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13嫉妬

 場所を奪われたリラはふらふらとその場を後にした。周りの人間は顔を歪ませたり、興味津々な顔をあからさまに見せたりしていた。そんな者たちを蹴散らすような気力はリラには無かったが、その者たちの中でただ一人少し違った毛色の表情をしている者が目に付いた。茶色の作業着を着た顔に煤をつけた男たちの中に居る、一人の青年だ。

元来の麗しい顔は今は醜く歪められ、額には玉のような脂汗が無数にある。口をわなわなと震わせすっかりと青ざめた彼、ナートは俺のせいじゃない、あんな奴消えた方が良かったんだ、俺はただちょっと遊んだだけなんだ、など支離滅裂な言葉を発している。

 リラは覚束ない足取りでナートの元に向かい、彼の瞳を覗き見た。深緑の瞳孔が開ききっており、浅く呼吸を繰り返していた。彼はリラの顔が近づくと、ひっと息を鋭く吸い込んで後ろに倒れこんだが、背後の男たちに支えられてどうにか後ろに転ばずに済んだ。

「あなたが、兄さんを、殺したの?」

「ち、違う! 俺はただあいつをちょっと困らせようとして手綱を緩めただけだ! どうしてあいつは認められたのに俺は認められないんだ、おかしいだろ! 俺を認めないやつらが悪いんだ、俺のせいじゃない! 俺のせいじゃ、俺のせいじゃない、俺のせいじゃない……」

 頭上の遥か上の時計台を見れば、頑丈に編み込まれた綱がだらんと垂れていた。

 シリウスは、ナートを含め他のどの時計職人よりも出世が早かった。しかしその早すぎる出世が、頭一つ抜きんでたその才能が妬みを買った。ナートは自分よりも先に、シリウスが出世をしたことが妬ましく、ちょっとしたいたずら心でこのようなことをしたようであった。

 自分に言い聞かせるように、俺のせいじゃないとしきりに繰り返す彼の首をリラは掴んだ。引きつるような音が喉から聞こえ、浅い呼吸が耳に付く。更にそのか細い手で彼を締め上げる。

 リラのこげ茶色の瞳から、大粒の涙がぼとぼと零れ落ちた。怒り、悲しみ、苦しみ、そして何だかよく分からない感情がリラの心の中をかき乱すように湧き上がってくる。頭の中ははっきりとしていて冷静なのに、体がそれについていかなかった。

 ナートの首を絞める指がぐっと力を増す。彼は踏まれた蛙のような声を出すが、リラは止めなかった。その言いようもない感情をどうしたらよいか分からなかったのだ。このまま首を絞め続ければ彼は死んでしまうだろう、リラはもう死んでしまえばいいと思ったが、同時にそれでは駄目だとも思った。

 リラは非常に聡い子供だった。この国で殺人は、非常に重い刑を科せられることを知っていた。憎しみに任せてこの青年を殺せばリラは自分自身が刑に科せられてしまう。リラもまた兄と同じように両親の元からいなくなれば、彼らは酷く悲しむに違いない。だから今は、自身の感情でナートに罰を下してはいけないと感じた。

 リラはすっと彼の首から両手を放し、吐き捨てるように、低く冷酷な声で言い放った。

「あなたを殺せば兄が生き返ると言うなら、私は喜んであなたを殺していたでしょうねナート」

 ぶるぶると震えて地に足をつけなくなったナートを支える者はもはや誰もいない。しゃがみこんだ彼を置いて、リラは父の姿を探した。同じく時計職人を生業としているリラの父親は、ひしゃげた息子の姿に耐えられなかったのだろうか。顔に煤のついた男たちが何名かいる中、咽び泣いていた。リラはその父を抱きしめた。

 涙が溢れて止まらなかったが、リラは周りにいる大人たちよりずっと冷静だった。

「父さん、帰ろう。兄さんの葬儀の準備をしなくちゃいけない」

 背を丸くして泣く父の背中をとんとんと優しく叩く。

 リラも、兄が一人死んだことに心が平気なはずが無かった。現に目からはとどめなく大粒の涙が零れ落ち、口が震えそうになるのを堪えるために一文字に唇を結んでいる。しかし子供のように泣く父親を見て、今は泣くべきでは無いとリラは悟ったのだ。周りの大人たちはリラを気丈だと、またなんと冷酷な娘だと口々に言った。

 季節外れの雪が降り始める。ふわふわと柔らかく、リラを包むように降り出した雪が生まれる空に目を向ける。リラは空を見上げ、最後に一粒涙を流すとあとは泣くことを止めた。


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