第2話 邂逅
拝島 良「おお、恋。よくやったね。」
良の言葉に、少し照れくささを感じながらも、心の奥で安堵の息を吐く。良はメンバーの中でも、特に長い付き合いだ。彼の表情は、いつもどこか無邪気で、けれどその瞳の奥には計り知れない深さがあった。
ここ、紫竹園は俺が経営する店だ。もちろん、表向きはただの料理店でしかない。実際、裏では東経連合の本部からの命令で、俺がいなくても動かせるよう、スタッフを雇い回している。自分で厨房に立つことは少ない。立場上、顔を出すわけにはいかないからだ。料理が評判を呼ぶたび、少しだけ複雑な気持ちになる。
中神 恋「それじゃ、俺は本部に戻る。良はどうするんだ?」
拝島 良「僕はここにいるよ。外、寒いしね。」
中神 恋「わかった。それじゃ。」
良が小さく手を振るのを背に、俺は足早に店を後にした。外に出ると、冷たい風が頬を叩く。すぐにでも本部に戻らなければならない。そのために、さらに先を急ぐ。
――――
東京都新宿区、歌舞伎町2丁目交差点に立つ神田生命ビル。青梅連合の拠点だ。外見は何の変哲もない民間のビルだが、その内部には、誰もが恐れる裏社会の深淵が広がっている。だが、ここへ入るための方法は、誰も知らない。ビルの向かいにひっそりと隠れた路地裏、その先にあるマンホールが、直接本部と繋がっている。もちろん、下水道ではない。複数の隠された道が本部へと続いているのだ。
ビルの前に立つと、なんだか騒がしい気配を感じた。
国分寺 好「あら、恋。」
声をかけてきたのは、国分寺 好。慶と同じく、俺にとっては古くからの付き合いがある相手だ。その年齢も、慶と同じくらいだ。
中神 恋「あ好、無事だったのか。」
国立 慶「恋、好が愛のこと気にしていたぞ。どうやら心拍数が正常値に戻ったらしいな。」
愛――俺の妹のことだ。
国分寺 好「いつかお見舞いに行ってあげたいな。」
国立 慶「確かにな。でも、今は蛇竜とは別に、危険な組織が蠢いているからな…」
中神 恋「ああ…RSか。」
今の東京には、2つの勢力が渦巻いている。ひとつは中国マフィア「蛇竜」。彼らは、太平洋連合四大組織の一角を占め、急速に勢力を拡大している。そのリーダー、帳志堅は冷酷な男で、東京の裏社会を支配し、麻薬やみかじめ料、そしめルミノヴェルムの密売により権力を握っている。
そして、もうひとつの勢力。それが新興勢力「RS」。あくまで「半グレ組織」と呼ばれ、米原会の崩壊後、吸収した元組員を基に急成長を遂げた。しかし、その実態は未だ謎に包まれており、青梅連合の力をもってしても、彼らの幹部の足取りさえ掴むことができない。正直、今は蛇竜以上に、NSの動向が気になる。
国分寺 好「ところで、NSって何のイニシャルかしら?」
中神 恋「さあね。米原会が瓦解した途端、横文字が増えたような気がする。」
国立 慶「まあ、少なくとも今は、見舞いなんて行ける状況じゃないな。」
国分寺 好「うーん。仕方ないか…」
中神 恋「愛のことを想ってくれてるのは伝わったから、大丈夫だよ。」
国分寺 好「ごめんね。わざわざ。」
国立 慶「うーん、ここ最近俺に構って貰えないし、本気で脈なしかもしれないぞ恋。」
中神 恋「またその話か。」
国立 慶「だって人生で1度は所帯を持ちたいだろう…。やっぱり彼女は1匹オオカミみたいなのを好むんかな…俺みたいに上司にヘコヘコするやつなんて、って思ってるかも。例えば、恋みたいな。」
中神 恋「そんな俗っぽい話はしたくない。そう言う気分じゃないんだ。」
国立 慶「まあまあ。例えば、お前は以前赤塚さんに楯突いただろう?」
会話がどうにも噛み合わない。恋(俺じゃなくて感情の方)は時に、自分を盲目的に貫くことがあるのかもしれない。
中神 恋「…あれに関しては、あの人が間違ってたからな。容疑者を全員殺していけば治安が良くなると思っている。」
組織の上層部に正気が宿っている者などいない。結果、末端で暴れる者たちにどれだけの人間性が残されているだろうか。だが、それでもどこかで折れずにやっていく者もいるのだ。
国立 慶「いくらおかしいからって、あんな、人を簡単に殺しそうな奴に反発するなんて、そんな勇気ある人滅多にいないから。」
中神 恋「…所で、何やら騒がしい気がするが、何かあったのか?」
国立 慶「ああ、多分最近斑目さんが姿を現さないからだろう。」
中神 恋「斑目さんが?」
