サブイベ 「少年料理人」
辺境都市・シウル内にある、それなりに築年数が経っている二階建ての一軒家。
所謂、ボロ家。
そこの一階は食堂だった。
といってもレストランとかではなく、小料理屋とかそういった個人経営のこぢんまりとした食堂である。
そこで料理を振るうのは、十代前半――まだ子供と言っていい少年。
昨年、料理人の父が亡くなるまで料理を習い続け、母親と妹に手伝ってもらいながら、どうにかこうにかこの一年を過ごすことができた。
しかし、それも限界が近い。
別に少年の腕前が悪い訳ではない。
寧ろ、少年の腕前を評価するのなら、天才の部類である。
だからといって、母親と妹にも問題はない。
寧ろ、看板母娘として、ご近所さんでは有名だ。
毎日来る訳ではないが、父親の代からの常連客も居る。
それなら、何故限界が近いのか、何が悪いかと言えば……まあ、ボロ家という見栄えを除くと、立地が悪かった。
大通りから少し外れたところにあるというのも関係あるだろうが、客足が遠い最大の理由は、ご近所に辺境都市・シウルで最大のレストランがあるためだ。
それでも、少年は負けない。
心は折れていない。
「夢はでっかく! 俺は父さんを超えて、料理人の王さまになってやる!」
そう言う少年を、母親と妹は微笑ましそうに見ていた。
それでも、苦しいモノは苦しい。
特に、食材の輸入を行う商人の馬車が盗賊にでも襲われれば、その被害は当人だけではなく、間接的にこういう小さなところにも影響を及ぼすだろう。
何しろ、欲しいモノを手にしようとしても大きな方に優先されがちであり、小さな方が望んでも手に入らないこともある。
この食堂も、そうだった。
何度も食材が手に入らないことがあったが、それでも今までどうにかこうにか乗り越えてきたからこそ、その時まで耐えることができたのだ。
その時のきっかけとなったのは、辺境都市・シウルにとってのちに記念日となる、周辺の盗賊が一掃された日。
盗賊が一掃されたという情報が回り、それが事実だとわかると同時に、商人たちは稼ぎ時だと――今動かねばいつ動く? と一斉に動き出し、一種の祭りのような状態になった。
何しろ、魔物は自然災害に近いが、盗賊という明確な脅威が去ったのだ。
祭り状態ということで様々な物が市場に流れ出て……少年料理人も、これを機に食堂に新規のお客を呼び込もうと考える。
それには、目玉となる新たな料理が必要かもしれない、と市場を物色して……少年料理人はとある植物の根茎を手に入れた。
辛みと独特な香りがあり、地方によっては生薬の一つとして使われているため、何かに使えるかと思って仕入れた、と商人が語ったモノ。
他にも普段は希少な物や高級品も、祭りの雰囲気に流されてか、ここぞとばかりに安価で販売されていたが、少年料理人からすればそれでも高価であったというのもある。
けれど、少年料理人は別に悔やんでいない。
望んで、それを手にしたのだ。
食べて健康になるのなら、それは素晴らしいことだと、少年料理人は思った。
ただ、問題はこれを料理にどう活かすか、である。
少年料理人はパズルを組み合わせていくかのように、自らの答えを出していく。
一般の場合だと、答えに辿り着くまでに千、二千ピース必要であったとしても、少年料理人の場合は、僅か十ピースで辿り着いていた。
この辺りが、天才足る所以だろう。
根茎の皮をむいて、すりおろし、様々な調味料を混ぜ合わせて、タレを作る。
熱したフライパンに油をひき、薄力粉を振るった豚肉、もしくは魔物の肉を、両面にこんがり焼き色が付くまで焼いて、最後にタレを入れて炒め合わせ、全体に味が馴染めば、でき上がり。
「……できた!」
少年料理人からすれば、それは自慢の一品だった。
味見をした母親と妹も太鼓判を押す。
けれど、だからといって、それで注目される……直ぐに何かが変わるというのは難しい。
元々、常連しか来ないような食堂なのだ。
近所に辺境都市・シウル最大のレストランがあって、そこも祭りの雰囲気に合わせて新作料理を発表している。
それこそ、少年料理人では手に入らなかった、希少品や高級品をふんだんに使用しつつも、できるだけ値を下げたようなモノを。
普段は手を出せなくても今ならば、と周囲の雰囲気も合わさって、誰しもがレストランに赴いていく。
ボロい食堂の新作料理には、目すら向けられない。
だから、目ではなく、鼻で判別されたのだ。
「……こちら、ですか? あちらのレストランの新作が今話題なのですが?」
「みたいだな。でも、そっちではなく、ここから美味そうな匂いがするんだと」
「ふむ。いまさらノインさまの感覚を疑う訳ではあり……いえ、行きましょう。ここにしましょう。私の勘がそう告げています」
「……お前の勘はどういう基準で働いているのか、不思議だな」
そんな会話が聞こえたと思えば、食堂の扉が開かれて、男性二人が入ってくる。
