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その少年、呪いと呼ばれし者  作者: 一ノ瀬 リマ
第一章 王都編 ~王宮へようこそ~
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第十三話 小悪魔的な悪魔



 俺は本の階段を上がっていた。正確に言えば、本棚と化した壁に面して螺旋状に上へ伸びている階段というべきだろうか。ところどころ中間地点があり、そこには何かの部屋につながっているという扉や本を読むスペースなどが用意されていた。


そして、しばらく見ていて、分かった事がある。どういうわけか、四方の廊下が十字に交わったこの空間は本来ならば、通路であるはずの場所だと思うのだが、この王宮では大量の不思議な図書スペースとなっているらしい。


「(というかまず、廊下大きくないか?)」


 王宮だから、と割り切るには少し世間体がわからなさ過ぎた。これが一般的だったら、少しばかり恐怖かもしれない、そう思いながらも、その足取りは少しばかりポップなリズムを刻んでいた。なにせ、目の前にあるのはどこもかしこも本なのだから、当然だろう。本独特の髪のにおいがしてくる。もっとも、目の前のものがすべて本当に本なのかと疑う気持ちはあったが、今はまだ上へと上がっていくたびに良く見えるようになっていく図書スペースを堪能していた。本や本棚だけでなく、ところどころ椅子や机、それからくつろげそうなスペースや遠くから見てもふかふかなソファーが置いてあった。ここはまさに楽園と言う名の本への堕落の道だろう。しかし、俺はそれにただただ心が弾み、さて、自分ならどこで読もうかと思案していた。


そんな俺を少しうれしそうに王子二人が見ていることには気づかぬまま、また一歩と階段を上っていく。そもそもどこに向かっているのか。それは俺にもよくわからなかった。というのも、ここはあくまで図書スペースで書庫ではないと言うのだ。書庫に入れるのはここの管理人にお願いし、国王の許可をもらう必要があるため、常時入れるのなど、王族くらいに限られるのだとか。これだけあって、まだ他にあるのかと思わずにはいられない。


『一体、何冊あるんだよ、これ……』

『いくつでしたっけ、兄上』

『あー、数年前に母上が入手してきた本で王宮保管の本の総数が億を超えたとか超えてないとかではなかったか?』


階段を十数段上がったころで、あまりの景色に驚いて、ぼそっと零した言葉に返ってきたのはそんなことだった。


「(億……しかも数年前って)」


王の数え直しの剣でも思ったが、この国は同にも適当なところがある。まあ、それで立ち行かなくなるようなことにはちゃんとしているっぽいのでいいのだろうが。


それはともかく、許可のいる場所に保管されている本など興味が湧いて仕方なかったために、行動にまでにじみ出てしまっていたわけだった。もっとも、この時の俺は自分その軽快な足取りに全く気づいておらず、部屋に帰ったころに気づき、またもや布団の虫になったというのはまた別の話だ。

そんなこんなで、楽しく本を眺め、目的地に思いをはせ、体感的には十数分たっただろうか。


――長すぎる……



一体いつになったら着くのか、さすがに足が重くなってきていた。ちなみに位置取り的にはやっと半分くらいらしい。


「は、ふう」


少しばかり息を零すと、すかさずカイエルが気にかけてくる。


「大丈夫ですか?一旦休みましょうか」


その言葉に対して、今までで一番早い返答速度で否定する。確かに疲れてはいたものの、早く行きたかった。

たった、それだけのことだったはずなのにことは起こってしまった。そんな俺の回答速度に少し驚きを見せ、思案する様子のカイエルを横目にまさか、悪魔が動き出すとは思わなかった。結論から言えば子と一言に尽きるだろう。


――もうほんと、最悪。



「うわあ!!」


息を整え、また一歩、二歩と足を進めようとする。しかし、足に固いものを感じなくなり、体がふわりと浮き上がっていた。気づいたときにはレオナルトの腕の中だった。俺は目を数度、瞬かせると一瞬止まっていた気がする呼吸が再開する。一気に頭へ酸素と血が回ったような感覚があり、慌ててレオナルトを振り払おうと手足をばたつかせた。



「ああ、ちょっと。あんまり暴れないで?

落ちたら危ないよ。まあ、軽いから落とすことなんてないけどね。」


「はあ? そういうこと以前の問題だろ! 降ろせよ!

