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『くくく、良いぞ、タツヤ。自分のしてきた事が、無駄どころか、この世界にとって最悪の行為だと自覚した絶望感。私にもヒシヒシと伝わってくるぞっ!』
『ぐがっ!』
ナイアルラトホテップの触手が伸び、俺の体を横薙ぎに打ち払う。
反応の遅れた俺はなすすべなく吹き飛ばされ、岩塊にぶつかり落ちた。
『くぅ……』
再び、餓龍剣を杖に立ち上がる俺を影が覆う。影はまるで歌うように囁く。
『立つのか? まだ、立てるのか? 立って、世界を壊して、それで一体どうするつもりなんだい?』
ピクリと体が止まる。ナイアルラトホテップの言葉は、まるで染み込む黒インクのように、俺の心にじわじわと広がり、心を、体を鈍らせる。
そんな俺の姿をナイアルラトホテップが嘲笑う。
『そうか、立たないか。ならば、世界より君を先に終わらせてやろう』
奴が触手を振り上げると、猛スピードで振り下してくる。迫る触手を見上げながら、それでも俺は動けない。
目を閉じて訪れる終末を覚悟する。しかし……その瞬間はいつまで待っても来なかった。
『ふざけないでっ!』
怒りをはらんだ叫び声に瞳を開ける。ナイアルラトホテップの触手は、俺から伸びた数本の白い触手に受け止められていた。
『今までお兄ちゃんが、どんな想いで戦ってきたかも知らないくせにっ! 私のお兄ちゃんを……馬鹿にするなぁっ!』
『マシロ……』
『立てるか? 立つに決まっているでしょうっ!』
数十体の黒水龍が現れ、ナイアルラトホテップの触手に突撃し穴を開けていく。
『マスターは、どんな苦境だって折れたりしませんっ! 何度倒れたって必ず立ち上がり、皆で笑いあえる明日を目指すっ! それが、我の……我等の大切なマスターですっ!』
『イスミル……』
『さあ、行きましょうっ、お兄ちゃん!』
『マスター! マスターは決して一人じゃありませんっ!』
『イスミル……マシロ……。ハハッ、すまない、待たせたな』
自嘲的な笑い声と共に、頭を振って立ち上がる。
俺は何を呆けていたんだ。イスミルもマシロも、まだ諦めちゃいない。それなのに、二人が信じる俺が、真っ先に全てを投げ出して諦めてどうするんだ。
『ほう、それが君の答えかい? タツヤ』
『ふんっ、忘れたのか? 貴様が言った事だぞ、ナイアルラトホテップ。この世界が終わるその瞬間まで、俺は貴様に抗って、抗って、抗い抜いてやるっ!』
餓龍剣を持ち上げ見る。結晶の刃には細かい刃こぼれやヒビが出来ていた。
ドラグーンの全身だって、あちこちガタがきているのだろう。体を動かすたびに、どこかが軋んだ音を立てる。
だが……そんな事は関係無い。俺は両脚を踏ん張ると、餓龍剣を正眼に構える。
『マスター!』
『お兄ちゃんっ!』
心と心が混ざり一つになる……そんな不思議な感覚と共に、イスミルとマシロの手が、餓龍剣を持つ俺の手に触れた……そう感じた瞬間、俺の、ドラグーンの全身を黒と白の光が包み込んだ。
光は真っ直ぐ空へとどこまでも伸びる。まるで天地を貫く光の柱のようになった俺の目の前に、一枚の巨大な石版が現れた。
『これは……一体?』
『まさか……まさか、《旧き神の鍵》だと!?』
触手を震わせ、ナイアルラトホテップが叫ぶ。
『宇宙すら書き換える力を何故、貴様達が……まさか、原始の汚泥より召喚したと言うのか! 只の人間がっ! 紛い物でしかないイオスとコスモの結晶がっ!』
喚くナイアルラトホテップを無視して石版に触れる。すると、石版は光の粒子に変わり餓龍剣へと吸い込まれ……餓龍剣は長く伸びる光の剣へと姿を変えた。
俺の脳は状況を理解してはいない。しかし、やるべき事だけは不思議とわかった。
光の剣を強く握る。イスミルとマシロの重ねられた手の感触を確かに感じながら、ナイアルラトホテップへ向かって光の剣を振りかぶる。
『また私の邪魔をするのかっ、旧神よっ!! 認めんっ、私は認めんぞっ、タツヤァァッ!!!』
俺に向かって、ナイアルラトホテップの触手が、何十何百の槍となって降り注ぐ。しかし、俺の体に触れる前に、触手達は全て光の粒子となって消え去った。
『ナイアルラトホテップ、人間は……この世界はお前の玩具なんかじゃない! 全ての宇宙から、永遠に消え去れっ!!』
ナイアルラトホテップに向かい、光の剣を袈裟懸けに振り下ろす。奴の体についた光の傷は、その黒い闇の組織を光の泡へ変えながら、どんどん広がっていった。
『ぐぅぅぅっ! おのれっ、タツヤッ! おのれっ、ドラグーンッ! だが、貴様達とて終わりだっ! この宇宙の崩壊は、もはや止まらんっ! くくく……先に虚無で待っているぞっ!!』
呪詛の言葉を残し、ナイアルラトホテップが、這い寄る混沌が、世界を覆った闇が完全に消失した。
光の泡が餓龍剣から抜け出し、再び石版の形状に戻ると、俺のそばで浮遊する。
『終わった……のか?』
呟く俺を、だがしかし、強烈な振動が襲った。