一人はいかにもといった冒険者のように見えて、もう一人は仕立ての良い衣服に身を包んだ商人のように見えた。
特に商人の方は、どこかで見たことあるような気になる少年料理人。
ただ、どちらも常連ではなく初見のお客ということもあって、いつもより声を張り上げる。
「いらっしゃいませ!」
母親が男性二人を席まで案内し、妹が水を運びながら、人受けの良さそうな笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
「ああ、入れなくて外に居るのが、ここから美味そうな匂いがするって言うから、それで頼む。詳しくはそっちに聞いてくれ」
「入れない? 外?」
黒髪の冒険者の妙な言い回しを不思議に思い、妹が食堂の扉を開けると、外に巨大な狼と普通の狼が寝そべって、顔だけ食堂の方に向けていた。
「おっきいわんわん!」
妹が喜びの声を上げたので、少年料理人と母親も外を見て……固まる。
二人は知っていた。
最近、辺境都市・シウルで有名になったフェンリルの親子のことを。
「わんわんではない、小童よ。狼、フェンリルだ。まあ、小童が私を見て物怖じしないのは褒めてやろう。だから、さっきから美味そうな匂いをさせている料理を出しな」
待ちきれないのか、巨大狼から少しだけ涎が出ている。
普通の狼もその匂いを感じ取っているのか、同様に涎が出ていた。
ただ、物怖じしない妹としては、喋ったことに対して嬉しそうな笑みを浮かべるが、美味そうな匂いと言われてもわからない。
兄が作る料理はすべて美味しいと思っているからだ。
けれど、そこで少年料理人は本能で気付く。
新作料理のことだ、と。
「かしこまりました!」
固まりが解け、声を張り上げる少年料理人。
「あの大きさだからな。それを大盛、いや特盛……て通じるのか? とりあえず、山盛りにして出してやってくれ」
「そうそう。金ならそこのがいくらでも払ってくれるから、あるだけ出してもいいよ」
黒髪の冒険者の言葉に付け加えた巨大狼が指し示したのは、商人の男性。
商人の男性は、その通りだと頷く。
わかりましたと調理に入る少年料理人。
「それにしても、こっちに付き合っていいのか? まだ逃げているんだろう? 問題のある貴族と商人ってのが」
「それは時間の問題ですよ。どうやら、シウルから出た様子はないですし、あの手の輩がこういう時に行う行動はわかりやすいので、その内姿を見せるでしょう。もっとも、私の前に姿を見せるとは思えませんが」
男性二人がそんな会話をしている間に、少年料理人は新作料理を手際よく仕上げ、男性二人にはパンと野菜スープ、新作料理がセットの一人前を出し、巨大狼と普通の狼の方には食堂にある一番大きな皿に新作料理を山盛りにして、山盛りからすればお気持ち程度のパンと野菜スープも添えられて出される。
全員、一斉に食べ始め……黒髪の冒険者を除いて、他はそのままガツガツとした勢いでとまらない。
誰しもが、この料理を気に入った、と態度が示している。
黒髪の冒険者は、少年料理人の新作料理を口にして思う。
(あっ、これ……生姜焼きだ)
うんうん、と頷き、黒髪の冒険者は少年料理人に向けて尋ねる。
「これ、米はないのか? それと、キャベツの千切りも一緒に盛って欲しいができるか?」
「米? キャベツ? ……そうか! 確かに、その方がよさそうだ!」
直ぐに納得いったという表情を浮かべ、少年料理人は準備に入る。
黒髪の冒険者は、少しだけ呆けていた。
「思わず言ってみたが、物があって、通じるのか」
会話の内容が聞こえていたのか、商人の男性は一旦食事をやめて尋ねる。
「おや? もしや、この料理がどういったモノかご存じで?」
「いや、ただそっちの方が合うと思っただけだ」
何かを誤魔化すように答える黒髪の冒険者だったが、そのあとの商人の男性の話術が巧みであったのか、少年料理人が作ったこの料理は、ここから「生姜焼き」と呼称されることになった。
「……ふむ。大変堪能させていただきました。さすがは既に重鎮となっているノインさまの感覚。さすがです。では、ここからは商人として動きましょう。少年とは思えない腕前は見事でした。その腕前を存分に振るえるように、協力させていただけませんか? 勘が、そうした方がいいと告げています」
そう言う商人の男性は、まるで未来を見通したような笑みを浮かべていた。
少年料理人の運命もここから大きく変わっていく。
―――
これから先の未来の話。
料理界に激震が走るような、それこそ料理の時代を先に進めるようなことが、これから度々起こる。
その中心に居るのは、料理界の帝王――「料帝」と呼ばれる一人の料理人。
世界中の料理人から尊敬と憧憬を向けられ、料理界の頂点に立ったと言われている。
そんな「料帝」と呼ばれる料理人の始まりは、辺境にある都市のボロ家の食堂から始まり、少年時代のある日に訪れたお客によって、その才能を見出されたと語り継がれていた。