おい、レオナルト!」


「あれ? 名前呼んでくれたのって初めてかな?」



名前……知るかよ、そんなこと。

確かに口に出したのは初めてなような気もしたが、いや、ほんと今、それどうでもいいから、何とかしてほしい、そんな思いを胸に抵抗を諦めることはない。必死に腕をぶんぶんと振り回し、レオナルトの体を遠ざけようと押してみるも、これっぽちも効果はなかった。


なんでこんながっちり……


別に細く見えるとかではないのだが、びくともしないほどガタイがいいようには見えない。ただ思っている数十倍筋力がありそうだし、単純に身長が高いので、簡単には降りられなかった。もっとも、レオナルトからすれば、ステリ―が小さいだけと言うのが本音だった。


――卑怯、悪趣味、馬鹿!


そんな悪口は心の中に必死に留め、強く拒んで見せた。



「ッ! 降ろせ!」



しかし、まったくもって離す気のないらしいレオナルトの表情ときたら、おかしそうに破顔させながら、こちらを見ていたが、何かいいことでも思いついたというように、その頬が一瞬だけ上がったような気がした。

そんな様子に嫌な予感がして、とりあえず、今すぐ離れようと、書庫へすぐに行くことを諦める。



「わかった、わかった! ッ休むから、降ろして。」



しかし、もっと、違うところだったらしい。



「ステリ―、レオ兄さん。そう呼んで。」


「ッ!!」



そう言ったレオナルトの笑顔はまさに悪魔だった。

笑っているのに、他を許さない威圧感と言うわけではないが、間違いなく歪な恐怖にも似た感情を人の心に芽生えさせそうだった。これで王子かよと思ったが、だから王子かとも思ってしまった。とはいえ、呼ぶわけになどいかなかった。


「(誰が! ってか、別に家族だと認めたわけじゃないんだけど。)」


それに恥ずかしい。とにかくそんな恥ずかしいことしたくなさにもう一度、必死に振りほどこうとしてみたが、まあ、案の定無理だった。仕方ないので、早々に降りれる手段で、一番ましなものを検討する。その結果はじき出した妥協案がこれだった。



「……レオナルト兄上。……悪魔。」


「ん~おかしいな? 悪魔って誰のことかな、ステリ―?」


レオナルトは、俺がため息交じりで、割と大きな声ではっきりと言った「レオナルト兄上」を無視し、そのあとの小声で添えた「悪魔」に反応してきた。

もちろん、「悪魔」を聞き取っておいて、「レオナルト兄上」が聞き取れていないはずなんてない。

完全に弄ばれていた。


「(悪魔と言われたことがそんなに気に入らないのか? 別によく言われてそうなのに。)」


そんな失礼なことを考えつつ、無意識に周りへ視線を向けてしまったのがいけなかった。


カイエルも護衛の騎士もそれは、それは微笑ましそうに生暖かい目でこっちを見ていた。

三本線が見える気がするほどに生暖かい目だった。


一気に顔に熱が集まる感覚があった。

きっと今頃、ゆでダコだ。


思わず、顔を背け下を向く。


もう、本当に降りよう、降りないとまずい、そんな焦りが頭を占めていく。


ていうか、今日だけで何回失態を晒せばいいんだよ。


最悪だ、最悪だ……


いや、別に……こいつらが嫌とか、そういうのじゃない……のか?


ああ、もうわっかんね……


頭の中はうるさかった。とにかく恥ずかしいし、もう求められている通りに言ってしまった方がいっそ楽かもしれない、そう思い、口を開こうとしたが、冷静になって、首を振る。


――いや、無理だろ。


一瞬でも、言ってしまえばなんて考えた俺が怖かった。

だって、家族は家族で……変えられない、変えたくない。誰にも、譲るわけにはいかない。

俺だけしか、俺が、俺しか、二人をちゃんとわかっている人はいない。


……俺に何がわかっていると言えるんだろうか。


考えているうちにそんな思考へと陥る。しかし、それでも俺の気持ちは「とおさま」と「かあさま」以外はやっぱり家族なんて認めたくない、そんな一心だった。首を振り、その暗い考えはなかったことにして、もう一度、この一大事の対処方法を考える。


