11
ニトたちが辺境都市・シウル周辺の盗賊を一掃した日から数日後。
まだ辺境都市・シウルにニトたちは滞在していた。
それには理由がある。
ニトは既に望む物――神絵師「ouma」のイリスの肖像画を無事に購入して店先で喜びを爆発させるといったことはあったが、それではない。
店先であったため、若干迷惑だったのは本人も認めている。
では何が理由かといえば、盗賊一掃のお支払いと、ノインとフィーアがまだ満足していないのだ。
お支払いに関しては、モラルスからの報奨金は既にいただいているのだが、そちらではなく、辺境伯の方からも報奨金が出ることになったので、そちらの方である。
これが一つ、二つくらいの盗賊集団であれば直ぐにでも支払われるのだが、今回はあまりにも数が多く、その中には懸賞金が懸けられているのも居たため、その金額があまりにも大きかったために、用意するのに数日かかるのであった。
それを待っているのである。
今は特に用はなく、数日くらいでいいのなら、もらえるモノはもらっておこうと、ニトたちは待つことにしたのだ。
一気に稼げば、しばらくは気にせずに済むだろう、という考えも含まれていた。
そこで、その数日間、何をするかといえば、そこでノインとフィーアが満足すること――依頼の報酬によるモラルス払いの食事と、その確保である。
何しろ、辺境都市・シウルを出てしまえば、次はいつ美味い食事にありつけるかはわからない。
それならば、支払いはモラルスが行うし、ニトの「アイテムボックス」が無尽蔵となれば、可能な限り今後の分も確保するのは、ノインとフィーアからすれば自然な行いだろう。
特に、モラルスが全面的に援助するようになった少年料理人が作る物を気に入ったようで、様々な料理を大量に作ることになった少年料理人が腱鞘炎や倒れはしないかと心配されるが、当の本人が嬉しそうだったのは救いかもしれない。
そうして過ごしていた矢先――。
「見つけたぞ! すべて貴様のせいだ! 殺してやる!」
ニトたちはいきなりそんな言葉を投げかけられた。
大通りの往来の中、ニトたちは突然大勢に囲まれる。
取り囲んだのは、見た目からして粗野というか、冒険者崩れという言葉が似合いそうな者たち。
一歩も間違えずに、盗賊と言っても通用しそうな様相である。
また、その中に仕立てのいい衣服を身に纏った貴族の男性と、恰幅のいい商人の男性が紛れ込んでいた。
先ほどの言葉は、どうやら貴族風の男性が発したようである。
というのも、怒りを露わにした表情で、ニトを射殺すように強く睨んでいるからだ。
ニトを睨んでいるのは、商人風の男性も同様であった。
周囲を見たニトは……ノインとフィーアの食事代のために同行しているモラルスに尋ねる。
「もしかして、今のは俺に言ったのか?」
視線が自分に向けられているため、一応確認するといった感じである。
話を振られるとは思っていなかったのか、モラルスは苦笑を浮かべた。
「ええと、件の……シウルにちょっかいをかけていた貴族と商人の一味かと。商人の方――ジャーラ商会のゲイルとは面識があると思うのですが?」
「………………」
モラルスがそう言うので、ニトは商人の男性をジッと見る。
視線を向けられた商人の男性は、ふふん! と勝ち誇るような笑みを浮かべた。
この状況でそのような表情を浮かべられるのは、もしかして大物なのでは? と錯覚しそうな者が居るかもしれない。
もしくはただの馬鹿か。
ただ、この場にそういう者が居るとは限らないが……少なくとも、ニトたちを取り囲んでいる粗野な連中の中に、同じような表情を浮かべている者は居た。
「……いや、記憶にないな」
ニトは首を傾げるが、その口調はしっかりとしていて、相手をからかっているとか、嘘を吐いているようには思えない。
本当に記憶にないようだった。
これに、商人の男性は憤る。
「ふざけるなっ! 記憶にないだと! つい数日前に会っただろうが!」
「いや、知らん」
「いやいや、会っているから! 面と向かっていたから! そこの獣を寄越せと言っただろう!」
