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アイナ博士の助手という立ち位置で、ここで働き始めて四日が過ぎた。
最初の会話が良かったのか、ヨウコとも比較的距離が縮まったような気がする。今では迎えと送りの道中、其れ程長い距離では無いが、何かしら会話を交わすようにまでなった。
もっとも、ヨウコ自身は自分の過去をあまり語りたがらない。必然的に俺の話が増え、俺は昔の日本の事や、リミル達の事をよく話した。
中でも、ヨウコはシルフィの話を気に入ったようだ。どんな時でも元気一杯なシルフィの姿は、デザイエンス達にとって決して恵まれた物とは言えないこの時代において、とても眩しく感じるのだろう。
「ふふ……タツヤとシルフィはまるで同い年の子供ね」
今日も、踊る羊亭でシルフィとやった大食い勝負の話をしていると、ヨウコがクスリと笑う。
さすがに大声で笑う事こそ無いが、こういう顔を見られるようになった事も結構な進歩だ。
あの時話しかけて良かった……俺が心の中でうんうんと頷いているその時、事件は起こった。
「けっ、随分楽しそうじゃねぇか? 耳長っ」
笑いあいながら歩く俺達を見た、エレベーターの前を警備する兵士二人の内一人が、馬鹿にしたような声を上げた。
「おいっ、やめておけ、ロッド。……悪いな、こいつは昨夜、女に酷く振られてイラついてるんだ」
「別に、構いません」
相方を制し謝るもう一人の兵士に、瞬時にあの無表情へ戻ったヨウコが簡潔に答える。
そのまま通り過ぎ、エレベーターに乗ろうとするヨウコの肩を、ロッドが掴み引き止めると、大声で喚きだした。
「無視してんじゃねぇ、この亜人野郎が! 博士のお気に入りだか何だか知らないが、お高く止まりやがって! はんっ、どうせ毎晩、博士のベッドでペットらしく尻尾振ってるんだろう? ハハハ、次はその兄ちゃんが御主人様ってか? それともそいつも博士のペットだったりしてなぁ!?」
ヨウコが唇をキュッと結び、肩を小刻みにプルプルと震わせる。キッと今まで見た事の無い鋭い視線を男に向けると、拳を強く強く握り……って、マズイッ!
「ぐぁっ!!」
「えっ……!?」
「な、何だ?」
ヨウコが繰り出す拳の初動を、加速した思考の中で見て取り、男とヨウコの間に強引に入り込む。
スーツの能力補助は無かったが、ギリギリ間に合うのと同時に、俺の頬に鈍い衝撃と痛みが走り、俺は盛大にすっ転んだ。
「っ〜……いてててっ……は、ははは、ちょっとお尻触ったくらいで、そんな思いっきり殴らなくても良いじゃないか、ヨウコさん」
「タツヤ!?……いったい何を?」
「本当に……何やってんだ、兄ちゃん?」
「あはは、すみません、可愛いお尻だったもんでつい……本当にお騒がせしました。ほら、ヨウコさん。博士が待ってるから急ごう」
毒気を抜かれたような男に頭を下げ、ヨウコの背を押しエレベーターに乗り込む。
ドアが閉まるのと、ヨウコが振り返るのは同時だった。
「タツヤ……」
「安い挑発に乗っちゃダメだよ、ヨウコさん。ヨウコさんが問題を起こせば、博士が悲しむ」
「……ごめんなさい。痛かったよね?」
ヨウコの耳がフニャリと垂れる。
「気にしなさんな。俺がしたくてやった事だ。予想よりちょっと痛かったけれど、ね」
ニヤリと笑うと、ヨウコの顔にも幾らか明るさが戻った。
「タツヤは……不思議な人だと言ったけれど、訂正するわ。不思議な馬鹿よ」
「おいおい、辛辣だな」
「不思議で暖かい馬鹿。でも……本当に馬鹿なのは、私自身ね……私への悪口ならいくら言われたって構わないのに、私のせいで暖かい人達が悪く言われる事は我慢出来なかった……」
「そうだな……まあ、大事な人を悪く言われりゃ誰だって気分悪いさ。ヨウコさんのその中に、俺も入っている事を光栄に思うよ」
「ふふ、タツヤは本当に馬鹿ね。……後で博士に薬を貰いましょう。酷く腫れそうだから」
◆
「ほう、二人は随分と仲良くなったようだね」
受け取った軟膏で、甲斐甲斐しく俺の治療をするヨウコを見ながら、アイナ博士がニコニコと笑った。
「えっ!?」
「あいたぁっっ!」
博士の言葉に驚いたのか、ヨウコの手が滑り、俺の頬をグイと押す。凄く痛い。
「あ、ごめんなさい、タツヤ! 博士、変な事言わないで下さい」
「おや、仲良きことは美しきかな。別に変な事じゃないだろう? ああ、しかし少し寂しくもあるな。娘が嫁に行く時の母親というのは、きっとこんな感じなのだろうかね」
「博士っ!」
「……ヨウコさん、痛い……」
「ふふ、さて……冗談はこれくらいにして、タツヤ。君について一つ解った事がある」
「俺について……ですか?」
「ああ、君の現状とこれから何が起きるかについて、かな? 君がドラグーンと接合する度に、ドラグーン内に君の情報がスキャンされ残るんだがね……どうも、君の時空間位相が揺らいでいるようなんだ」
「じく……何ですか?」
「君は今そうして椅子に座り治療を受けているが、この時空間にしっかりと存在しているわけではなく、常にここを中心とした複数の時空間の間を揺れ動いている状態なんだ」
「すみません、意味が全くわかりません」
「うむ、簡潔に言おう。君が以前話した、ここに来る前の事だ。二体のドラグーンによる超エネルギーの衝突は、君がドラグーンで生み出した力場内で途方も無い衝撃を発生させ、時空そのものを揺るがす時空震が発生したと思われる」
「時空震?」
「時間も空間も飛び越える、凄まじい振動だと思ってくれ。その振動波によって、君は君が本来居た未来から、こちらの時代へとズレて流されてきたわけだ。ここまでは良いかな?」
「つまり、あの時の衝撃で俺はタイムスリップした、そういう訳ですね?」
「ああ、それが君の現状だ。ドラグーンのパイロットであった君がピンポイントでここに来た事には、何か作為的な……そう、例えるなら、運命の神の手とでも言う様な意思を感じるが……もっとも神という物が本当に存在すればの話だけれどね。……そして、これからの話だ」
コホンと一つ咳払いをし、アイナ博士はゆっくりと告げた。
「ここ数日、日増しに君のズレは大きくなっている。通り過ぎた時空震が揺り返しを起こし、君を元の時代、つまり未来に返そうとしているようだ。そして、その時は近い」
「あぁぁぁっっっ!!」
返事をしようとした俺を、今まで以上に強く押された頬の激痛が遮った。




