっちに専念できそうであるな」
「何言ってんのか分かんねえですが……そうですね、もう用事は済んだかと思ったですが、まだやることが残ってたみてえですね。泣いてうるせえだけじゃなく、人の身体に引っ付いて離れねえとか迷惑にも程があるです。ちと説教しておこうと思うですから……もしかしたら、少し遅れるかもしれねえです」
「……了解である。ま、遅れても二人には我輩の方から説明しておくゆえ、急がなくてもいいであるぞ?」
「了解です。まあただ説教するだけですから、多分大丈夫だとは思うですが!」
どうしても認めるつもりはないらしいスティナに、ソーマは再度苦笑を浮かべ肩をすくめると、そのまま歩き出す。
「ほら、アイツは行ったですよ!? だからいい加減離れやがれ、です!」
そんな声を聞きながら、よくやるものだと、苦笑交じりの息を吐き出すのであった。




