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オーバードーズ  作者: 昭島吾郎
プロローグ
2/22

第1話 光の果て、闇の兆し

2027年10月中旬 歌舞伎町


ここは、夜の歌舞伎町さくら通り。その一角にある中華レストラン「紫竹園」。朱塗りの柱に包まれた店内の隅で、俺を含めて2人の男が席に腰掛けていた。

1人の隣にある小柄な男が、拝島 良太。得体の知れない24歳男性。そしてもう1人、俺は中神恋莉。同じく得体の知れない24歳男性だ。


拝島 良太「それにしても、この店の料理、うまいな。中華風創作フレンチだっけ?もっと宣伝すりゃいいのに。」


中神 恋莉「やだよ。歌舞伎町の連中には顔が割れてるんだ。俺の料理は趣味で研究してるだけなんだから。」


拝島 良太「じゃあなんで店を構えてるんだ。」


中神 恋莉「聞くな。」


良太が苦笑いしながら箸を置いた。その表情が少し引き締まる。


拝島 良太「それより、金龍閣の件だ。今月だけで三回、あの界隈でヴィラルクスの取引が確認されてる。しかも量が増えてる。」


中神 恋莉「末端への流通が加速してるのか。」


拝島 良太「多分な。ただ、どこから来てどこへ行くのかがまだ掴めてない。配送の中継点を押さえれば、流通の全体像が見えてくるはずなんだが。」


中神 恋莉「中継点……金龍閣がそれか。」


拝島 良太「可能性は高い。だから今夜、慶悟に先に行ってもらった。」


その時、スマートフォンが震えた。良太が画面を見て、俺に向ける。


拝島 良太「慶悟からだ。金龍閣、確定だとさ。場所は区役所通り付近。」


中神 恋莉「わかった。行く。」


俺は立ち上がり、紫竹園を後にした。


――――


金龍閣は、区役所通りから一本入った路地の奥に潜んでいる。外観は古びた中華料理店だが、実態はそれとは程遠い。蛇竜系の末端組織が根を張った、歌舞伎町でも特に性質の悪い拠点のひとつだ。


俺は路地の入口で足を止め、建物の輪郭を確かめた。看板に明かりはない。しかし二階の窓から、人影の揺れがカーテン越しに漏れている。一階の奥、厨房の方からは怒鳴り声とくぐもった物音が断続的に響いていた。慶悟がいるのはそちらだろう。


中神 恋莉「(ただ、二階が気になる。)」


正面から入れば、向こうも身構える。それに、配送の中継点として使っているなら、実際の荷物は人目につかない場所に置くはずだ。一階の厨房ではなく、二階の可能性が高い。


俺は一度路地の端まで引き返し、建物の側面を観察した。換気扇が剥き出しになった外壁に、配管が縦に走っている。高さは三メートルほど。足がかりにはなる。


俺は手袋をはめ直し、静かに壁に取りついた。配管を両手で掴み、靴底を壁面に押しつけながら体を持ち上げる。音を立てないように、ゆっくりと。


二階の窓の縁まで手が届いた。指で枠を確かめると、内側から鍵はかかっていない。俺は窓を静かに押し開け、室内の気配を読んだ。


物音、なし。


体を滑り込ませると、そこは薄暗い廊下だった。埃の匂いと、染みついた煙草の臭いが鼻を刺す。廊下の先に扉がふたつ。左の扉の隙間から、光が細く漏れていた。


足音を消しながら近づく。あと数歩というところで、右側の扉が突然開いた。


中神 恋莉「……っ。」


反射的に壁際へ体を寄せ、息を止める。扉から男が一人出てきた。スマートフォンを見ながら、廊下の奥のトイレへと向かっていく。俺のいる方向には、目を向けなかった。


足音が遠のく。俺は静かに息を吐き、左の扉へと向き直った。


扉の蝶番の位置を確かめ、開いた時に自分の影が差し込まない角度で立つ。静かにノブを回す。


扉を引いた瞬間、室内の男のひとりがこちらを向いた。


男「あ?誰だ——」


声が出る前に、俺は距離を詰めた。相手の襟を掴み、壁に押しつけながら首の付け根に中華包丁の峰を当てる。短い呻きとともに、男の体から力が抜けた。床に崩れ落ちる前に支え、音を立てないよう静かに横たえる。


振り返ると、もうひとりの男が椅子を蹴って立ち上がろうとしていた。しかし反応が遅い。俺が踏み込む前に腰が引けていた。


中神 恋莉「動くな。」


低く言った。それだけで、男は固まった。目の前に積まれた荷物から目を離し、俺の顔を見て、また荷物を見た。その荷物が何かを知っているなら、今ここで騒ぎを起こすことがどれだけ不利か、すぐに分かるはずだ。


男は黙って両手を上げた。


俺は手早く荷物を確認した。ヴィラルクスのサンプルが数本、丁寧に梱包されている。それ以外に、折りたたんだ紙。開くと、配送先の住所と量が書き込んであった。


中神 恋莉「(……量が、おかしい。)」


これだけのヴィラルクスを、これだけの数の配送先に。しかも一番下に書かれた組織名には、見覚えがなかった。蛇竜でも、青梅連合の知る既存の組織でもない。


中神 恋莉「(新しい買い手か。それとも……。)」


俺は紙を懐に収め、男を見た。


中神 恋莉「お前たちの上に連絡するな。一時間だけでいい。その後は好きにしろ。」


男は小さく頷いた。抵抗する気配はない。


俺はそのまま階段を下りることにした。


――――


(金龍閣 一階)


