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第5話

 静まり返った部屋の中、僕は辺りの様子をうかがう。


 あまりの出来事に、王様をはじめとした人々は言葉を失ったままだ。

 先程までのやりとりを、彼らはどう受け取るだろう? 好意的に解釈されたとしても、説明に時間をとられるんじゃないだろうか。


 記憶の喪失自体はもう始まっている。何の記憶から失われるのかは不明だ。神様は数日のうち、と言っていたけれど、実際の猶予はもっと少なく見たほうが良い。


 今すぐ行動するべきだ。


「急ぎやるべきことができました。本日はこれで失礼します。ご無礼をお許しください」


 僕は一方的にそう宣言すると、誰かが口をはさむ前に転移魔法を発動した。



 宿に戻った僕は荷物をまとめながら考える。


 “世界の自動修復機能”の影響範囲は曖昧なままだ。僕は前世の記憶に基づいて、自分の行動を決めてきた。この世界での記憶も改竄されるかも知れない。


 村での迎撃は難しくなる。前世の記憶がなければ、その場に自分がいない可能性さえある。


 事態をシンプルに解決する策として、エルフの王女を襲うゴロツキを処理する案もあった。採用されなかったのは確実性に欠けるからだ。

 風説が流布されている以上、別の愚者が愚行に走る、と。


 やはり、神様の言う通りなんだろう。魔王の力に手が届く存在は、他にはそうそういないはず。


 やるべきことは決まった。


 でも、何がどう転ぶかはわからない。今の状況だってそうだ。

 効果の程は不明でも、魔物の襲撃について、村の人達に警告しておきたい。


 荷物を回収した僕は再び転移魔法を発動し、故郷の村へ帰還した。



「わっ、びっくりした。……お兄ちゃんさあ、もう少し普通に帰って来れない?」


 実家の前に転移した所為で、妹にぶつかるところだった。少し焦りすぎている。


「ああ、ごめん。急ぎなんだ。村長に話したい事があって」


「村長さんなら出かけてるよ。王都に用事があるって。二、三日は戻らないみたい」


 なんて間の悪い。


「……そうか。悪いけど代わりに聞いてほしい。時間がないんだ」


 僕はいくつかの情報をかいつまんで説明する。

 村に魔物が襲来する可能性があること。それを率いるのが未来の魔王であること。この話を僕が忘れてしまうこと。みんなに伝えてほしいこと。この情報を繰り返し僕にも教えてほしいこと。


「信じられない話だとは思う。でも──」


 僕なら信じられない。それでも──


「平気よ。そんなの今更でしょ」


 苦笑いしながら微笑む妹に救われる。あの生意気な妹が女神に見える日が来るなんて。まだ何も解決していないにも関わらず、僕の心から不安が消えていくのを感じる。

 次の言葉を聞くまでは。


「それで、魔物がいつ来るかはわかるの?」


 わからない。


 いや、違う。僕が遠征していたという事は、時間の猶予があったはずだ。それがいつなのか知っていたはずだ。


 わからないのではない、忘れたんだ。



 西の王国に戻った僕は、エルフ族が住うという大森林を駆けていた。


 魔物、魔物、魔物。

 遭遇する魔物を切り捨てる度、焦燥感が加速する。初めて見る魔物ばかりだ。名前も、特徴も、弱点も分からない。前世の記憶に該当するものが一匹もいない。


 それだけ記憶の喪失が進んでいるのだろう。


 緑の髪のエルフ──やがて魔王になる、エルフの王子のことを考え続ける。これだけは忘れてはいけない、重要な人物。


 彼はどのくらい強いのだろう。未来の魔王が弱いとも思えない。周囲には他のエルフもいるはずだ。


 神様は僕を強いと言っていたけど、その言葉をどこまで信じて良いものか。

 十回戦って九回勝てるなら、相手より強いと言える。でも、そんな戦闘を十回、二十回と繰り返して勝ち続ける保証なんてない。


 そもそも、彼はまだ村を襲っていない。殺す事は許されるのか。

 こんなものは英雄ではなく、暗殺者の振る舞いではないか。


 立ち止まりかけて、また走る。

 迷っている暇はない。こうしている間にも、重大な情報を忘れるかも知れない。


 緑の髪のエルフを探す。

 それを繰り返し念じながら走った。



 広大な森を半日近く走り続けた頃、突如として視界が開けた。

 小さな湖がだ。透明度が高く、水底まで見通せる。


 目的のそれとは違う。


 軽い失望を感じながら、荒い息を吐く。未知の魔物との戦闘は、想像以上に僕を疲弊させていた。相手の強さがわからない以上、手加減する余裕がないのだ。


 進路を変えようと体の向きを変え、次の一歩を踏み出す。

 水浴び中の女性と目があう。


「あ」


 弁解を口にする暇もなく、僕は樹上に吊り上げられていた。



「遊びで仕掛けた罠が役に立つなんてね」


 人間ではありえない、緑の髪を煌めかせながら女性が近づいてくる。長い髪からは尖った耳をのぞかせている。


 緑の髪のエルフ。忘れてはいけない、大事な人物。


 物語では知っていたけど、実物を見るのは初めてだ。こんなに美しい人がいるなんて。どんな早技なのか、すでに衣服を着込んでいて、それを少し残念に思う。


 降って湧いた幸運に、鼓動が早鐘を打ち、体温が上がるのを感じる。このチャンスは逃せない。


「人間の子供が、なんでこんなところにいるの?」


 なんでと言われても。


 僕を睨みつけながら、その女性が問いかける。言葉は強いけど、敵意は感じなかった。嫌悪よりも興味が優っているように思う。


 宙吊りで血が昇ったのか、頭にカスミがかかったみたいだ。うまく言葉が出てこない。何かを忘れている気がする。


 冷静さを保て。この機会は逃せない。上手くやらなければ。


「あなたは僕の大事な人みたいです。お側に仕えさせてくれませんか」


 一瞬、間を置いて、彼女は笑い出した。腹を抱えて、目に涙すら浮かべている。


 期待したものとは異なる結果に、僕は困惑する。


 それでもなぜか、心は安堵に包まれていくのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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