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邪龍神機 イオス・ドラグーン  作者: 九頭龍
第五章 ブエラリカを覆う影/終焉の龍神機現る
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5-3


 皆の提案でブエラリカの整備されていない砂浜を歩く。

 月明かりが照らす夜の浜は、俺達が砂を踏む音と波音以外に音も無く、潮の香りを運ぶ風は程良く火照った体を冷やしてくれた。


「えへへ、風が気持ちいいですね!」


 右隣を歩くマシロがキュッと手を繋いでくる。


「ああ、来てよかったな」


「そ、そうですね。たまにはこうして夜のお散歩もいいですよね」


 マシロに続いて、俺の左側を歩くリミルも、空いている左手をそっと掴んできた。

 正直、砂浜で両手を繋いだままというのは歩き難い……けれど、二人の楽しそうな顔を見ると、繋いだ手を離す事は出来なかった。


「むぅ……」


 肩の上のイオスが、小さく不満気な声を漏らす。すると、なぜか小さな手で、ムニュッと耳たぶが掴まれた。……それでいいのか、イオス。


「ふふん、最近バタバタと忙しなかったからな。マスターにも、こういう気晴らしは必要だろう」


 耳たぶで良かったようだ。それでイオスが機嫌良くなれたのなら、何も言うまい。

 しかし……確かに、こっちに来てこういう時間を過ごすのは、ずいぶん久しぶりな気がする。

 可能ならば、これからもこういう日々が続いて欲しい……そう、空の月を仰ぎ見て願う。


「む……マスター!」


 しかし、そんな俺の願いは儚くも消えてしまったようだ。イオスが鋭い声を発する。

 そいつは、何の前触れもなく、あたかも周囲の闇が凝縮したように、突然俺達の前に現れた。


「お手手繋いで夜の散歩、か……お気楽なものだな」


「お前はっ!」


 漆黒の衣と仮面、複数の人間を雑に混ぜ合わせたような声……間違いようが無い、あいつだ。


「ああ、そう言えば、自己紹介がまだだったな……そう、今は混沌卿と呼ばれている。以後、お見知りおきを」


 こちらの警戒なんて全く気にならないというように、ゆったりとした動作で、混沌卿と名乗ったそいつは深く一礼する。


「くっ、何をしに来たっ!」


「ふん、そういきり立つな。今、用があるのはお前じゃ無い。そっちの娘……いや、その胸にある黒龍の結晶だ。こちらに渡して貰おうか」


 混沌卿はそう言うとリミルを指差す。

 俺はリミルとマシロを庇うように、一歩前に出た。


「イオスの結晶を知っているのか……だが、渡せと言われて素直に渡すものかよっ!」


 肩のイオスをリミルに渡すと、スーツの力を最大限発揮し、砂浜とは思えない加速で混沌卿に走り寄る。

 その勢いのまま繰り出す拳は、完全に混沌卿の仮面を捉えていた。

 だがしかし、俺の拳は混沌卿に届かない。左右からやんわりと腕が包まれたかと思うと、次の瞬間には体が浮き、空中で半回転した後、背中から砂浜に叩きつけられた。


「かはっ!」


 スーツで保護された背骨がミシリと音を立て、強制的に肺から呼吸が絞り出される。自分が投げられたのだと理解するより早く、見上げる形になった混沌卿の脚が持ち上がり猛烈な勢いで踏みつけてきた。

