最終話
「なっ!?」
単なる地震ではない。まるで空間全体、いや己が存在そのものが揺さぶられる……そんな振動だ。
その不思議な揺れは、しばらく続いた後ピタリと止まる。
「マズイですね……マスター。今の振動は間違いなく時空震……それも範囲は観測出来た範囲全て、おそらく世界中の規模です!」
「イスミル、それって……」
「はい、奴の、ナイアルラトホテップの言っていた時空崩壊……その始まりです。今は一旦収まっていますが、これから周期的により大きな時空震が発生し、最終的にはこの宇宙は……」
そこまで言ってイスミルが言い淀む。勿論、どうなるかなんて明白だった。
ふぅと一息吐いてマシロが笑う。
「ふふ、まさか世界の最後に立ち会うなんて思いませんでした。でも、あのナイアルラトホテップは倒しましたし……最期までお兄ちゃんと一緒、というのなら悪くはない気分です」
「ええ、我等はよくやりましたよ。少なくとも、あの邪悪な思惑だけは潰せました」
マシロにイスミルも同調する。しかし、俺は首を振った。
「マシロ、イスミル……諦めるのはまだ早いぞ」
「お兄ちゃん?」
「俺達も世界も、まだ終わったわけじゃないんだ。最後の瞬間まで俺達らしく足掻こう、マシロ。……イスミル、この力を使って世界の崩壊を止められないか?」
ふよふよと俺のそばで浮かぶ石版、奴が旧き神の鍵と呼んだそれを指差す。イスミルはその指から黒い触手を伸ばし、石版に触れた。
少しの間を置いて、「一つだけなら方法があります」、低くそう答えた。
「本当か!?」
「はい……歪み自壊しつつあるこの時空を、ドラグーンを媒介として石版の力で支え、保持すれば可能です」
「わかった。それをやろう」
「っ! 待ってください! もし、それをすれば、ドラグーンは高次元に固定され、戻るどころか宇宙が終わるその時まで、そこに囚われ続ける事になります! それはこの宇宙に繋がれたナイアルラトホテップと同じ……いえ、自由に歩き回れない分、それよりも更に酷い状態に自身を置くという事ですよ、マスター!」
「そうか……わかった。だけど、それでも……やろう」
迷いは一瞬。俺は覚悟を決め頷いた。
「お兄ちゃん……本当にそれでいいんですか?」
「ああ、決めたよ、マシロ。せっかくナイアルラトホテップを倒して世界を救ったんだ。どうせなら、過去と今と未来、この世界で生きる皆の為に、最後まで救いきろうじゃないか」
「お兄ちゃん……ふふ、お兄ちゃんはやっぱりお馬鹿さんですね。不思議で暖かい、私の大好きなお馬鹿さんです」
「ははは、ありがとう、マシロ。だけど、その前に……」
コスモ・ドラグーンの合体を解除し、更にイスミルにイオス・ドラグーンとの接続を解除させる。
黒と白、二色の光の泡となって消えるドラグーンを見送りながら、俺とリミルとマシロ、そしてリミルの肩に乗ったイオスは、ルーディア山の麓に降り立った。
人目線だと、まるで石の壁のように見える石版だけは、変わらずに俺達の横に静かに浮いている。
「ドラグーンを解除して、どうしたんですか、タツヤさん?」
首を傾げるリミルを見る。カケナの森で初めて出逢った時から、今日までの思い出が胸を過ぎった。
「イオス。リミルの体を傷つけずに、お前とリミルとの融合状態を解除出来るか?」
「……そういう事か。とうの昔にリミルの傷は癒えている。可能だよ、マスター」
「タツヤさん?」
「リミル、それにマシロ。二人はこのまま残るんだ。さっきの話は、俺だけで行く」
「お断りします、お兄ちゃん」
俺の言葉を、マシロがやんわりと、しかし確固たる意志で否定した。
「マシロ……お前は記憶を失い白龍と融合したとは言え、一人の人間の女の子だ。そして、イオスと同等のその結晶を使えば、過去に飛ぶ事だって出来るはず……そこではお前の家族が居る。人としての生を全うするんだ」
しかし、俺の言葉にマシロは微笑みすら浮かべて首を振る。
