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邪龍神機 イオス・ドラグーン  作者: 九頭龍
第四章 時空の放浪者/時を越える想い
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4-7


 アイナ博士が算出した、俺の未来への帰還日がやってくる。

 今日まで、俺はアイナ博士に頼み、出来る限りドラグーンの調整動作を手伝っていた。

 こちらに居られる時間も残り少ない。それまで、この時代の力になりたかったからだ。

 やれるだけの事はやった……ただ、心残りなのが、ヨウコとあれ以来何だかギクシャクとしてしまい、以前の様に気安い会話も出来なくなってしまった事だ。


(折角この時代に来て仲良くなれたのにな……)


ーーコンコンーー


「あー、私だ。入って構わないか?」


 その時、ノックに続いてアイナ博士の声がする。ドアを開けると、博士が一人、腕を組んで立っていた。


「博士? 今日はヨウコさんじゃないんですね」


「ほぉ〜、色男はこんなオバさんが相手では不満かね?」


「い、いえ、いつもヨウコさんだったので……」


「ふふん、あの子なら今、君の送別会を準備しているよ」


「送別会?」


「ああ。君とは、そう長くはない付き合いだったが、それくらいしても構わないだろう?」


「あ、ありがとうございます」


 アイナ博士に促され、部屋を出る。

 並んで歩いていると、ポツリポツリとアイナ博士が話し出した。


「あの子は……ヨウコは私の所に来る前、子供の身ながら、処分場で殺処分を待つ身だった」


「殺処分!?」


「ヨウコは感覚強化に特化したデザイエンスだが、要求される水準に達しなかった。規格外の用途が無くなったデザイエンスは殺処分される。そうしなければ、人類が生存出来ない……Cとの長い戦いによって、必要最低限の物資しか無い。それが今の時代だ」


「そんな! そんな事が……だから、ヨウコさんは自分の事を話したがらなかったのか……」


「……その頃、私も、当時十六になる娘を地下施設の崩落事故で亡くしたばかりでね」


「十六歳っ!?」


 ヨウコが子供の頃に出会った博士が既に十六歳の子持ち? 予想もしなかった言葉に思わず上擦った声で聞き返してしまう。


「ああ、私の年齢に合わないとでも思っているのかな? ふふ、こう見えても私は君が思うより歳を重ねているのさ」


 それでも三十代にしか見えない美女は笑った。


「一人娘を亡くした私は研究を投げ出し、一人荒れた日々を過ごした。その姿を見かねた当時の上司に、せめてもの慰めとして引き渡されたのが今のヨウコだ…………ちなみに、ヨウコというのは、亡くなった娘の名前でもある。処分品には本来名前なんてつけないからな」


「処分品だなんて、まるで物みたいに……!」


 当時のヨウコの境遇を想い、ギリリと歯を嚙み鳴らす。


「今、君が憤ってくれた事で、あの時のあの子は救われたよ。……さて、そうしてヨウコが私の元へやって来て以来、親子とも、上司部下とも言えない曖昧な関係のまま、二人でどうにかやってきた。ヨウコは私以外誰にも心を開かずに、ね。そこに現れたのが、タツヤ……君だ」


 エレベーターに入り、クルリとこちらを向いたアイナ博士が、ジッと俺を見る。


「ヨウコの母として、上司として、君には感謝している。君はあの子の閉じた世界を開き、この世にまだ希望があると示してくれた…………そして、同時に君を恨むよ。君のせいで無いとはいえ、君がこの時代から消える事で、あの子はせっかく灯った光をまた喪うのだから」


