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オーバードーズ  作者: 昭島吾郎
20世紀の怪奇
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第0話 狂気の果実

2020年、東京都池袋。


少女「なんで……。」

少女のか細い声が、炎の唸りにかき消されそうになった。

故郷だった町は、燃え盛る火の海と化していた。立ち尽くしたまま、その小さな身体は震え、目の前の現実を受け入れる術を持たなかった。


少女「どうして……同胞同士でこんな……。」


その声に応えるように、背後からひとりの壮年の男性が現れた。拳銃を持たない方の手を差し出しながら、穏やかに彼女を促す。厳しさと悲哀が混じる瞳が、全てを見通しているようだった。


謎の男1「君も彼らも悪くない。悪いのは、時代と運命だ。」


謎の男2「斑目先生!」

鋭い足音とともに、少し若い男性が息を切らせて駆け寄ってくる。


謎の男2「くそ!奴ら、ルミノヴェルムに取り憑かれたみたいに放火して回っているのか!警察は何をしているんだ!」


斑目と呼ばれた男は、静かに首を振った。


謎の男1「表向きは薬物の不法所持と暴力事件として対応している。しかし、行政の裏では、混乱を利用して彼らの排除を黙認している節がある。秩序を理由に強権的な処置を正当化する……よくある話だ。」


若い男は拳を握りしめたまま、少女に視線を向ける。


謎の男2「この子は……どうします?」


謎の男1「新木場の連中に預けよう。あそこなら、民族や出自に関係なく面倒を見てくれるはずだ。」

斑目は迷いなく答える。「時期に米原会も力を失うだろう。」


謎の男2「でも……不思議です。同じ境遇の人間が、どうしてここまで非情になれるのか……。」


謎の男1「人間は追い詰められると、同じ思想でも分裂するものだ。ましてやルミノヴェルムのような強力な薬が絡めば、理性など簡単に吹き飛ぶ。これ以上放置すれば、社会は崩壊するだろう。」

斑目の言葉には、重く深い諦念が滲んでいた。


謎の男2「バブル期に重労働を強いられた『黒孩子ヘイハイズ』たちが中心となり結成した秘密結社……パシフィックシンジケート。復讐を掲げて始まったはずの運動が、今や穏健派までも攻撃対象にしているなんて。」


謎の男1「すべて、ルミノヴェルムのなせる業だ。強化と依存、その副作用が人間を狂わせる。連中が完全に薬に支配される前に、必ず止めなければならない。」


謎の男2「承知しました。」

若い男が深く頷き、奥羽に指示を出すべくその場を去った。


少女は日本語を理解していた。しかし、大人たちが交わした言葉は、どこか遠いものに感じられた。理解の外にある何かに巻き込まれ、ただ自分の運命を受け入れるほかなかった。


 20世紀後半、急成長を遂げたバイオテクノロジー企業「ノヴァジェン・ラボ」。彼らは、軍事や医療分野での応用を見据え、人間の身体能力を飛躍的に向上させる薬の開発に着手した。研究には遺伝子編集技術が駆使され、未知の生物から抽出した成分が人体強化薬の基礎として用いられた。


 当初、臨床試験は合法的に進められていた。しかし、試験が進むにつれ、副作用が深刻化。被験者たちは強靭な身体を得る代わりに精神を蝕まれ、次第に凶暴化していった。この結果、プロジェクトは急遽中止され、研究データは厳重に保管された。


 だが、企業内部からの情報漏洩により、薬の配合データと少量のサンプルが闇市場に流出。ルミノヴェルムは地下で密かに取引されるようになり、やがて犯罪組織の手に渡った。


 中でも、パシフィックシンジケートと呼ばれる組織はこの薬を武器に、社会に混乱を巻き起こし、日本全土で衝突を引き起こした。ルミノヴェルムは単なる薬以上の存在となり、その狂気は人々の運命を、そして社会そのものを飲み込んでいった。

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