 ありえない量の砂が巻き上がる。


「ふん、なかなかやるな」


 俺の足底部を掴み、混沌卿が鼻を鳴らす。

 踏み付けられる瞬間、体を捻り躱すと、そのまま腕の力で下から蹴り上げたのだが、見切られ掴まれたのだ。


「まだまだっ!」


 逆立ち状態の腕を交差させ、体を回転させ掴まれた足を振り解くと、そのまま回転を生かし混沌卿の頭部を蹴り抜く。


「ぬぐっ!」


 グラつく混沌卿に、脚の遠心力で更に回転を増した蹴撃を放つ。


「ははっ! 良い気になるなっ!」


 グラつくまま、強引に上体を逸らし躱した混沌卿が、不安定な体勢のまま、俺の胴目掛け、横に薙ぐような蹴りを打つ。

 しかし、俺の体に奴の蹴りは届かなかった。突如、空間から生えた白い触手が混沌卿の居た場所を深く突き刺したのだ。


「ちぃっ!」


 瞬時に後方へ跳んだ混沌卿が鋭く舌打する。その表情の無い仮面の下から、苛立たし気な視線がマシロへ注がれる。


「お兄ちゃん! 私も一緒に戦います!」


「助かる!」


 胸の結晶をより白く輝かせ、更に数本の触手を虚空から生やしたマシロに頷く。

 一斉に混沌卿に向かい伸びる触手。一撃一撃が確実に命を奪うだろうそれを、しかし混沌卿は棒立ちのまま迎え入れる。

 触手と混沌卿、一瞬の交差。しかし、衝撃音は聞こえなかった。

 代わりに聞こえたのは、ボタボタと砂地に落ちる肉の音。細切れにされた全ての触手が、その白い体液を砂浜に吸わせる前に蒸発して消えた。


「マスター! あれは!?」


 リミルに抱えられたイオスが叫ぶ。その声が何に驚愕しているのかは一目瞭然だった。

 驚いたのは、瞬時に斬り裂かれた触手でも、それを成し遂げた混沌卿の腕前でも無い。触手を斬った奴の獲物に、だ。

 腕の先が鋭い刃の形に変形している。まるで、俺が良く知る物のように。


「イオスの……ドラグーンのスーツなのか?」


「まあ、似たような物だ」


 俺の呟きに応えた混沌卿が、腕の形を元に戻していく。


「そんな事はどうでも良いがね。今少しお前との舞踏ダンスを楽しみたかったが、白龍のせいで興が削がれた。これからは、目的優先でいかせてもらおう!!」


 混沌卿が叫んだ瞬間、波打ち際から複数の影が飛び出す。

 影達は一斉にリミルに襲いかかると、咄嗟の事に動けないリミルの口を布で覆い昏倒させる。影の一人がかざす、結晶の放つ不思議な光の影響なのか、イオスも動きを封じられているようだ。


「リミルッ! イオスッ!!」


「行かせるわけないだろう?」


 連れ攫われようとする二人を追おうとするが、回り込んだ混沌卿の拳が俺を襲う。


「くっ! そこをどけっっ!!!」


「ははは、良いね。良い気迫だ。しかし、冷静さを欠いた今のお前にやられる俺じゃない」


 混沌卿は俺の攻撃を易々と回避すると、再び刃に変えた腕を俺の左肩に振り下ろす。

 ……酷く熱い感覚が、左肩を通り抜けた。火傷しそうな感覚に思わず身をよじる。


「お兄ちゃんっ!!」


 マシロの声を遠くに感じる。何をそんなに慌てているんだ、と自分の左肩を見ると、そこにはあるはずの肩が無かった。


「ほら、落し物だ」


 混沌卿が転がる何かを刃で刺してこちらに放り投げてくる。ドンと胸にぶつかり転がり落ちたそれは、紛れも無く見慣れた俺の左腕だった。

 状況を自覚すると同時に襲いかかる激痛、激痛、激痛……。


「ああああああっっ!!!」


「ふん、無様だな。さて……目的も果たしたし、帰るとするかね」


 もう興味は無いとでもいうように、混沌卿が背を向ける。


「……待てっ……」


「ほぅ……」


 血を流し過ぎた。視界がかすむ。脚が震え、今にも倒れてしまいそうだ。鼓動の音しか聞こえない。わかるのは左肩の激痛だけ。身体が急速に死に近づいている事を実感する。


(それが……どうした)


 脚部のスーツに指示を与え、本来の筋肉を無視して無理矢理立つ。胴のスーツを左肩に集め、残った骨を折るほどの力で圧迫し、更に傷口をスーツで塞ぐ。これで完全では無いが止血も済んだ。痛みは意識を保つ刺激に変える。


(こんな奴らに二人を渡しちゃダメだ!!)


「イオスとリミルを返せっ!!」


 スーツの力だけで、動かない身体を混沌卿に向け走らせる。


「なるほど、な。気が変わった」


「ガッ……」


 俺の突撃を簡単に躱すと、混沌卿はカウンター気味に腹部に膝蹴りをめり込ませる。たまらず倒れる俺の髪を掴み、引き上げると、その表情が読めない仮面の顔を近づける。


「お前が、あいつらをどうしても助けたいというなら、一つ俺とゲームしよう。明日の夜、お前が良く知る遺跡跡で待っているからお前一人で来い。俺と一対一で戦い勝てたのなら、お前の望み通り、あいつらは返却しよう。来なかったり、俺に負けた場合は……はは、言わなくてもわかるか」


 それだけ言うと、混沌卿は俺を突き放し、背を向け視界から消えていく。

 空に浮かぶ月と、泣きながら駆け寄り、俺に手をかざすマシロが見えるだけだ。不思議な暖かさをを感じた時、俺の意識は途切れた。


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