「それって、どういう……」


 エレベーターが到着する。アイナ博士は何も応えず、先に出てしまう。


「さあ、タツヤ。私の娘の晴れ姿を良く見てやってくれ」


 続いてエレベーターを出る俺に博士が声をかける。目の前には博士とヨウコが立っていて……。


「ヨ、ヨウコさん?」


「その……へ、変じゃないかな、タツヤ……」


 自信無さげに顔を赤らめモジモジとするヨウコだが、その姿はいつもと大きく異なっていた。

 髪を下ろし、普段着の軍服の替わりに、艶やかな真紅のイブニングドレスに身を包み、顔には決してくどく無い上品な化粧をしている。

 香水だろうか? 甘い蠱惑的な香りまで漂い、俺は彼女を思わず凝視してしまう。


「や、やっぱり変だよね! 着替えてくる!」


 しまった! 何も言わない俺に限界を迎えたヨウコが奥へと駆け出す。が、慣れないヒールの為かバランスを崩し倒れそうになった。


「あっ……」


「危ないっ!」


 俺は咄嗟に手を伸ばすと、ヨウコの腰に腕を回し、支えるように抱き止める。


「っと……あ、その……ごめん、ヨウコさん。ヨウコさんが綺麗だったから、つい見惚れて……」


 必死に喋るが、顔が熱い……見ると、ヨウコも顔を真っ赤に染め上げていた。


「うむ、なかなか初々しくて良い反応だったぞ、二人とも」


 腕組みしニヤニヤ笑うアイナ博士に気付き、互いに慌てて離れる。抱いた体の柔らかさが、今でも腕に残っているようで、心臓が早鐘のように高鳴っていた。


「ははは、さあ食事にしようじゃないか」


 本当に愉快だ、そう言いながらアイナ博士は高らかに笑った。



 俺の送別会である食事は和やかに進んだ。

 着慣れない服だからか、最初は緊張した様子だったヨウコも、だんだんとリラックス出来たようだ。昨日までのギクシャクとした空気が嘘のように話が弾む。

 ヨウコが手作りしてくれた料理も豪華な……とは言い難いが、厳しい物質状況の中で、精一杯良い物を出そうという気持ちがこもっているのが、一目で見て取れた。


「ねえ、タツヤ、美味しい?」


「ああ、どれも美味しくて最高だね!」


「ふふ、嬉しい。もっとたくさん食べてね」


 そんな俺達二人の他愛もない会話を、穏やかに微笑み眺めてこそいたが、アイナ博士は終始口数が少なかった。

 その姿は、俺と娘同然であるヨウコの会話を単純に楽しんでいるようにも、また、決定的な瞬間が訪れるのを静かに待っているようにも見える。

 ……そして、それは突然訪れた。


ーーカツンーー


「あれ?」


 口に運ぼうとした料理が、匙ごと落下しテーブルを汚す。

 驚き自分の右手を見ると、その手は今まさにキラキラとした光の粒子を放ちながら、薄くなり消えつつあった。消えていくにつれ、手の感覚は無くなっていくが、不思議と痛みは無かった。

 立ち上がり全身を確認する。手以外には特に変化が無い。どうやら左右の手の先から中心部へ向かうように、この消失は広がっているようだ。


「……いよいよ、始まったな。タツヤ、私が言いたい事は、先程粗方伝えた。ありがとう……達者でな」


 アイナ博士の言葉に力強く頷く。こうなると解ったあの日から、別れの覚悟は出来ていた。

 その時、ガタリと椅子を鳴らしヨウコが立ち上がる。小走りにテーブルを回り俺の隣に立つと、そのまま俺の胸に顔を埋めるように俺をギュッと抱きしめた。


「ヨウコさん……」


「……ね、タツヤ。約束して……ずっとずっと先の、遠い未来に帰っても、私と博士の事、絶対に忘れないって……」


「……ああ、約束するよ。俺は絶対に二人の事を忘れない」


 もう肘から先、少ししか残っていない腕で強く抱き返す。

 顔を上げたヨウコは、涙でグシャグシャのまま微笑んだ。


「ありがとう、タツヤ。……ふふ、今の私、酷い顔してるでしょう? 最後くらいは、笑顔の綺麗な私だけを見ていて欲しかったのに……」


 消失は加速度的に増していく。俺はもう上手く言葉を喋れるか自信が無くて、ニッコリ微笑むと首を横に優しく振った。

 それを見たヨウコは、また顔をクシャクシャにして、何度も頷いた。


「……タツヤ、私決めた。この戦いが終わったら、いっぱい子供を産むわ。未来に帰ったタツヤが寂しく無いように。……だから、タツヤは未来で私の子供達にも……私にしてくれたみたいに、たくさん優しくしてあげてね」


 視界が光の粒子で埋まる。

 最後に暖かく柔らかな感触を唇に感じて、俺の全存在は、この時代から消失した。

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