国立 慶悟「はあ……はあ……いい加減にしろ。」


息を切らしながらも、国立 慶悟は鋭い目つきで相手を睨みつける。その声には余裕と怒りがない交ぜになっていた。


厨房の男1「分かってんだよ、こっちは!貴様が米原会の残党だってことをな!」


国立 慶悟「勘違い甚だしいわ……」


慶悟は肩をすくめ、ため息交じりに言葉を返す。


厨房の男2「誰でもいいんだが、こんな大勢相手に怯まない奴が普通の奴なはずがないんだよ!」


荒い呼吸の中で相手が叫ぶ。しかし、その瞬間、倒れた男たちの無様な姿が目に映る。床に散らばるのは約5、6人。どうやらこの乱闘、慶悟1人で片付けたらしい。


そんな時、奥の階段から俺が下りてきた。


国立 慶悟「おい恋莉!遅かったな!もう少しで骨を折ろうか考えてたところだったぞ!」


中神 恋莉「すまん。二階に寄り道してた。」


俺は懐から紙を取り出し、黙って慶悟に渡した。慶悟が目を走らせる。その表情が、少しだけ固まった。


国立 慶悟「……量が多すぎるな。それに、この組織名。」


中神 恋莉「見たことあるか?」


国立 慶悟「ない。」


二人は短く視線を交わした。それだけで十分だった。


中神 恋莉「さて。本職の連中を出してもらおうか。奥にいるんだろう?」


その言葉に反応するように、厨房の奥から新たな男たちが現れる。


厨房の男3「誰が来たかと思ったら……もっと弱そうなのが。」


黒スーツの男1「ようやくお出ましか。米原会の連中どもよ!」


またその勘違いか――まあ、俺たちの”仕事”には都合がいいがな。


黒スーツの男2「2人だけで来たことを永遠に後悔するが良い!」


威勢だけはいいセリフだ。だが、俺は静かに手袋を外し、左手をさらけ出した。ヴィラルクスの完全体が持つ力が、指先から空気へとじわりと滲み出る。


黒スーツの男1「なっ……!?」


その反応を見ると、自然と笑みが漏れる。これができる者は限られている。そして、俺はその中の”完全体”だ。


中神 恋莉「そうか……ならば仕方ないな。」


男たちが襲いかかる瞬間、俺は軽く一歩引いた。


大振りの拳が来る。だが、そいつの動きはスローモーションのように見える。体を半身にずらして躱し、振り抜いた腕の肘関節を逆方向に押し込む。乾いた音とともに、男が崩れ落ちた。


黒スーツの男3「てめえ!」


二人目が突進してくる。腰が高い。踏み込んでくる右足に自分の足をかけ、そのまま前に送り出す。男は自分の勢いで床に叩きつけられた。


三人目は少し慎重だった。距離を保ちながら、こちらの動きを読もうとしている。だが、迷いがある。その一瞬の隙に踏み込み、鳩尾に肘を打ち込んだ。


黒スーツの男3「ぐはっ……!」


残った男たちが固まる中、先ほど倒した一人目がまだ動こうとしていた。俺はその男の胸倉を掴んで引き起こし、壁に押しつけた。


黒スーツの男1「ぐっ……何を……!」


男の体に直接、ヴィラルクスの力を流し込む。波動が内部を貫いた瞬間、男の意識が途絶えた。床に崩れ落ちるのを確かめてから、俺は残りを見渡した。


黒スーツの男2「な、なんだ今の……」


黒スーツの男3「化け物か……」


中神 恋莉「最近はこの程度のが多いな。」


国立 慶悟「幹部諸共、見なくなったよな。」


中神 恋莉「さて――せっかく出てきたんだ。持っているヴィラルクスを出してもらおうか。」


黒スーツの男4「ぐっ……!」


ヴィラルクス――それは、健康を蝕み死に至らしめる毒でありながら、摂取者に強大な力を与える薬物。摂取を始めたばかりの「実験体」、死亡リスクを乗り越えた「強化体」、そして副作用すら克服した「完全体」。目の前の連中はどう見ても強化体にすら到達していない、ただの使い捨ての兵士たちだろう。


黒スーツの男1「本部に連絡を入れてやる……!」


黒スーツの男4「一昨日来やがれ!」


……まるで定番の捨て台詞だな。


黒スーツの男3「くくく……。」


国立 慶悟「……何だ?」


黒スーツの男3「くくくくく……!」


中神 恋莉「どうした、そんなに笑うほど楽しいか?」


黒スーツの男3「お前ら、自分が何をしでかしたか分かってないようだな……!」


中神 恋莉「どういう意味だ?」


黒スーツの男3「決まっているだろう。お前らはこの街を守れているとでも思っているんだろうが……その幻想も、もうじき終わりだ。」


国立 慶悟「……なぜだ?」


黒スーツの男3「2ヶ月後……2ヶ月後だ!今も計画は着々と進んでいる。そして……終わりは、突然訪れるものだ。」


ケタケタと笑いながら、男はその場を後にした。


厨房の男2「……果て、何のことですかねえ?」


国立 慶悟「さあな。ハッタリか、それとも本気か……。」


中神 恋莉「……ああ。」


俺は懐の紙のことを思った。見慣れない組織名。異常な流通量。そして、2ヶ月後という言葉。


それぞれが、まだ繋がらない。


気にはなるが、今の俺にはもっと気にかけるべきことがある。覚えていたらでいい。もうすぐクリスマスだしな。

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