6-8
減速が間に合わず、ナイアルラトホテップを突き抜けると、地面を滑るように着地する。
土煙の中、俺はすぐに起き上がると、奴と向かい合う。
ナイアルラトホテップは動かない。小山のようなその体は、ニュートロン・ハンマーを壁にして近距離でのハイパーノヴァ照射、そして俺の突撃で大きく裂け今にも崩れ落ちそうだ。しかし……。
『これでも……有効打じゃないのかっ……』
『……ああ……ハハハ、やはりバレていたか。驚かそうと思ったのだけどね』
奴の笑い声に合わせて、ブルリとナイアルラトホテップの全身が震える。そのまま、まるでビデオの逆再生のように、千切れた組織が、溶けて蒸発し完全に消失したはずの半身が急速に復元していく。
『くっ、わかるさ。お前の中に核の手応えは無かった』
『ふふん、当然だ。私はクトゥルフとは違う。さぁ、それでは続けようか』
ナイアルラトホテップが動き出す。両腕を巨大な青龍刀のような、幅広の刀状に変形させると、三本の脚で跳ねるように走りだし、その体に不釣り合いなスピードで、こちらへと突進してきた。
俺は、餓龍剣を引き抜きそれを迎え撃つ。
『おおおっ!』
突進の勢いをのせて振り下ろされるナイアルラトホテップの刀を、餓龍剣で受ける。その凄まじい剣圧に、俺の両脚が大地に沈み込んだ。
『くっ!』
一度離れた刃が再び振り下される。いや、一度や二度じゃない。左右の刀で何度も何度も何度も……ナイアルラトホテップは一撃一撃が必殺の威力を持つ斬撃を繰り出し、俺はその全てを受けきる。
その激しさに、頭の奥がジンと痺れる。結晶化し強化された餓龍剣でなければ、とても受けきれないだろう。
『今だっ!』
度重なる打ち合いに、疲弊したナイアルラトホテップの刀にヒビが入り、遂には砕ける。
俺はその隙を逃さず、奴の脚を踏み台に跳躍する。
そのまま奴の頭部に、イスミルとマシロが水龍を纏わせた餓龍剣を突き立てた。
『そうはいかないよっ、タツヤ』
『ぐぁっ!』
水龍達によってナイアルラトホテップの頭に大穴が開くその前に、頭部から突き出た数多の触手に打たれ大きく飛ばされる。
『うんうん、いいねいいね。実にいいよ、タツヤッ! もはや目的は達成されたも同然だ!』
『くっ、何を言ってる……俺達はまだ負けちゃいないぞっ!』
軋む体を、餓龍剣を杖にして起こす。
立ち上がり、再び構えた俺を、ナイアルラトホテップは見下ろしながら首を傾げた。
『ん? くくく、君達が私に勝とうが負けようが、はたまた生きていようが無残に死のうが、私の目的には何一つ関係が無い』
黒く蠢く触手を頭部へと納めながら、ナイアルラトホテップは腕を広げる。
『いいだろう、今私は最高の気分だ。君達に私の目的を……君達にとっては逃れられない破滅になるが、それを教えてやろうじゃないか』
『俺達の破滅、だと……!』
『そうだ、その通り、確実な破滅、だ。間も無く、この星……いや、この宇宙、この次元全ては完全に消滅する』
愉しそうに、夢見るようにナイアルラトホテップが語る。しかし、その中身はとても信じられるようなものじゃない。
『なっ!?』
『そんな馬鹿な……とでも言いたげだね。クトゥルフ復活を思い出すといい。君と混沌卿の戦いで、この場にはクトゥルフ復活に足る多大な魔素が満ち満ちた』
ナイアルラトホテップの瞳がグニャリと捻じ曲がる。
『あれと同じ事があれ以上の規模で発生したのさ。私と君達、超高位の力を持つ者がぶつかる事で、世界を支えるダークマター、魔素の極端な不均衡を生み出したわけだ。今まさに、私達を中心に時空が歪み、その歪みは時間と共に自動的に増大している。歪みが限界を超えたその時……それがこの世界の終わる時だ』
『……そんな……そんな事をして、一体どんな意味が、何があるっていうんだっ!』
『意味ならばある……そう、とても大きな意味があるのさ、タツヤ! この次元そのものが、私を留め置く……忌まわしき檻だ。かつて、敵対した神によって、この世界へと封じられた私は、自由を取り戻すべく、私に対抗できる存在を育て始めた。前回の人類とクトゥルフでは駄目だったが……私が幾度も与えた淘汰圧と知恵によって、人の歴史の果てに、ようやくその域に達したのが君達だ。感謝するよ、タツヤ。君がこの世界という牢獄を破壊し、私を解き放つのだ!』
『俺が……世界を?』
それじゃあ、今日まで俺達がやってきた事は……全て、この悪魔の手の内だったのか? 俺は何も考えられず、立ち尽くした。