「ああ……なんかあったような……なかったような……どうだ?」
ニトはノインに尋ねる。
ノインは首を傾げた。
「記憶にないね。聞いた憶えもない……いや、あれじゃないか? 私が知らないとなると、ニトが一人で出歩いた時のことではないのか?」
「え? ……あ、ああ。そんなことがあったような……いや、ないか」
「あるわ! あったわ! 貴様は一人で出歩いていたわ!」
地団駄を踏んで、さらに憤る商人の男性。
普段から動かないためか、たったそれだけの動きで、既に額に汗を掻き始めている。
ただ、商人の男性がそれだけ強く肯定しても、やはりニトは首を傾げた。
「正直なところ、一人で出歩いていた時は意識的に見えていても記憶にない。あの時は潤いがなくて、早く手に入って欲しいという思考と願望しかなかったからな」
「はあ! ふざけるな! 本当に! 私を、私たちを誰だと思っている!」
「いや、だから記憶にないって言っているだろ。それに記憶がなくても、そっちがなんなのかはわかる」
商人の男性だけではなく、貴族の男性を含めたその周囲に居る者たちに向けて、ニトは言う。
「お前たちが何者であれ、もう先がない者たちってことはな」
真っ先に反応を示したのは、貴族の男性。
「言ってくれる! どうせ姑息な手段でも用いて盗賊共をどうにかしたのだろうが、私たちには通用しない!」
根拠のない自信だな、とニトは思う。
そもそも、別に姑息な手段は一切用いていない。
真正面から乗り込んで潰しただけである。
情報不足であるという自覚がないまま、貴族の男性は周囲に向けて命令を出す。
「殺せ! こいつらを殺してしまえばまだどうにでもやりようはある!」
周囲に居た粗野な連中が、ニトたちに向けて一斉に襲いかかる。
襲いかかる対象の中にはモラルスも含まれているようで、どうやら標的の一人のようだ。
『うおおおおおっ!』
都市内だろうが関係ないと、粗野な連中は全員殺意を隠さずに武器を抜き放っている。
「動かなくていいからな」
ニトがそう口にする。
襲いかかってきている粗野な連中に向けて、ではない。
モラルスに向けて、だ。
「お預けします」
自分の命運を、ニトたちに託すことにしたモラルス。
モラルスが即決したのは、戦闘能力に関しては皆無に近く、どう考えても足手まといでしかないとわかっているからだ。
「そこまで覚悟をするような相手じゃない」
モラルスに対してそう答えるニト。
「その通りだね。運動にすらならないから、安心してそこで待ってな」
ノインもそう付け加えて、ニトたちは粗野な連中を迎え撃つ。
振るわれる武具を拳で破壊しつつ、そのまま近くに居た粗野な者を殴ろうとして、ニトはその直前でピタッと拳をとめる。
その拳に込められていた威力を物語るように、余波のような風圧が発生して、殴られる直前だった粗野な者の顔が歪む。
ニトはそのままモラルスに尋ねる。
「一応、聞いておくが、この連中は生かしておいた方がいいのか?」
「そうですね。可能であれば、是非。情報は多い方がいいですし、相手は貴族ですから、対応は辺境伯に任せるのがいいかと」
「わかった。どちらにしろ、手間ではない。ノインとフィーアもそれで頼む」
ということで、捕らえる方向での迎撃が始まる。
それは一方的であり、あっという間に終わった。
粗野な連中によって、ではなく、ニトたちによって。
僅か数秒で、ニトたちが一方的に叩き伏せる。
もちろん殺してはいないが、それでも無傷という訳ではない。
顔が膨れ上がったり、骨が折れたりしているが、生きているのだから許容範囲だろう。
あっという間にやられたことで、貴族の男性と商人の男性は、ニトたちが迂闊に手を出してはいけない相手だと漸く気付く。
特に貴族の男性の脳裏には、王家からの注意が頭に浮かんだ。
「ひ、ひいいいいいっ!」
我先にと逃げ出そうとする貴族の男性だが、当然逃がす訳がない。
「どこに行こうとしている?」
ニトが貴族の男性の襟首を掴み、そのまま引き倒す。
