表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/86

第五部 第二話――魔族の使者

朝の空気は、どこまでも澄んでいた。


アルヴァリア公爵領の城館は、

いつも通りの静けさを保っている。


門前の衛兵たちは、規律正しく交代し、

庭師フランクは鼻歌混じりに剪定を続け、

厨房からは焼きたてのパンの香りが漂っていた。


――日常。


だがその日常の輪郭に、

わずかな“歪み”が差し込んでいた。



椎名は、中庭の端で掃き掃除をしていた。


落ち葉が舞う方向。

風の重さ。

空気の湿り方。


それらが、ほんの少しだけ――

整いすぎている。


「……風向きが、揃いすぎておりますね」


独り言であっても、

言葉遣いは変わらない。


彼は箒を止め、

南の空を静かに見つめた。


そこには、何もない。


だが、

“何かが来る”という感覚だけが、

はっきりとあった。



正午を少し回った頃。


城門の警鐘が、短く二度鳴った。


異常事態ではない。

だが、通常とも言い切れない合図。


衛兵の声が、城内に届く。


「――公爵閣下!

 南より、魔族の使者が参っております!」


一瞬、空気が張りつめる。


魔族。


その言葉だけで、

多くの者の背筋が反射的に伸びる。


だが、騒ぎにはならなかった。


なぜなら――

正式な使者だったからだ。


武装は最低限。

随行もわずか。

敵意を示す魔力の放出はない。


それは、戦争ではない合図。



執務室。


ラルト・アルヴァリア公爵は、

報告を最後まで聞くと、短く言った。


「通せ」


声は低く、部下に向ける口調だ。


「城内ではなく、応接の間だ。

 儀礼は最低限。

 だが、無礼は許すな」


側近たちが即座に動く。


その中で、

一人だけ、静かに一歩下がる影があった。


椎名である。


彼は、

進み出ることも、退くこともせず、

ただ“そこにいる”。


公爵は、ちらりと彼を見る。


「椎名」


「はい、公爵閣下」


「今回は、表には出るな」


命令だ。


「だが、近くにはいろ。

 何かあれば、即座に判断してもらう」


「承知いたしました」


椎名は、深く一礼した。


その表情に、

不満も、誇りもない。



応接の間。


高い天井、

柔らかな光を取り込む窓、

過度な装飾のない空間。


そこに現れた魔族は――

あまりに“整って”いた。


角は短く、装飾もない。

肌の色も人族と大差なく、

衣装は実用的で簡素。


だが――

魔力の密度だけが、異常だった。


空間そのものが、

その存在に“慣れようとしている”。


「初めてお目にかかる」


穏やかな声。


「私は、インテグより遣わされた交渉官だ」


名乗りはあったが、

肩書きは伏せられた。


それ自体が、

魔族なりの礼儀だった。



「中立公国に、敬意を」


交渉官は、そう前置きした。


「貴国が、

 人族国家間の争いにおいて

 一定の距離を保っていること」


「そして――

 無用な流血を避けていることを、

 我々は評価している」


公爵は、表情を変えない。


「評価など、求めていない」


冷静な部下口調。


「用件を言え」


交渉官は、わずかに笑った。


「では、率直に」


「魔族国家は、

 この戦争を“機会”と見ている」


一瞬、室内の空気が重くなる。


「だが、

 中立公国は、その“外”にある」


「だからこそ――

 話がしたい」



応接の間の外。


壁一枚隔てた場所で、

椎名は立っていた。


音は、ほとんど届かない。


だが、

声の“重さ”

言葉の“選び方”

間の“取り方”


それだけで、

内容の輪郭は見える。


「……なるほど」


小さく、誰にも聞こえない声。


「力の誇示ではなく、

 価値の確認ですか」


彼は理解した。


魔族は、

中立公国を敵として見ていない。


だが――

味方としても見ていない。


「試されておりますね」



応接の間では、

話が核心に近づいていた。


「要求は、三つ」


交渉官は指を立てる。


「第一に、

 今後も中立を維持すること」


「第二に、

 人族国家への肩入れをしないこと」


「第三に――」


一瞬、言葉を切る。


「魔族国家に対しても、

 “抑止”を行わないこと」


公爵の眉が、わずかに動いた。


「……それは、中立ではない」


「そう」


交渉官は、はっきり頷く。


「それは、

 無干渉だ」


「だが、

 貴国はすでに――

 無干渉ではない」


静かな指摘。


公爵は、沈黙する。



その瞬間。


城の外で、

風が一段、強くなった。


椎名は、

その変化を即座に感じ取る。


「……言葉が、刃に変わりましたか」


彼は、足音を立てずに一歩近づく。


まだ、剣は抜かれない。


だが――

交渉は、すでに戦争の一部だ。



魔族は、手を差し伸べている。


だがその手は、

掴めば鎖になる。


公爵は、答えを保留した。


椎名は、まだ表に出ない。


だが――

彼は確信していた。


これは、始まりだ。


魔族が、

“理解できるかどうか”を試しに来た。


そして――

理解できなければ、次は違う形で来る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