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『ボ、ボガード様!』
さっきの偉そうな声だ。
声の調子からすると、狼頭の乱入はこいつも予想していなかったらしい。
『クーラムタ、いますぐ撤退せよ!』
狼頭からボガードと呼ばれた男の拡大された声が響く。
『撤退!? ……し、しかし、こいつをそのままには……それにこれだけの力、こいつが探し物である可能性も。そ、そもそも陛下のご命令が完遂出来ては……』
『貴様が探していたものなら、俺の配下が発見し既に移送中だ。こいつは貴様達の手に余る……俺が倒す』
『で、では! 我が部隊もボガード様に加勢を……』
『いらん! これ以上、陛下の兵をいたずらに損耗するな! 何故、陛下が俺を貴様に同行させたのか……それは全てこいつの出現を想定されていたからに違いあるまい! 貴様も理解したならば、今すぐ撤退しろ!』
『は……はっ、ただちに!』
クーラムタと呼ばれていた声が、全員撤退の指示を出す。すると、指示を受けた兵達がばらばらと逃げていく。
「マスター、どうする? 追撃するか?」
「……いや、そう簡単に出来そうじゃないな。イオスもわかっているんだろう?」
「ああ、そうだな。先の一撃……あいつは他の雑魚とは違うようだ」
俺とイオスが話す間も、狼頭は俺達と帝国兵との間に立ち、こちらを見続けている。
俺達が追撃の動きを見せた瞬間、襲いかかってくるのは、火を見るよりも明らかだった。
『ふん、そろそろか……』
帝国兵の撤退が進み、十分な距離が出来たと判断したのか、狼頭からボガードの声が響く。
『先に名乗っておこう。俺は聖光龍帝国、五聖輝将の一人、疾風のボガード。貴様がルーディアに眠るという、かの邪竜かどうかは知らんが、先ほどの魔装甲冑との闘いは驚嘆に値する。だが、その力はいずれ帝国……いや、陛下の脅威となりうるだろう。故にここで潰させてもらうぞ!!』
「五聖輝将……疾風のボガード……」
『来るぞっ! マスター!』
イオスの言葉が終わるか終わらないうちに、狼頭がこちらに走りよって来た。
「なっ、速っ!?」
さっきの魔装甲冑達とは比較にもならない速度で狼頭が間近に迫る。
避ける間もない俺は、繰り出された拳をとっさに右手でガードした。
ーーガギンッ!!ーー
硬質な金属同士がぶつかる音と共に体が浮く。
慌てて距離をとり見ると、右腕の甲殻が大きく形を変え、まるで盾のような形状になっていた。
「こ、これは?」
「慌てるな、マスターの守るという意思で形状が変わっただけだ。我の体は内も外も、本質的にはマスターを包んだ、あの不定形な黒い肉の変質した物だからな。ある程度の形状変化なら瞬時でも可能だ」
「なるほど……」
元に戻るようイメージし、右腕の甲殻を元に戻す。
『ふん、俺の専用魔装甲冑《狼牙》を只の魔装甲冑と同じだと思うな。……とはいえ、俺の初撃を受け切ったことは褒めてやる。だが……次はどうかな!!』
狼頭……狼牙が再び構え襲いかかる。俺は左腕を盾の形状に変化させ迎え撃った。
「ぐっ!」
接近したかと思うと、巧みなフットワークで俺の盾をかいくぐった狼牙の蹴撃が、俺の右脇腹に直撃する。
たった一撃で、メキリッと甲殻のひしゃげる嫌な音が響く。
『ははは、どうした? 今度は防がないのか!』
「こいつ……! 勝手な事を言ってくれるな!」
蹴りで崩れた体勢に、狼牙の拳と蹴りが続く。
俺は左の盾で凌ぐが、何発か直撃してしまう。
苦し紛れに右腕で攻撃するも、凄まじい速度で回避された。苦し紛れとはいえ、こちらの攻撃速度も決して遅くは無い。それだけ、狼牙が速いのだ。
繰り返される連撃、連撃、連撃……俺はついに耐えきれず地響きと共に大地に膝をつく。
「っ! ……うぅぅ……!」
「だ、大丈夫か? イオス!」
さすがにこたえたのか、イオスが苦しそうに呻いた。
「わ、我の心配なぞいらん! ……それより、今のマスターと我では、この相手……少々マズイな」
「ああ。あいつの動きには多少慣れた気もするけど……まいったな、疾風の二つ名は伊達じゃないのか」
狼牙はそんな俺達を見下ろすと、虚空から巨大な槍を取り出す。
おそらくは魔装甲冑を呼び出すのと同じ原理で転移したのだろう。
狼牙はその巨大な槍をグルンと回すと、右手で構えピタリとこちらに向けた。
『ずいぶん頑丈な魔装甲冑だったが……さあ、これで仕上げだ!』
既に避けきれないことを十分理解させられた速度で、槍を構えたまま狼牙が突進してきた。
俺は立ち上がる事も出来ず、その身に槍を受ける。
「くっ!!」
「悪いっ! 堪えてくれ、イオス!」
「……っ! 我の心配はいらんと言ったろう!」
高速から突き出された狼牙の槍が、それでも体の中心から大きくずれ、俺の左肩に深々と刺さっていた。
『ほう……上手く逃げたな』
ボガードが関心したような声をあげる。
それ程、今の一撃には必殺の意思が込められていたんだろう。
『さんざん、あんたの攻撃を喰らったからな……避けられなくても場所をずらすくらいなら俺でも出来るさ!』
拡声した俺の言葉にイオスが続ける。
『それに……ようやく、貴様を捕まえることも出来た!』
『何っ!?』
自ら前進し、グッと槍を更に肩に突き刺す。
そうして狼牙に近づくと、槍を持つ狼牙の手を左手で掴んだ。
その瞬間、左腕の肘から先がドロリととろけ狼牙の右腕を巻きつく形でみるみる硬化する。
「見事だ、マスター!」
「元は不定形で、瞬時ならば簡単な形状変化も可能……だったら、多少時間をかければ、これくらい出来ると思ったさ!」
狼牙が動けないよう左腕で押さえつけ、自由な右腕を振り上げる。
「もらったぁぁぁ!!!」
『おおおお!』
両者同時に放った、俺の手刀と狼牙の拳が鈍い音をたて激突する。
『……どうやら、力はこっちの勝ちみたいだな』
正面からぶつかった手刀は狼牙の拳を切り裂き、そのまま肩口まで達している。
その手刀を引き抜き、拳を握りトドメの一撃を撃とうとした瞬間、狼牙の右肩が大きく爆ぜた。