尻餅をついた貴族の男性は、そのことが気に食わなかったのか、子供のように憤慨する。
「き、貴様! 貴族である私に何をする!」
「だからなんだ?」
「き、貴族をこのように扱うなど、許される訳がない!」
「許すとか許さないとか、今は関係ないだろ? そんなモノが今、お前をどうやって守ってくれるんだ?」
ニトからすれば、それこそ軽く、いや、一般的に誰が見てもただ拳を突き出しただけの、当てるつもりは一切ない拳を前に出しただけなのだが、それだけで貴族の男性は過剰に反応し、悲鳴を上げて気絶した。
「これが貴族とか、大丈夫なのか、この国は?」
ニトの問いかけは、貴族の男性にではなく、モラルスに向けたモノだった。
モラルスは一つ頷く。
「それは底辺ですから。まともな方も数多くいますので問題ありません」
「そうか。まっ、俺には関係ない話だ。それで、そっちのも含めて、回収されるまで待たないといけないのか?」
そっち、とは、同じく逃げ出そうとしていた商人の男性だが、既にノインが前足で上から踏み付けるように押さえ付けていた。
こんな相手だと寧ろ眠くなると、ノインは大きな欠伸をする。
「そうですね。少しすれば警備兵が来ますので、そこまで待っていただければ助かります」
「それぐらいなら、いいか」
「まったく、無粋な小童共だよ。せっかく美味い料理を食べたっていうのに、その余韻も楽しませてくれないなんてね」
ノインはやれやれと息を吐き、ニトは肩をすくめた。
粗野な連中に関してはフィーアが見張っているので、誰も逃げ出すのは不可能である。
モラルスが言ったように少ししたら警備兵が来たので一同を引き渡し、ニトたちは何事もなかったかのように、モラルスの案内で料理店巡りを再開した。
―――
それからさらに数日を過ごす。
ついでとばかりに、冒険者ギルドに「アイテムボックス」内の魔物を放出したり、ノインとフィーアが運動とばかりに周囲の森に狩りへと向かい、少しは歯応えが欲しかったと中層から深層にかけての魔物が運び込まれたりと、辺境都市・シウルはさらに大きく沸き上がるが、ニトたちは特に気にしなかった。
そして、辺境伯からの報奨金を満額受け取り、ノインとフィーアのための料理のストックも充分溜まったので、ニトたちは辺境都市・シウルから出発する。
出発することを知った多くの者が、見送りに現れた。
辺境都市・シウルの門の近くで大多数に取り囲まれ、大部分は盗賊一掃に関する感謝の言葉や、また立ち寄って欲しい、というモノだったが、中には――。
「うおおおおお! もう行ってしまわれるのですか!」
「そんな! まだまだ居てくださいよ!」
「必要なんです! 私たちには!」
熱烈に引き留めようとする者も居る。
その者たちに共通しているのは、料理人。
なので、相手はノインとフィーアである。
「いずれまた来よう」
「「「お待ちしております!」」」
ノインとフィーアの周辺に集まっている者たちが、一同に一礼する。
辺境都市・シウルの料理界隈にとって、重鎮としての地位は確固足るモノであった。
ノインとフィーアは、どこか自慢げである。
その様子を、ニトはモラルスと共に見ていた。
「本当に、随分と人気者になったモノだな」
「それだけお世話になったということでしょう。実際、たった数日でシウルの料理はどれも味が向上しましたから。それよりも、申し訳ありませんね」
「何がだ?」
「つい数日前に妻と冒険者パーティ『麗しき深緑』が行商に出てしまい、見送りができませんでしたので」
「別に気にしなくていい。盗賊が一掃されて、商人からすれば絶好の機会だろうからな。それじゃ。……行くぞ、ノイン! フィーア!」
ニトの合図が聞こえたノインとフィーアは、囲んでいる者たちに挨拶を言って合流する。
「この度は本当にありがとうございました。お約束通り、商人の力が必要な時はお呼びください。必ず駆け付けさせていただきますので」
「その時は当てにさせてもらうよ」
ニトはモラルスに向けて片手を上げて見せて、ノイン、フィーアと共に出発した。




