5-4
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「うっ……」
窓から射し込む眩しい陽射しに、思わず開いた目を再び閉じる。
どうやら、ここは自室のベッドらしい。
上体を起こして、失ったはずの左手を、何度も握っては開き確かめる。
「起きたら全部夢でした、なんて都合のいい話は……無いか」
ベッドの脇、涙の筋もそのままに眠っているマシロの頭を優しく撫でながら呟く。
起こさないようにベッドから抜け出すと、眠ったままのマシロをそっと抱き上げ、ベッドに寝かせた。
そのまま、一人浴室に行き鏡を見る。……酷い顔だ。
助かったとはいえ大量に血を流したせいか、顔色は悪く生気も感じられない。
それでも、冷たい水を叩きつけるようにして顔を洗うと、幾分シャキッとして目が覚める。
「目覚めたようじゃな……」
後ろからの声に振り向くと、ヤルバ爺が一人ぽつんと立っていた。
「ヤルバ爺……俺は……」
「うむ、経緯はマシロ様から既に伺っておる。しかし……リミルが拐われるとはのう……」
肩を落とし、痛々しい表情を見せるヤルバ爺。たまらず俺はヤルバ爺に頭を下げた。
「申し訳ありません、ヤルバ爺。俺が……俺が二人を守りきれなかったからなんです。今夜、混沌卿からリミルとイオスを賭けての勝負を持ちかけられました。必ず勝って、二人を無事に連れ帰ってきます!」
「頭を上げてくだされ、タツヤ殿。リミルの為に片腕を失い、己が命すら危険にさらして、それでもなお挑んで行った事を知り、一体誰がお主を責められようか……一人の祖父として、今のタツヤ殿の言葉、ただただ嬉しく思う」
そう言うと、俺の右肩を手で押さえ頭を上げさせる。ヤルバ爺の目には涙が滲んでいた。
「そこまで尽力してくれたタツヤ殿に、より辛い戦いを強いる儂を許してほしい……どうか、どうか……リミルの事をお救いくだされ」
ヤルバ爺の震える声に、俺は大きく頷いた。
そっと自室に戻る。しかし、マシロは起きていたようだ。シーツをキュッと握り、俯いている。
俺はベッドの端に腰掛け、笑いかける。
「起こしちゃったかな、マシロ」
「ううん……お兄ちゃん、もう腕は痛くないですか?」
「ああ、マシロが治してくれたんだろう? ありがとうな。この通り、もう完全に絶好調だ!!」
左腕をブンブンと振って見せる。マシロは俺の戯けた仕草に、少しだけ笑顔を見せるが、また表情を沈ませる。
「今夜……やっぱり行くんですよね?」
「ああ、二人を取り戻しに行く」
「お兄ちゃん……」
何か言いたげなマシロを見て、俺はキュッとその手を握る。えっ、と驚くマシロに繋いだ手を見せ笑いかける。
「ほら、記憶の中の手と同じだ。俺の右手は、昨日繋いだマシロの手の、柔らかさも暖かさも覚えている。そして、同じ様に左手は、リミルの手を覚えているんだ。俺はこんな事で、あの温もりを失いたくは無い」
マシロの顔が歪む。その瞳にはたちまち涙が溢れていく。
「わかってるんです……お兄ちゃんは、絶対に助けに行くって……でも、それでも…………私はお兄ちゃんに行ってほしく無いです」
「マシロ……」
「それがどういう意味か……リミル姉さんやイオス姉さんにとって、酷い事を言ってるんだって、ちゃんとわかってます。でも、お兄ちゃん……腕を斬られて、あんなに血を流して……」
「それならほら、マシロが治してくれたろう?」
「っっ! 今度は死んじゃうかもしれないじゃないですかっ!」
トンッ、とマシロが抱きつき、顔を隠すように胸に額をつけた。そのまま俺の服を掴み、ボロボロと涙を流し続ける。
俺はそんなマシロの髪を優しく撫でながら、ゆっくりと言い聞かせるように話した。
「マシロ。マシロは俺の事好きかい?」
「……大好き、です」
「そうか。実は俺も、俺の事をそんなに嫌いじゃない。マシロが俺を見てきた時間より、ずっとずっと長く、俺は俺自身を見てきたから……その中で見た自分の弱さや汚い部分も含めて、俺は俺がそんなに嫌いじゃないんだ」
マシロの顔を上げさせ、指で涙を拭う。その瞳はただ一心に俺を見つめていた。
「だけどな、マシロ。もし、今夜逃げ出したら……大切な二人を見捨てたら、俺は一生自分を許せなくなる。本当に自分勝手な話だと思うよ。……だけど頼む、マシロ。お前が好きだと言ってくれた俺を、自己嫌悪のままで終わる男にしないでくれ」
俺の言葉にマシロが俯く。
「……そんな事言われたら、もう私には止められません。意地の為にそこまでする……お兄ちゃんは、馬鹿です」
「ああ、馬鹿なんだろうな。でも、自分の弱さを後悔し続ける馬鹿より、不思議で暖かい馬鹿でいたいのさ」
「……なんですか、それ?」
「ん〜、俺の目標……かな?」
「よくわからないけれど……わかりました。私はお兄ちゃんのその覚悟を信じます。でも、絶対に……絶対に帰ってきてくださいね? 約束、ですよ?」
「もちろんだ、約束する」
マシロに大きく頷いた瞬間、首に腕を回され、柔らかな感触が一瞬唇に触れる。
「マ、マシロ……?」
「約束、です。帰って来なかったら酷いんですからね」
そう言って、頬を赤らめたまま、マシロはベーっと舌を出した。
支度を整え、リズさんの家を出る。
太陽は既に傾き、沈み始めていた。
もうすぐ夜が来る。俺の全存在をかけて挑む、夜が来る。