斑目 渡、青梅連合若頭、そして公安のゼロ所属。彼の存在は、表の顔を知る者には非常に少ない。恋もその一人だろう。
中神 恋「そうなのか。俺の立場上、滅多に会わない人だからな。そういえば、昼の任務は、誰に命令されたものなんだ?」
国立 慶「沢城さんだった気がするぞ。あの人も一応幹部だからな。」
中神 恋「そうか。それにしても、代役の人厳しいだろうな…斑目さんが選んだ人材をまとめなきゃいけないなんてさ。」
国立 慶「それ。なんなら、沢城さんて一応赤塚と同格だし。」
慶と別れた後、外に出ると、辺りはすでに薄暗くなっていた。
中神 恋「少し気になるな…」
斑目さんとは、組織の下っ端の一員として、当初から懇意にしてもらった仲だ。彼の行方を追うことに決め、心当たりのある場所へと足を運ぶ。
中神 恋「斑目さんと言えば、寿司が好物だっけ。この町に来て最初にKYOGEN寿司という店で食べさせてもらったな。」
KYOGEN寿司、本部の近くにあるこの店で、斑目さんを見かけた記憶が蘇る。だが、店に足を踏み入れてみても、斑目さんの姿は見当たらない。少し待ってみるか、と決めて、その場に腰を下ろす。
数時間後、夜も更け、ようやく店内は静まり返り、閉店まであとわずかとなった。だが、誰も現れない。もしかしたら、斑目さんがこの店に来ることはないのかもしれないと思いながら、じっと待つ。
その時、妙な三人組が店に入ってきた。1人はホストのような、1人はOLのような、そしてもう1人はサイドテールの男という少し異質な雰囲気を持つ三人だ。彼らは無言でカウンターに近づき、間を空けて座った。しばらくすると、男の一人が店員に声をかける。
サイドテール「ここをよく使っていたのは本当なのか?」
店員「いや…前は来ていたと思うんですけど…ここ最近は目にしませんね…」
サイドテール「ふ〜ん…邪魔させてもらうぞ。」
店員は、言葉通りに、少し不安そうに応じる。「え、ええどうぞ。」と。
サイドテールたちの動きに不安を感じながらも、恋はただ黙って見守ることしかできなかった。斑目さんの影が何処にあるのか、それを追い続ける気持ちは揺るがない。
サイドテール「…」
OL?「どうしたの?…あの男が気になるの?」
ホスト?「あの白と黒のボーダーの男?」
恋のことを指しているのだろうか。
ホスト?「歳はよく分からないけど、流石にあの服装のセンスはちょっとだな〜」
そんな事を言われても、無視しようと思ったその瞬間、またも一言が続く。
OL?「でも、あの男容姿は荒削りだけど、ダイヤモンドの原石だわ。」
突然の言葉に、少し驚く。しかし、少し恥ずかしさも覚えながら、恋は黙っていた。
サイドテール「なあお前…」
中神 恋「…ん?俺??」
男1「お前、6時頃からずっとここに居座ってるらしいじゃないか。少し話を伺ってもいいか?」
中神 恋「え、ええ、構わないですけど。」
まさか話しかけられるとは思っていなかった。いざ対面すると、思わず心臓が早く打ち始める。こんな場面で動じる自分が少し嫌だが、冷静を保つ。
サイドテール「お前、この店にマフィアのドンみたいな服装の男を見なかったか?」
中神 恋「いや、見なかったですね。」
強いて言えば、今探している男がその特徴に近いのだが、それを口にするわけにはいかない。
サイドテール「そうか。職業は何か尋ねてもいいか?」
正直、ホストとかサラリーマンとか、適当に言おうかと思った。しかし、今の服装では誤魔化せそうにない。
中神 恋「すいません。少し困りますね。」
サイドテール「そうか…。人に言えない職業ってなんだろうな。」
中神 恋「想像に任せますよ。」
サイドテール「分かった。ヤクザだろ?」
そう言われても、否定するのも面倒だったが、あえて言うことでもない。
サイドテール「なあ。頼むよ。教えてくれよ。なあ?」
だんだん絡みがひどくなってきた。最初は美顔だと思ったが、今ではその態度が苛立たしくなってきた。
中神 恋「いい加減にしてくれ。大体、人に素性を聞く時は、まず自分から明かすものじゃないか?」
サイドテール「なるほど。でもな?この稼業の常識だと。そういう規則は無いらしいぞ?」
ヤクザかよ、と思いながらも、少しずつ疑念が湧いてくる。やっぱり、彼の言動からして、その可能性は高いのかもしれない。
サイドテール「まあでも、なんか明かしたい気分になってきた。いいだろう。俺の名は…。エリック・シンキバ、そして職業は…」
突然の告白に、恋はその言葉に耳を傾けた。
「RSのリーダーだ。」