「何度だって、お兄ちゃんが何を言ったって、お断りします。私の未来も希望も幸福も、何もかも一切合切、お兄ちゃんと共にあるんです。私はお兄ちゃんについて行きます」
「わ、私だってそうです!」
リミルが、その両手を握りしめ叫ぶ。
「私のこと、大切な……相棒だって言ってくれたじゃないですか! 私はタツヤさんと離れたくありませんっ!」
「リミル……リミルが居なくなれば、ヤルバ爺が哀しむぞ?」
「はい。でも……こんなさよならなんて……嫌です」
リミルの頬をいく筋もの涙が伝う。その姿を見て、イオスが腰をあげた。
「どれ、マスター。一つマスターが説得しやすいようにしてやるとしよう」
イオスがリミルの体へ戻る。流れる涙を自ら拭うと、虚空より触手を出し石版を触る。更に胸の結晶へと手を伸ばした。
黒い光が辺りを覆い消えると、そこには驚いた顔のヤルバ爺が立っていた。
「ヤルバよ、あまり時間が無いので手短に話すぞ。実はな……」
ヤルバに簡潔に事情を説明すると、元に戻ったイオスが、ポンッとリミルの肩から俺の頭上へと飛び乗る。
「そういう状況なんです、ヤルバ爺。ヤルバ爺からもリミルを説得してください」
俺の言葉にヤルバ爺は応えない。ただ、じっと孫娘の顔を見ていた。
「お爺ちゃん、ごめんなさい。私はタツヤさんと共に行きます」
リミルもまた、ヤルバ爺の目を真っ直ぐに見ながら話す。ピクリと髭を動かしたヤルバ爺は、しかし俺の予想外な事を言い出した。
「リミルはそれで良いんじゃな?」
ヤルバ爺の言葉にリミルが強く頷く。
「ちょっ、ヤルバ爺っ」
「ほっほっほ……タツヤ殿。娘はいずれ巣立つもの。それが孫娘なら尚更じゃな。……いつの間にか、強く良い目をするようになったのう、リミル。儂の事はいい、自分の信じた道を生きなさい」
「はい! お爺ちゃんっ!」
ヤルバ爺を抱きしめるリミルを見て頭を抱える。そんな俺を頭上でイオスが笑った。
「イオス……お前、こうなるとわかって、ヤルバ爺を呼んだな?」
「ふふん、さてね。だが、マスターはもう少し女心というものを学ぶべきだな」
ヤルバ爺に別れと、他の皆への伝言を頼み、再び召喚した黒龍の翼を広げ、白龍と共に飛翔する。
大きく崩れたルーディア山の頂上上空に着くと、石版を間に挟み白龍と向かいあう。
「では、やるぞ。良いんだな、マスター」
「ああ、頼む」
俺の言葉と共に、石版が強烈な光を発する。その光が消えた時、ヤルバ爺が見上げる空から俺達と石版の姿もまた消えていた。
◆◇
何だろう? 爽やかな風が頬を撫でる。
「ふふん、気付いたか、マスター」
頭上からはイオスの声。目を開けると、俺を覗き込むように、リミルの体となったイオスが微笑んでいた。どうやら、草原のような場所で、いつかのように膝枕をしてもらっているらしい。
「全く、タツヤさんは相変わらずお寝坊さんですね〜」
俺の左手をそっと握り、リミルが笑う。
「え、あれ? リミル?」
リミルとイオス、二人共に人間大だ。沸き起こる疑問に、急速に脳が覚醒する。
「ここは、ドラグーンの中で作った、私達の共通認識できる仮の世界ですよ、お兄ちゃん」
俺の右手に指を絡ませて、マシロが囁く。
「なるほど、だからリミルとイオスが同時に……」
「我等がこれから共に過ごす時間はあまりにも長い。何もない時間を過ごすよりは有意義だろう? 喜べ、マスター。これより永劫とも言える時間を、マスターを想う我等と過ごせるのだ」
そう言うと、イオスはニヤリと笑う。
そのイタズラっ子のような笑みに、俺もまた心から笑い返した。
ーー完ーー
お読みいただきありがとうございました。
ひとまずイオス・ドラグーン、これにて終幕で御座います。
完結出来たのも読者である皆様のおかげで御座います。
次回作を投稿した際には、再び御愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。




