19がらくた堂にて
おやおや、寝こけてしまったようだねえ。それほど、ばあの話が心地よかったんだろう」
少女が微睡みから目を覚ますと、そこは雑然とした場所だった。壁にはたくさんの時計や皿、少し気味の悪いフランス人形、綿が飛び出たぬいぐるみ、何かよく分からない植物、がちゃがちゃとした貴金属類などが所狭しと飾られている。空間内の棚やテーブルにも何だかよく分からないものがたくさん置いてあった。
一体ここはどこなのか寝ぼけ頭の少女には見当が付かなかった。しかし仕掛け時計のハトがくるっぽーと飛び出した所で、少女の意識はようやくはっきりとした。
学校の帰りに、いつもと同じ道を歩いているところでこの店を見つけた。少女がこんな店はあったか、と店のショーウィンドウを眺めながら歩いていると、店主であるような老婆に呼び止められたのだ。あれよあれよと言う間に、老婆から店に入るように促されてお茶やお菓子まで用意され、長話まで聞かされたというわけだった。
少女は自分の分のお茶に口をつけた。少女はどれだけ眠っていたのか、老婆はどれだけ話していたのかは分からなかったが、口をつけたお茶は既に冷めきっていた。
人懐っこい顔をした、鉤鼻の老婆はお茶を勧めてきたが、少女は丁重に断った。
少女はどうにも長い夢を見ていた、とぼんやりと考える。内容は少女と骸骨の男の話で、最後は離れ離れになってしまう、悲しい話だった。
老婆と少女が向かい合わせに座っているテーブルにはお茶とお菓子の他に、古ぼけたスノードームが置いてあった。少女はそう言えば、店に入ってこのスノードームを物珍しげに見ていたら、このスノードームについての逸話を話してくれるという流れになったのだということを思い出した。せっかく老婆が喋ってくれたのに、その半分以上も聞いていなかったことに少女が申し訳なさを感じていると、老婆は新しく淹れ直したお茶を啜りながらひょんなことを呟いた。
「これはね、ボランスの一番幸せな記憶を閉じ込めた代物なのさ。一番幸せだったのは、リラとワルツを踊った思い出。彼らはすれ違ったまま、その生涯であとは一度も顔を見合わせなかったとも聞くねえ」
少女は、ボランスとリラと言う名前を聞いて驚いてしまった。というのも、それらの名前は少女の夢の中に出てきた人物たちの名前だったのだ。こんな偶然があるのだろうか、と不思議に思ったが少女は口を噤んだままだった。
老婆はスノードームを一旦逆さにして、再びテーブルの上に置いた。
スノードームの中身はとても精巧に作られていた。レンガ造りの建物、その上部には大きな文字盤と先が膨らんだ針を持つ時計がある。その下で手を取り合って踊っているのは、エプロンをかけた少女と、燕尾服を着てとシルクハットを被った骸骨の男。少女は微笑んでおり、骸骨の男は少し嬉しそうな様子だった。二人の頭上からはきらきらとした白が舞い降りてくる。
手のひらに収まってしまう小さな瓶の中で、彼らは幸せそうに踊り合っていた。
「……さて、そろそろ店じまいにしようか」
老婆が重い腰を上げた。少女もまた、足先に置いていた鞄を持ち上げ帰る準備をする。
「あの、ありがとうございます。何も買っていないのに、お茶やお菓子までごちそうになってしまって。それにお話をほとんど聞いてなくてすみません……」
「これはもともとそういう代物なのさ、彼らの物語を見せるそういう物なんだ」
少女には老婆が何を言っているのかが分からなかった。少女が首を傾げると、老婆はひっひっひ、と引きつった笑い声を上げた。
「まあお前さんもいつかは分かる。ばあも面白かったよ、見ての通りこの店はいつも閑古鳥が鳴いているようだからねえ、暇で暇で仕方がないんだ」
老婆は何か考えたようにふむ、と呟いた。そして突然テーブルの上に乗ったスノードームを鷲掴む。そしてしわくちゃな手でそれを、少女に手渡した。
「ばあが持っているより、お前さんが持っている方が面白いことになりそうだからねえ」
「そ、そんないただけませんよ。私、お金持ってないので払えませんし……」
少女が返そうとすると、老婆はいんや、と声を上げる。どうにも老婆は受け取るつもりは無いらしく、その手を押し返した。
「お前さんが持っていた方が、こいつだって喜ぶに決まっているよ。持っていきなさい」
先ほど少し振ったせいで、またしてもきらきらとした白が瓶の中で舞っている。
少女は申し訳なさそうにお礼を言った。そして、錆びた音がする店の扉を開けた。
「本当に、ありがとうございました。お茶とお菓子だけじゃなくて、スノードームまで……。また来ます」
店の中に光が差した。外はもう既に夕方で、どこからかカレーの匂いがした。赤く熟れた夕日だった。それが眩しくて、少女は思わず目を瞑ってしまう。
「――またおいで。お前さんが必要としたときに、道は必ず開かれよう」
酷くしわがれた声が、少女の耳のすぐそばで聞こえた。少女がえっ、とこげ茶の髪をなびかせて店の中を見ようとすれば、差した光の先に老婆がぽつんと座っているだけ。気のせいだ、見当付けて少女は再度お辞儀をした。
扉が閉まる。かちゃん、という音がこだました。少女は『がらくた堂』と書かれた年季の入った看板を見た。壁は黒く渋い色合いになっており、蔦が巻き付いている。とても古い建物のように見えるのだが、この道を一年通っているにも関わらず、少女は見たのも入ったのも今日が初めてだった。今まで見過ごしていたのかな、と少女はと疑問に思いながら背をむける。
強く風が吹いた。するとがらくた堂、その扉に括り付けられた『商い中』の立て札が、ひとりでに裏返された。
/了