何としてでも、振りほどきたかった。そこまで子どもでもないし、これ以上子どもになどなりたくなかった。



いや、別に、嫌いとかじゃない、むしろ、信じられるし……


あ、いや、信じられるとか、違って、いや、少なくともこいつらが、村の奴らみたいなことはしないっていうことにおける信頼であって、全部じゃ……


ああ、ほんと、俺どうしちゃったんだろうな。

これじゃあ、言い訳じゃん……



――わかってるよ、わかってる。心のどこかではわかってる。


それでも心が追いつかないものだった。追いつきたがらないものだった。

多分もう、家族じゃない、なんて思ってないんだってことくらい。悔しいが、ここに来てからずっと心が、思考が騒がしいのは彼らのせい……いや、おかげだ。迷う俺を肯定し、前へ引っ張っていく。流された俺はいつもと違うものを見て、それがどこか面白いと感じてしまっている。

だけど、認めてしまったら……「とおさま」と「かあさま」を忘れてしまいそうで、それを乗り越える力は今の俺にはなかった。


「ねえ、ステリ―、上書きして、忘れてほしいなんて願ってないからね。」


まるで心を読んだような言葉だった。

相変わらず、俺の心はお見通しらしい。

しかし、俺としてはそれを真っ直ぐに受け取ることはできなかった。


――じゃあ、どうやって共存させるんだよ……


そもそも、小さい頃の記憶なんて忘れていくものだ。日に日に何か大事だったものを忘れていっている。けれど、人は愚かにもそれに気づくことさえない。俺もきっと忘れていることに気づいていない。思い出すこともほぼないだろう。ならばこそ、今あるものだけはこれ以上失うわけにはいかなかった。それがこれまでの俺の全てであり、指針だった。唯一にして絶対に信じられるものであり、俺を信じ、心から愛してくれていた。きっといろんなものを背負わせた。それでも、最後まで俺を大切にしてくれた。だから、俺が俺の都合で忘れるなんて許されない。俺も二人を大切にしなければいけない。それが俺にとって、両親のことが何よりも優先順位が高い理由だった。


それでも、もし前ならば、無理やりにでもレオナルトを突き離して降りていたと思う。



――シルビー婦人の時みたい自分勝手に傷つけたくない。


昨日のことが引っかかっていた。それは俺がされてきて、辛かったことだったように思えた。勝手に決めつけて、どうせなんて村の奴らと同じ括りに放り込もうとしてしまった。本当はどう思っていたかなんて、正直分からないし、今でもどう思っているかなんてものは答えのない問いだった。それでも、婦人に対して失礼なことを言ったとは思う。


――なんだ、俺、いけなかったって思ってるんじゃん。


それは自分の考えを整理して、初めて気づいたことだった。

今朝からずっと煮え切らない気持ちも後悔だったんだとその時初めて知った。

そう思うと、この羞恥も朝から渦巻いている葛藤も軽くなった気がした。


「(明日あった時、ちゃんと謝ろう)」


謝る、それはほとんどそんな機会のなかった俺から出てきた言葉とは思えなかった。けれど、その決意が心なしか心地よかった。悔しいがレオナルトに抱えられたことが要因と言えるのだろうか。この男は本当に俺のどこまで見ているのか、あるいはただの気まぐれなのかわからない。けれど、癪だったので、せめて借りは作らないでおこうと、覚悟を決めた。


「……レオ、兄さま……」


しかし、その言葉は沈黙を呼び寄せたらしく、まったく言葉が返ってくる気配がなかった。

俺としては今、誰の顔も見たくない、というか自分の顔が見せられない気がするので、様子を確認する手段がない。


――何か間違えただろうか。


そう思案する俺は気づかなかった。いつの間にかそっと前髪とおでこの隙間に手を入れられ、前髪をかき分ける。その露わになったおでこに口づけを落とされていた。



「ステリ―、ありがとう。」



その笑顔は涼しげな風のようで、そのまなざしは時々、愛おしげにカイエルに向けるようなふわりとしながらも芯のあるものだった。



「ッ……降ろせよ」



一瞬、言葉を詰まらせたが、なんとか声を絞り出した。その声が震えていた理由が何なのかはわからなかったが、とりあえず、今日一顔が熱かった。そして、なんとなくだが、日頃カイエルがレオナルトとのやり取りで、仕方なさそうに何でもやっている理由がわかった気がした。どうにもこの男は憎もうに憎めない。とりあえず、零しそうになった愚痴を全て飲み込んだ。これ以上はきっと傷口を広げるだけだろう。



「ああ、ごめんね?」



そう言って、レオナルトはようやく降ろしてくれた。

まったく、階段上ることよりも、こっちに疲れた。

そう思うと、なんだか割に合わないような気がして、ぼそりと一言だけ聞こえないことを願って、言った。



「悪魔、つうか、小悪魔的な悪魔じゃんか。たち悪いやつ……」




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